第2話 虹の激流

(さて……どうしたもんかな……)


 左目の下に涙ボクロのある少年、久世英吾は黒人ハーフの友人 嘉麻一石の腕を掴んだまま、辺りを見渡す。


ギュオオオオオオオ!!!!


 


 二人はそんな虹色の濁流に流されているのだが、英吾は冷静に考えている。

 ちなみに腕を掴んでいる嘉麻君は気絶している。


(息は出来るからすぐに死んだりはせんようだが、だからと言って安全とは言い難いな)


 幸い、濁流の勢いは凄いが、何故か英吾は身体を動かせた。


「一体何なんだろうなこれは……」


 嘉麻の腕をしっかり掴みながらもぼやく英吾だが、すぐに異常に気付く。


「声が出せてるな……」


 これほどの濁流に揉まれているのに普通に声が出せている。

 これが仮に空気だとしたら恐ろしいほどの風速で口も開けないようなレベルだろう。


 それなのに声が出せるのだ。


「けったいな空間だが、それよりもあいつらを助けるのが先か……」


 先に吸い込まれていった万代刀和と玉響瞬の姿を探す英吾。

 そしてすぐにその目が鋭くなる。 


「見つけた!」


 遥か先に目当ての相手を見つけ、嘉麻を引っ張りながら追いかけようと泳ぐ英吾。

 相手はほとんど点にしか見えないレベルだが、何故か英吾にはわかった。


「急がんと! 」


 必死で泳いで近づこうとする英吾。

 だが、そんな英吾の肩を掴む者が居た。


「そっち行っちゃだめよ」


 それを聞いて後ろを振り返る英吾。


 そこに居たのは何とも形容しがたい美女だった。


 一言で言えば美人だろう。

 非常に整った顔立ちをしており、見る者をはっとさせる。

 なのだが、今一つ年齢がわかりかねる顔だった。

 老熟しているようにも幼稚で可愛いようにも見える顔だった。

 

 英吾はその美女を一瞥して睨む。


「俺よりもあいつに言え。俺はあいつを連れ戻さねーといかんのや」

「無理よ。彼が行くところは決まってるの」

「誰が決めたんだよ」


 ますます剣呑とした目で睨む英吾。


「俺は仲間を助けなきゃならん。だから邪魔するな」

「彼には彼の運命があって、君には君の運命があるのよ」


 そう言ってにっこり微笑む美女。

 剣呑とした目のまま英吾は尋ねる。


「お前は何だ?」

「私の名前はトリニア。人は私のことを運命の女神と呼んでいるわ」

「…………」


 英吾は黙ってトリニアに睨む続ける。

 それをみて苦笑するトリニア。


「安心して。私は敵じゃないわ」

「味方にも見えんけどな」


 一切の警戒を解かない英吾にコロコロ笑うトリニア。


「流石ね。ノードに選ばれただけあるわね」

「……何が言いたい?」


 ゆるぎなく睨み続ける英吾。

 するとトリニアは笑いながら言った。


「あなたはもうすぐファルストと呼ばれる大地に降り立つわ」

「別に行きたいと言った覚えは無い」

「でもそこに送られたんですもの。仕方ないわ」

「送られた覚えもない」

「強情ねぇ」

 

 苦笑するトリニア。

 すると何か思いついたように言った。


「そうだわ。向こうに着いたら言葉と文字は必ず理解できるし、使えるようにしてあげる。それなら良いでしょ?」

「ついでにステータスを全部マックスにしてチート能力を5つと最強の武器防具を揃えて付けてくれるんなら良いぞ?」

「強欲ねぇ」


 あまりの言い草に呆れるトリニア。

 すると英吾はきびすを返して刀和達の所へ行こうとする。


「だから忙しいって言っただろ。後にしろよ」

「だから待ってって!」 


パシ

 

 そう言って今度は嘉麻の腕の方を掴むトリニア。

 すると英吾がぎろりと睨む。


「その手を離せ」

「凄い怒りようね。そんなに彼が大事?」

「当たり前だ」


 さっきよりも強く睨む英吾。


「こいつはな。俺が小学校に入った時からの喧嘩仲間でもある。一緒に遊び続けた仲間だ。俺の仲間に手を出す奴は許さん」


 そう言って睨む英吾。

 すると苦笑してトリニアは手を離した。


「友達思いなのねぇ……」

「当然だ。俺は他の何よりも仲間を最優先する男だ」

「じゃあ、こういうのはどう? 向こうに着いたらハーレムが築けるわよ?」

「……マジで?」


 一転して喜色ばんで乗り出す英吾。

 それを見てにやりと笑うトリニア。


「本当よ。ハーレム築いて毎日エッチよ」

「まじか……そう言われると悩むなぁ……」


 急に考え始める英吾。

 するとトリニアが面白がって尋ねた。


「刀和君達は良いの?」

「後で助ければいい」

「仲間が大事なんじゃないの?」

「俺は他の何よりもエッチを大事にする男だ」

「優先順位変わってない?」


 先程の仲間思いのセリフが薄っぺらく感じるほど、さらっと後回しにする英吾。


「本当にハーレムが築けるのか?」

「勿論本当よ」


 そう言ってトリニアは嘉麻を指さす。


「彼がね」

「さようなら嘉麻。お前のことは忘れない」


 そう言ってあっさり掴んだ嘉麻の腕を離して遠くへと放流しようとする英吾だが……


ガシィ!


「てめぇ! あっさり裏切りやがったなぁ!」

「ちょっ! お前起きてたのかよ!」


 急に起きた嘉麻が英吾を羽交い絞めにした!


「聞こえたからな! このまま行くと俺がハーレム築けるって! だからこのまま行くぞ! 」

「ちょっ! 待って! 刀和達があっちに!」

「後から助けに行くって言ったのはてめぇだからな! 」

「おい! ふざけんな! 離せ!」

「絶対離さん! 」

 

 もみ合いになる二人を見てトリニアは笑って手を振った。


「いってらっしゃーい」


 トリニアがそう言うと同時に二人の姿が消えた。

 後に残されたトリニアがため息を吐く。


「やっぱノードは一味違うわ」


 そう言うとトリニアの姿も消えた。


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