第16話 行けない採掘場


「絶対だめです」


 いつになく厳しい顔で二人を睨むスティ。

 昨日の一件を朝になってスティに話し、隠し部屋に連れて来た。

 スティは隠し部屋とフォルンの製法を書いた本には驚いていたが二人の話しを聞くと断固とした声音で断った。


「なぜです?」


 怪訝そうな顔の嘉麻。


「採掘場は魔獣の巣窟になってるからです」

「魔獣ですか?」


 嘉麻が不思議そうに首を傾げる。


「元々、採掘場警護のために多数の魔獣を飼っていたようなのですが、それが野性化して採掘場は魔獣の住処になってるんです」


 厳しい顔で断るスティ。


「幸い、その魔獣は人里には下りてきませんが縄張りを荒らされると襲ってきます。サルミと言うんですがかなりの大型の魔獣ですので襲ってくれば人間はひとたまりもありません。実際に騎士団が現地を確認した時は東屋程の大きさの魔獣が襲ってきたそうです。ですからちょっと見に行くという程度の簡単な代物じゃないんですよ」

「それはまた……相当デカいな」


 嘉麻がこまったように呻く。

 ちなみ東屋とは納屋ぐらいの大きさの建物で、大きさにして3mから5m前後だろう。


「ですから採掘場に行くのはダメです。製法がわかったのはありがたいですがだからと言って採掘場には行ってはダメです」


 そう言って二人を睨むスティ。

 仕方なくぽりぽりと頭を掻く英吾。


「わかりました。じゃあ、そちらは諦めるんで一つお願いあるんですけどいいですか?」

「いいですよ。私に出来る事なら。エイゴさんは良くやってくれてますのでなんだってやっちゃいますよ♪」


 嬉しそうに答えるスティだが、それを聞いてにやりと笑う英吾。


「子作りの方法を僕は知らないので手取り足取り教えてほし……」


ゲシッ


「あごがぁぁぁぁ!なんか噛み合せが悪くなったぁぁぁ」

「セクハラしてないで早く仕事に戻るぞ」


 嘉麻はそう言って崩れ落ちる英吾の襟首を引きずって部屋を後にした。



「いてぇなぁ……あごずれたかな?」

「大丈夫ですよ。ずれてないですから」


 英吾のぼやきに一緒に掃除しているメリルが答える。

 二人は広間の方がようやく片付いたので掃除しているのだ。


「ようやくこの広間も使えそうですね」

「そうだね。この広間は何に使う予定なの?」

「客間です。滅多に来ないでしょうけど、それでも領地経営を行う以上は誰かが泊まるでしょうから、後でベッドとかも入れないといけないです」

「ぶへぇ……」


 思わず変な声を出してしまう英吾。

 この屋敷は元大金持ちの家というだけあってだだっ広い。

 まだこちらに来て間もないのも関係して屋敷のほとんどが使われてないのだ。

 かろうじて屋敷の前の方は厨房、風呂、トイレと一式揃っていたので使われているのだが、屋敷の玄関周辺のみでそれ以外は放置された時のままになっている。

 ようするに……


「部屋一つで3日かかるということは屋敷全部掃除となると……」

「あまり考えたくないですけど三か月ぐらいかかるかも……」


 遠慮がちに答えるメリル。

 この屋敷は何十と部屋があるのでその全てを掃除するとなれば3か月ぐらいになる。

 さらに……


「掃除だけすればいいだけじゃないですし、薪割りとか食糧調達とかも考えると……半年ぐらいかかりますかね?」

「もうこの部屋だけで十分じゃない?」


 メリルの言葉に嫌になる英吾。


「もう掃除は終わりましたか?」


 ひょっこりと戸口からクリィが顔を出す。


「もうすぐっす」

「急いで下さいね。一週間以内に部屋を3つは開けとかないと、大変なことになるかもしれません」


 さらっと凄い事を言うクリィ。

 それを聞いて顔を顰める二人。


「どういうことですか?」


 メリルが不安そうに訊ねる。


「お客人を迎える事が決まりましたので場合によっては泊まるかもしれません。ですから、この部屋と隣3つの部屋は綺麗にしておかないとスティ様の沽券に関わります」

「……どういうこと?」


 英吾が不思議そうに訊ねる。

「客人を泊めるのに隣が物置では相手を軽視していると思われても仕方ありません。せめて隣の部屋ぐらいは普通の客間にしておかないとバカにされたと思われますので」

「なるほど」


 納得する英吾。


「となると、かなりのお偉いさんが来るの?」

「いえ、貴族ではありません。ですが場合によっては貴族よりも注意が必要な相手です」

「誰です?」

「大商人アクドイです」

「……何でそんな人呼んだんですか?」


 顔を顰める英吾。名前からして危険を感じた英吾だが、それに対してややうつむくクリィ。


「先日の一件で領地経営の最低限のお金が不足してしまったのです。その分をお借りするために呼んだんですよ」

「……そんなに困ってるんですか」


 怪訝そうな英吾だが、クリィは冷静に答える。


「ええ。ですからこの屋敷で担保になるような物が無いか見てもらうために呼んだんです。何しろ元大商人の家ですからね。何かいいものがあるかもしれません」

「へぇ~」

「ですから、早く片付けてください。では」


 そう言ってクリィも仕事に戻る。


「じゃあ、早く掃除終わらせようか……ってどうしたの?」


 さっそく仕事を終わらせようとメリルの方に振りかえった英吾だがメリルは顔を青くしていた。


「よりにもよってアクドイですか……」


 メリルの声に英吾は嫌な予感がした。


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