分身の術

 巷では忍術が大流行していた。忍術を教えてくれる忍者道場は急増し、私もそれに通っていた。


 道場では先生がマンツーマンで様々な忍術を教えてくれる。水遁の術、火遁の術、隠れ身の術、だがどれも私生活で役立つかと言われれば微妙なものばかりだ。いや仕事中にサボる時に、隠れ身術には何度かお世話になってはいるが。

 まあそんなことも、今日という日を待ち望んでいた私には些細な問題だった。最後の授業で師匠は言った。


「君も今日で卒業だ。最後に我が流派の秘儀である分身の術を教えてやろう。」


 私が高い授業料を払ってでも習得したかったのは分身の術だ。自分の複製を作るこの術を取得できれば、仕事に代わりに行ってもらうことができるし、一人ぼっちの夜に枕を濡らすこともなくなる。スーパーのお一人様一個の商品だってたくさん買うことができるのだ。


 師匠は印の結び方を教えてくれた。普段の授業ではまず実演してもらうのだが、奥義という割には意外にも簡単な術式で、私にも簡単に習得することができるそうだ。その言葉通り、私が手を合わせて念じてみると、ボンッという音と煙に包まれて、もう一人の自分が現れた。


「なかなか上手いじゃないか。ほら、もっと出してみるといい。」


師匠に褒められ、気分が良くなった私は続けざまに5人の分身を作った。


「それで師匠。この分身どうやって消すんですか。」

 私は自分の分身を眺めながら質問をする。だが、師匠は首を横に振って答える。

「残念ながら、消す方法はない。」

「だってそれじゃあ、分身の奴らの食費とかどうするんですか。」

「安心したまえ、これで君も免許皆伝だ。忍者道場でも開くと良い。その術があれば、教師にも困らないだろうしね。」

 なるほど。生徒一人ごとの個別指導を謳っているのに、この忍者道場で師匠以外の姿を見たことがないのはそういうことだったのかと私は納得する。


 そんな私に師匠は、道場を開くための準備方法や注意が載っているパンフレットを見せながら色々説明を始める。

「見ての通り忍者道場は元手もかからず、資格さえあれば誰でも簡単に始めることができて、利益率も凄く良い事業なんだ。」

 師匠は一通り忍者道場のメリットを話した後、こう言った。

「だが、我が流派には守らねばならない掟があってね。忍者道場で稼いだ代金の数パーセントを忍術の使用料として、自分の師匠と母体団体に払わないといけないんだ。」


 その言葉を聞いて私は頭を抱えた。分身の術にではない。増え続ける現代の魔術、ネズミ講に対してだ。

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