世界単位 『私』
「誰も彼もがくだらない。」
私は忌々しそうにモニターを見ていた。モニターに映る作品評価の数字は一向に増える気配がない。
「こんな作品の何処が面白いんだか。」
少しページをスクロールすると、私の何倍もの評価を貰っている作品が目についた。だが、私はその作品を全く面白いと感じない。寧ろ、私の書いた話の方が何倍も面白いと信じている。
「何もかもがつまらない。」
今度は自分の好きなジャンルを検索してみる。ただ、世間ではマイナーな部類なせいか投稿数も少ないため必然的に良い作品も限られる。
私の価値観がおかしいのか?
「間違っているのは世界だ。」
私はそう叫んだ。
次の日から世界のあらゆる単位は全て『私』になった。例えば1メートルは0.6『はつみ』と表され、1キログラムは0.02『はつみ』というように。今までバラバラだった、メートルもフィートもインチもあらゆる尺度は『はつみ』に統一され人々は煩わしさから解放された。
彼らは午前『はつみ』に目を覚まし、駅から徒歩『はつみ』の職場に出勤する。昼休みには『はつみ』で収まる値段でランチを済まし、家に帰れば少し熱めの『はつみ』の風呂に入って、眠くなる午後『はつみ』までネットを眺めて過ごす。
やがて『はつみ』を基準にした人類は、私が好きな音楽を聞くようになり、私と同じようにショートショートを書き始めた。面白い作品がネット上に溢れ変える。
世界中の人間が同じ価値観を共有し、そこには差別も戦争も起こらない。人々は幸せそうだった。ただ一人を除いて。
私はゼロから変動しない作品評価を見ていた。私が基準になった世界では、私の書いた作品は何の目新しさも予想外の展開も起こらないのだ。私は直ぐに私よりも優れた『はつみ』達によって埋もれてしまった。
『はつみ』という文字で染まったこの世界はどれ程の価値があるのだろう。『私』というちっぽけな尺度ではそれを測ることはできない。
終わらせなければならないこの世界を、この悪夢を。私はホームセンターで1『はつみ』の長さのロープを購入し、1『はつみ』の時間をかけて家に帰る。家の間取りはもちろん1『はつみ』の広さだ。なぜなら『私』こそが全ての基準なのだから。
足元の台を蹴ってから、わずか1『はつみ』が経った後、私はとてつもない1『はつみ』の苦しさの中で考えた。
今更、私が居なくなった所で何かが変わるのだろうか。私が消えたところでもうすでに沢山の『はつみ』かいるのだ。私の死すら誰にも注目されることなく、悲しまれない。いや違う、私がそう考えてしまった時点でこの世界の価値観は。
後悔よりも先に、1『はつみ』の人生が終わりを迎えた。
翌日、身長の尺度である『はつみ』の基準が少しだけ伸びた。
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