第11話 暖かい手
「……びっくりしました」
寝室でスティがベッドに腰掛けている。
その隣のベッドにはクリィが腰掛けている。
大きな問題は無いとわかっているが、若い男が同じ屋根の下にいるのでクリィはいつも隣のベッドで寝ていた。
「大丈夫ですかスティ様」
「はい……まだ心臓がどきどきしています……」
そう言って胸に手を当てるスティ。
「世の女性たちはあんな風に口説かれているんですかねぇ……」
そう言って遠い目で窓の月を見るスティ。
的外れなことを言うスティに顔をしかめるクリィ。
「あの男の口説き方はかなり特殊だと思いますよ。あんな口説き方する馬鹿はこの世にいないかと……」
「そうなんですか?」
クリィの冷静な答えにびっくりするスティ。
「ええ、あんな口説き方されたら普通は頬をひっぱたきます」
「それはそれは……」
くすくすと笑うスティ。
「今まで口説かれた事が無いのでわかりませんでした」
いたずらっぽく笑うスティ。
だが、その言葉を聞き逆に顔を悲しく歪めるクリィ。
「レティシア様でさえ既に求婚者が現れているというのに……」
「いいんですよ……仕方が無い事なんです」
泣きそうな顔のクリィを慰めるスティ。
「ただ……」
「はい?」
「こんな私でも求めてくれているのが嬉しかったんです……」
そう言って先ほどエイゴが握りしめて来た手を自分の胸に抱くように握りしめた。
まるで英吾の手を抱きしめるかのように……
「うう~寝違えた……」
「多分寝違えたんじゃないと思いますけど……」
苦笑して答えるスティ様。
「なんで床の上で寝てたんだろ俺?」
「てめぇの寝相が悪いからだよ」
嘉麻がむすっとして答える。
その様子に訝しみながらも英吾は曲がった首をマッサージする。
「ほんで?お前が幽霊見たのはどこなんだ?」
「そこ……」
英吾が廊下の奥を指さす。
するとおもむろに嘉麻が床に頭を寄せる。
「なにやってんの?」
「足跡探してんだよ。お前が言ってんのが正しいのか確認してんだよ」
「疑り深いなぁ……」
「お前は前から幽霊話とか信じすぎなんだよ。俺は科学しか信じないからな」
そう言って床を這いずりながら前に行く嘉麻。
「……奥に行ったのは本当のようだな」
「そうだよ!さっきからそう言ってるだろ!」
「足跡はお前だけだがな……」
そう言って嘉麻がゆっくり前進する。
「……なんでいちいち物陰に隠れながら歩いたんだ?」
「最初は泥棒かと思ったんだよ!」
「……なるほど。幽霊よりはよっぽど科学的だな」
「いくらなんでも幽霊とは思わなかったんだよ!」
英吾と口論しながらも先に進む嘉麻。
それに続くスティと英吾。
「ここで少し足踏みしてるな? 何でだ?」
「何でか知らないけど幽霊がここでこけてたんだ。スリッパを頭の上に乗せる絶妙なコケ方だったな」
「……スリッパ履いてた時点でおかしいと気づきそうなもんだけどな」
「いや、それは僕もおかしいと思ってたけど……」
そう言って先に進む嘉麻。
おもむろに立ち上がった。
「まあ、言いたい事は大体わかった。確かに足跡は奥のあの女神像のところまで行ってる」
そう言ってズボンに付いたほこりを払う。
「な、言った通りだろ?」
「ただ、言ってる事と幽霊の話しが合わん」
「……どこがだよ!」
首を傾けたまま抗議する英吾。
「そもそも、前の持ち主のゴンボルはここで死んだわけじゃないんだ。あの山で死んだんだわ」
そう言って山を指さす嘉麻。
それを見てきょとんとする英吾。
「……え?」
「ですよね? スティ様?」
嘉麻の言葉に苦笑するスティ様。
「ええ、そうです。ゴンボルはフォルンの採掘場で殺人鬼ゲイドに襲われたんです。採掘場はここから離れた場所にあるんです」
ぽかんとする英吾。
「でも、持ち主の心残りがここにあるとか……」
「ゴンボルの遺産の大半はもうとっくに売られているんだ。ゴンボルの死後、家族が金に困って売ったらしい。見当たらないのは不破の下穿きとニョイの棒だけだ。これはフォルンの採掘場に飾ってあったらしい」
「そうだったんだ……」
「まあ、幽霊が出るのに理由なんていらんと思うが、お前の話しはちょっとおかしいな。なんで幽霊がすっ転ぶとか……」
「まあ、それはちょっと変だけどよぉ……」
納得がいかずに抗議する英吾。それを見てくすりと笑う嘉麻。
「幽霊の正体見たり、枯れ尾花ってな」
「……なんだよそれ」
むすっとして嘉麻を睨む英吾。
「なんですかそれは?」
スティが不思議そうに訊ねる。
「昔、怖がりの男が怖い話を聞いた後に幽霊を見たと飛び込んできたそうです。行ってみたらただの枯れた花があってそれを見間違えたんだという話しです」
「まぁ……」
口に手を当ててクスクス笑うスティ。
仏頂面で目をそらす英吾。
「大方、昼間にクリィさんから聞いた話しに怖がって幻覚を見たんでしょう。人騒がせな」
そう言って呆れる嘉麻。
それをむすっとした顔で睨む英吾。
「わかったら、昨日の続きをやりな。俺はまた、お仕事をするから」
「へいへい」
「おっとそのまえに首の寝違え治しとけよ。一度寝なおしたらどうだ?」
「そうするよ」
そう言って英吾は寝なおすことにした。
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