第5話 とんずら
英吾がトボトボとねぐらに帰ろうとしたときに異変が起きた。
キャア!
「……なに?」
黄色い叫び声が聞こえてくる。
やめて!
さらに追加で女の子の叫び声が聞こえる。
そこまで聞こえてようやく事態が把握できた。
「……襲われてる?」
ぽつりとつぶやく英吾は何の気なしに声の聞こえた方へと向かってみる。
薄暗い路地裏の中でもさらに奥まった場所から聞こえて来たので、足元に注意しながら歩くとそこに女の子が居た。
「へっへっへっ」
「……ひっ!」
フードマントを被った女の子が二人の男に囲まれて袋小路に追い詰められていた。
「わるいなぁ……こっちも仕事なんでなぁ……」
「……うぅぅぅ……」
涙声を出しながら怯えている女の子を路地の角から眺める英吾。
(……襲われてるねぇ)
二人の男はともに身体は普通で特に鍛えているわけでもなく、普通のならず者といった様子だった。
暗がりでよくわからないが男たちの動きから見て女の子は小柄な身体のようだ。
「さ、死んでもらおうか」
「……ひっ!」
男が短剣を取り出すのを見てますます怯える少女。
それを冷静に観察する英吾。
(……可哀そうだけど……)
一瞬助けようかと考えた英吾だが、自分の服を見てみる。
助けるどころか明日食う米にも困る有様である。
連中が短剣を持っているがこちらはパンイチで、しかもお腹をすかせて力が出ない有様だ。
(見捨てるしかないか……)
そう思って路地の外へと向かおうとした。
何も出来ないのなら見ない方がいいと感じたのである。
だが、女の子の声が聞こえた。
「……誰か助けて……」
か細く全てを諦めたかのような小さな声だった。
それを聞いてぎゃはははと笑う男達。
「ばーか。誰も助けてくれるわけねーだろ!お前なんか誰が助けるってんだ」
ドゴォ!
男の背中に英吾のドロップキックが刺さる。
男は逆くの字になって吹っ飛ぶ!
ドロップキックをお見舞いした英吾はすぐさま立ち上がり、それを見て慌ててナイフを用意するもう一人の男。
「なんだてめぇは!」
「うるせぇ!」
バキッ!
「うごぉ……」
英吾の腰の入ったパンチが男の顎に当たるり、良い音を立てて男がうずくまる。
「逃げるよ!」
「うぇ……?」
「早く!」
座り込んでいた女の子の手を取るが歩こうとしない。
「こ、腰が……」
「ちっ!」
舌打ちして女の子の身体の下に自分の手を滑り込ませ、一気に持ち上げ、そのまま走る。
「あ……うぇぇぇぇぇ!?!?」
「静かに!」
そう言ってそのまま走る英吾。
走る途中でいろんな物に当たって落ちるが気にせずに走り、人通りが多い大通りへと向かう。
「待ちやがれ!」
(やば!)
後ろから男たちが追ってくる声が聞こえる。
ドンガラがッシャンといろんな音を立てて後ろから迫ってくる!
(近づいてきてる・・・ならば計画A!)
心の中で叫んでから英吾が立ち止り、一件の家の戸をどんどんと蹴る。
「俺俺!俺だ!」
そう言ってすぐにまた走りだす。
「い、今のは?」
「すぐにわかる!」
男たちがその戸の前まで来ると。
「誰だい?」
バン!
突然開いた戸に男たちがぶつかり立ち往生する。
「……なるほど」
感心したようにつぶやく女の子。
だが、その足止めも少ししか持たず、そのまま近づいてくる男達。
(そりゃ女の子担いでるからなぁ……)
ハリウッド男優でも特別鍛えているわけでもない英吾では女の子担いでの逃走は難しい。
ふと上を見上げると外に出した植木鉢を片付け始めている主婦が見えた。
(計画ドリフ!)
心の中で叫んで足元にあるゴミを主婦に向かって蹴りつける!
「きゃあ!」
びっくりした主婦が植木鉢を数個落してしまう。
その下をさっとくぐり抜ける英吾。
「ぶわ!」
「ちくしょう!」
植木鉢が男たちの前に大量に落ちて来て、さらに壁に立てかけてあった道具を倒し、男たちの動きが止まる。
「はぁはぁ」
だが、英吾もそこまでが限度だった。なにしろ、大した物は食べておらず、飛びぬけて鍛えていたわけでもない。
手足が限界で女の子を下ろして少しだけ息を整える。
「あ、あの?」
「はぁはぁ……これ以上は……無理だ……あいつらは……ここで止めるから大通りから……助けを呼んで……」
そう言って英吾は大通りを指さす。
大通りはすぐそこに見えていた。
「あ……あの!」
「早く!」
そう言って女の子を押しだす英吾。
後ろからは男たちがようやく障害物を取り除きこっちに走って向かって来た。
「急いで!」
「は、はい!」
そう言って女の子が走りだす。
それを見届けると男たちは後ろからゆっくりと迫ってきていた。
「……乞食の分際でやってくれたじゃねぇか」
怒り心頭の男達。だが、それをジロリ睨む英吾。
「……あんなの助けなきゃ死なずに済んだのになぁ……」
そう言いながら近づく男たちだが、英吾ももう戦う力が残ってない。
重ねて言うが英吾はタダの中学生なのだ。
「……あんなのって言うな」
「……あん?」
「……てめぇごときにバカにされる筋合いはねぇ」
英吾が睨みながら呻くように叫ぶが声が小さくてぼやくようにしか聞こえない。
(あんなこと言われる子を助けないわけにはいかない……)
虐められていただけにその辛さがわかっていた英吾。
誰からも助けてもらえない、誰からも認めてもらえない。
そんな孤独を身に染みて理解していた。
(自分がなっても、他の人に同じ思いをさせたくない)
だから英吾は助けた。
そういう男だった。
だが、そんな英吾に対する男たちの答えは端的だった。
グニュ
英吾のお腹に男達の持っていたナイフが刺さる。
そのあとぐりぐりと動かして傷口を広げる男達。
「うぐぅ……」
「……ご立派」
男たちはちっと舌うちしてからその場を立ち去る。
それを見て英吾はどさりと倒れ込む。
「英吾!しっかりしろ!英吾!」
どこで見ていたのか駆け寄った嘉麻が揺さぶるが英吾は全く反応しない。
英吾の意識はここまでだった。
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