閉ま馬

 その男はシマウマの背に捕まっていた。


 目の前にある黒い縦縞を揺らしてみるがびくともしない。

 「何がどうなっているんだ。」

 男はシマウマに触れた瞬間、いつの間にかその縞模様の中に閉じ込められてしまったのだ。

 脱出するために、隙間から抜け出そうとしてみたりと、色々試したものの、自分一人ではここから出ることが出来ないということが分かっただけだった。そのため仕方なく、目の前を横切ったジープに助けを呼びかけてみたが、聞こえていないだけなのか、それとも声が届かないのか、そのまま通り過ぎていってしまった。


 シマウマはサバンナを駆ける。真昼の蜃気楼を、地平線に沈む夕焼けを、澄み切った空に浮かぶ星々を男はシマウマの中から眺めていた。仕事に追われる日々の中では目に入ることのなかった光景達だ。

 不思議なことに、腹が減ることはなかった。睡眠も宿主が寝ると男の意識は途絶える。文字通り、シマウマの身体の一部になってしまったようだった。


 その生活にも慣れてきた男はもっぱら、サバンナに生息する動物達を見て過ごすようになっていた。立派な毛並みのシマウマの群れ、白色の牙を持つ象やサイ達、普段見ることのできない絶滅危惧種の動物達。野生のシマウマだからこそ知っている自然界の宝の山がそこにあった。

 だからサバンナの王者であるライオンを見かけた時も、サファリカーから眺めるような感覚で他人事のように観察していた。

 そのライオンが牙を剥きながら、此方に向かって来るまでは。


 獲物を見つけたライオンは鬣を靡かせながらどんどん距離を詰めて来る。一方、シマウマは呑気に草を食んだままその場から動こうとしない。

 男は悲鳴を漏らした。彼の眼前で、肉食獣の大口が広がった。


 気が付くと、男はサバンナに放り出されていた。目の前では何事もなかったかのようにシマウマが食事をしている。だがその縦縞の中には男と交代するように入り込んでしまったライオンが目をぱちくりさせている。

 やがてシマウマは満腹になったのかサバンナの蜃気楼の中へ消えていった。


 呆然と座り込んでいた男のもとに数日前に見た記憶があるジープが停まった。車から降りてきたレンジャー達によって男は保護されたが、彼らが話題にしたのは男の滑稽無糖な作り話ではなく、男が背負っていた密猟用のライフルについてだった。


 やがて代り映えのない灰色の部屋に閉じ込められてしまった男は、黒と白の横縞が入った自分の服をまじまじと眺め続けている。

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