第17話 危険な商人

「よりにもよってアクドイですか……」


 嫌そうに顔を歪めるメリル。

 英吾は嫌な予感がして尋ねる。


「どんな奴?」

「その……物凄く評判の悪い商人です。奴隷売買をしているとか、高利貸しをしているとか……奴のせいで潰された貴族もいるぐらいなんです……」

「……まじで?」


 驚く英吾にコクンと頷くメリル。


「止めないと……」

「無理ですよ」


 そう言ってスティの部屋に行こうとした英吾の袖を止めるメリル。


「スティ様にお金を貸してくれるようなまっとうな商人はいないと思います。多分、アクドイも貸してくれるかどうか難しいと思います」


 メリルが悔しそうに言うが、英吾にはどうしてもわからない。


「……前から気になってたんだけどスティさんはどうしてこんな辺境に来たの?何か悪い事でもしたの?」

「してませんけど……ひょっとして知らないんですか?」

「うん」


 英吾は正直に答えた。

 するとメリルはなにやら思案顔になり、次に遠慮がちに話し始める。


「姫様は……『災いの姫』なんです」

「……『災いの姫』?」


 こくんと頷くメリル。


「姫様が生まれた時、高名な占い師が隣国から招かれたんです。その時姫様の運命を占ってみたところ、3度占って3度とも同じ結果になったそうです」


『姫の夫となる者は大災厄を招く』


「それ以降、姫様は災いを招く者という意味で災いの姫と呼ばれるようになったんです」

「そうだったんだ……」

「実際、姫様が生まれてから、王太子様と第二王子が続けざまに亡くなって、さらには心労で王妃様と姉姫様まで亡くなったんです」


 唖然とする英吾を尻目に話しを続けるメリル。


「しかもそのせいで貴族なのにあの年で未だに結婚も婚約も出来ないんです」

「あの年ってまだ十五歳ぐらいだよね?」

「……もう十五歳ですよ?もう結婚してもおかしくない年じゃないですか」

「いくらなんでも……ってまてよ」


 そこで英吾は昔の結婚適齢期が現代よりも若い事を思い出す。

 確認しようを重い聞いてみる。


「この辺だと何歳ぐらいで結婚するの?」

「人にもよりますけど……男だと十五歳。女は早い子で十二歳ですね」

「早!」


 中学生の時点での結婚である。

 驚く英吾に怪訝そうに尋ねるメリル。


「エイゴさんの国では何歳で結婚するんですか?」

「男も女も25歳くらいかな?最近は30歳ぐらいの結婚が多いけど」

「遅!」


 メリルがびっくりする。

 10年近い差があるのだから当然だろう。


「二十五歳って……もう後家さんじゃないですか。まして三十歳なんて……下手する早いと孫がいる年ですよ? そんな結婚に意味あるんですか?」

「いや……そう言われても……」


 たじろぐ英吾だが、メリルはすこしだけいたずらっぽく笑うと英吾にしなだれかかった。


「そんなのだめですよ。エイゴさんももう十五なんですから早く結婚しないと……私なんかどうですか?こう見えても尽くすタイプなんですよ?」


 そう言ってぴたりと寄り添ってくるメリル。

 一瞬でスケベ顔になる英吾。


「わたし……エイゴさんみたいな人タイプなんだぁ……」


 そう言って顔を近づけてくるメリルと見えない位置で嬉しそうに拳を握りしめる英吾。


「どうですか?」


 そう言って甘い吐息を吹きかけてくるメリルに英吾は思った。


(いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!)


 突然降ってわいた据え膳に心の中で喜ぶ英吾。


(落ち着け。ここで一気に行ったらダメだから!まずは素数を数えて冷静に!)


 そう思って心を落ち着かせてからゆっくり答える。


「じゃあ、今夜部屋に遊びに……」

「うぉっほん!」


 戸の方から咳ばらいが聞こえる。

 見るとスティがどす黒いオーラを出しながらジト目で二人を睨んでいた。

 慌てて離れる二人。


「……掃除はもういいですから。メリルはお風呂の用意をお願いします」

「は~い」


 そう言って英吾に手をひらひらしながら退散するメリル。


「じゃあ、僕も薪割りに行きま……」

「待ちなさい」


 がしっと襟首を掴まれる英吾。


「最近思うんですけど紳士としての常識がエイゴさんに足りないと思うんです」


 どす黒いオーラを出しながら底冷えする声で言う王女。


「そ、そんなことはないですよ。郷里では一番の紳士と評判のエイゴさんですから」


 どもりながら答える英吾。

 ちなみに学校アンケートで「将来性犯罪で捕まりそうなスケベ男ランキング」の終身名誉チャンピオンだったが、あっさりと嘘つく英吾。


「紳士は女の子を手当たり次第に口説いたり、エッチな歌を歌ったりしません」


 ぼわ


 どす黒いオーラをスーパーサイヤ人みたいに発散するスティ。

 それを見てがたがたと生まれたての小鹿のように足を震わせている英吾。


「丁度いい機会ですので紳士としての常識を教えようと思います」

「ちょっと待って、おしえようとしてるのは常識だけよね?なんか違う事しようとしているように聞こえるんだけど」

「問答無用!」


 ぶおん!


「どぅわ!」


 襟首を掴んだまま英吾は部屋に引き戻される。

 そのまま部屋のドアがバチンと閉められてかちゃりと鍵がかかる。

 スティはどこぞのヤンデレのような怖い笑みを見せて手には何故かロープを持っている。


「荷物を縛るロープを持って来たんですけど丁度いいですね」

「僕には丁度悪いんですけど!」

「さぁ!お勉強の時間ですよ……」

「嫌だぁ!」


 英吾は慌ててドアの方に逃げだす。

 だが……


「無駄です」


 ズテン!


「ぬわ! 」


 足元に何かが引っかかりころんでしまう。

 よく見ると英吾の右足首にはロープが絡まっている。

 それを見て驚愕に目を見開く英吾。


「なんで……」

「えい」


シュパパパパパパ


 呆けていた英吾の両手と左足首にもロープが巻きつけられる。


「それ」

「なんで!」


 ギリィィィィィィ


 縄がそのまま英吾の身体をがんじがらめに拘束する。

 すぐに芋虫のような姿になり動けなくなる。

 そんな英吾の眼前に見覚えのある足首が立ちはだかる。


「さぁ……お勉強始めましょうねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 英吾は泣きながら叫んだ。


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