第3話 異世界は世知辛い


 マイルグという国がある。


 ルミリア大陸の南の方にある小さな国であり、一言で言えば辺境である。

 主要な街道からも遠く、国民は貧乏とは言えないものの裕福とは言えない普通の国であった。

 そんなマイルグも中心都市エルベアは流石に繁栄しており、夕暮れのおいしい匂いが漂う酒場の前に二人の男が座っている。


 一人は黒髪短髪の快活そうな黄人の少年で右目に涙ぼくろがあり、どこにでもいるお調子者といった風情である。

 人好きする愛嬌のある顔立ちは見る人を和ませるだろうが、そんな彼はパンツ一丁という凄い恰好をしており、顔にはみじめさが浮き出ている。


 もう一人は長髪の黒人の男で顔が良くわからないが、こちらもやはりパンツ一丁になっており、俯いた顔からは何事かは伺い知れない。


 二人の前には木の椀が一つだけ置いてあり、それだけで乞食と言うのがわかる。   


 愛嬌のある顔の男の方が声を出す。


「ねぇ嘉麻」

「なんだ英吾」


 嘉麻と呼ばれた長髪の黒人の少年が愛嬌のある短髪の方を英吾と呼ぶ。


「なんでこんなことになったんだろうね?」

「……俺が聞きてぇよ」


 嘉麻が唸るように答える。


「三日前まで僕ら金剣中学校に居たよね?」

「間違いないな。ついでに言えばこんなところには来た覚えもない」


 嘉麻が悲しそうに答える。


「じゃあ、なんでこんなところで物乞いしてるんだろうね?」

「一つは気がついたらこの町に居た事。次に世紀末雑魚みたいな人達に出会ってあっという間に身ぐるみはがされた事。最後に助けてくれる人がいないという事かな」

「悲しいよ……」


 むすっとした声で答える嘉麻とさめざめと泣く英吾。


「ここはどこなんだろうね?」

「……日本どころか地球ですらなさそうなんだよな」

「……だよね」


 そう言って二人で空を見上げる。

 夕暮れの赤い空には大きな掛け橋がかかっている。


「見た所、土星みたいな輪っかのある星なんだろうな。月の代わりにあんなデカイ掛け橋がかかっているのはそれが理由だろう」

「さすが理数系男子」

「おだててもなにも出ないぞ。パンツしか持ってないからな」

「見りゃわかるよ」


 そう言って二人でさめざめと泣く。


「とゆうかさ、普通は異世界に行ったら美少女が居てエッチな展開になるんじゃないの?それかチートな能力に目覚めて無双するとか。異世界に行って乞食するなんて家でニートしてた方がましだよ?つーか帰らせてほしいよ……」

「俺もだ。あ~なってこ~なって最後にはチートな能力に目覚めて世界が救われるんじゃないかなって思ってる」

「そのチートな能力に目覚めるのはいつから?」

「さぁ?ただの希望的観測だからな。その前に野たれ死ぬ可能性の方が高い」

「異世界に来てんのに、これはねぇよ……」


 思わず膝を抱え込んでしまう英吾。


「大体何でこんなところに居るんだよ。何か覚えてる?」

「……覚えてないな。確か直前まで刀和とか瞬とやりとりしてたのは覚えてるけど……」

「悠久も居たよね?」

「……居たな。なんだっけ?」

「確か……嘉麻が女子水泳部の更衣室覗いたんじゃなかったっけ?」

「……間違いではないな」

「じゃあ、嘉麻が原因か?」

「女子更衣室覗いてどうして異世界に飛ばされんだよ。それから主犯はお前と刀和であって俺と悠久は一緒にいただけだからな」

「見たら同罪だ」

「水泳部の部室に覗き穴開けたのはお前だろ?」

「ほら、ドリル用意したのは刀和だし、穴に入れるスコープ用意したのは悠久だから。穴に偽装施してわからなくしたのは嘉麻だろ?俺悪くないよ?」

「計画の首謀者で尚且つ真っ先に覗いたのがお前でなければ悪くは無いな」

「なんだよ、僕が悪いってのかよ」


 むっとして立ち上がる英吾。


「当たり前だろ?誰のせいでこんな目に遭ったと思ってるんだ?」


 そう言って嘉麻も立ちあがる。


「お前のせいに決まってるだろ。お前が覗きなんかしなければこんなことにはならなかったんだし」

「冗談じゃねぇ。英吾のせいだろうが。変な計画建てなきゃこんなことにはならなかったんだよ」

「なんだと!」

「てめぇ!」


バシャッ!


 ヒートアップした二人に思いっきり水がかかる。

 二人は水が飛んできた方を見てみると上は和服、下は洋服を着たこの世界ではごく当たり前の服を着た太ったおばちゃんが桶を片手にこちらを睨んでいる。

 二人が物乞いしていたすぐ後ろの酒場のおかみさんだ。


「店の前で喧嘩は御免だよ」


 そう言って桶を下に置く。


「あんたらがいると客が入りにくいんだ。これやるからあっち行ってな」


 そう言ってパンを二つ渡すおばちゃんと黙ってそれを受け取る二人。


「「ありがとう」」

「礼はいいからよそいきな」


 そう言ってぴしゃりと戸を閉めるおばちゃん。

 何も言わずにすぐにパンを平らげて、二人で顔を見合わせる。


「……今日はもう寝ようか」

「……そうだな」


 二人はとぼとぼとどこへともなく歩いて行った。


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