13.クラーク・マクドネル

「ミア、起きて・・・・・・・・・・・・・・・あなた! 夜更ししてたの!?」



 翌朝、扉を開けたステフは掃除したばかりの部屋が再度本まみれに戻っている光景に絶句し、その中でミアが黙々と目の下にクマを付けて読み耽る姿に再度絶句する。



「一体どうしたのよ。足の踏み場もないじゃない・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」



 スカートをたくし上げ、本を避けつつ足の踏み場を丁寧に選別して中に入り、そしてふと周りを見回して三度絶句する。



「なんでテーブルが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ミアの寝室。


 カーテンで仕切られた空間には今、でかでかとカーテンを引き裂いてテーブルが食い込む。



「な、何があったの・・・・・・・・・・・・? というかケイジさんはどこなの?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ステフの絶句には目もくれず、ミアは本を読んではポイと投げ捨てる。



「ミア!!」



「!?」



 しかしその大きなステフの声に目を大きく見開いてミアはステフを見る。


 すると、ステフはミアが椅子代わりに座る本の山に近づき、自身も本の山を椅子にしてミアと対面に座る。



「・・・・・・・・・・・・昨日の夜、何があったの?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 クマの出来た目元をずるずると下にやってミアはうつむいた。






 空は快晴を誇り、さんさんと陽の光が降り注ぐ。


 石畳の道路と、石造りの建物は数百年前からその姿を保っている。


 そして大きなロータリー交差点のある大通りではクラクションがどこからともなく鳴り響き、歩道では歩行者が行き交う。


 そんな交差点の角で、賑わうカフェが一つ。


 赤い軒先テントの下で丸テーブルに置かれた紅茶を嗜む金髪の淑女。



「隣、いいかしら?」



「ええ、どうぞ」



 淑女はその者の顔を見もしなかったが、対面に座る黒髪のツインテールの女性は彼女の見知った相手だった。



「久しいわね。リリーナ」



 しかし、リリーナは軍帽に軍靴とカフェに来るような格好とは言い難い。



「あなたは座っていいと言ってないわ」



「なっ」



 残り二脚ある椅子にリリーナに続いて座ろうとするも、目を合わせることなく速攻で断られる。



「バーレイ、私の後ろで立ってて」



「チッ」



 腰を落ち着かせること叶わず。


 再度立ち上がり、眉間にしわを寄せたままリリーナの後ろに回る。



「ご用件は何かしら? 旧友に会いに来た格好ではないわね」



「コーヒーを二つ」



「俺はいらねえよ」



「飲みなさい。ここのは最高だから」



 すかさず出てきたウェイトレスに注文し、すぐさま会釈するとウェイトレスは店内へと戻っていく。



「あなたコーヒーなんて飲むのね」



「元から好きよ・・・・・・・・・・・・・・・要件は分かっているわよね?」



 リシェンヌは緩慢とティーカップを持ち、紅茶をすする。



「分かっていようと、お願いであればそちらから言うのが筋では?」



「家督を継いでも、変わってないわね」



 リリーナは手を頭に回し、軍帽のつばを掴んで被り直す。



「私に協力してちょうだい」



「〝軍〟ではなく?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・軍に流れるかもしれない。でも、私は私で動きたいの。その時に、あなたの情報があると頼りになるわ」



 垣間見えるリリーナの焦りを受け取ったか受け取らずか、リシェンヌは貴族然とした立ち居振る舞いを持ってティーカップを持ち、薄紅色に輝く水面を見つめる。



「他を当たって頂戴」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 リリーナは立ち上がると、来たばかりのコーヒーを一滴も飲むことなくポケットからお金を出してテーブルに置く。



「こういうこと言うのは癪だけど、あなた、私の味方って言ったわよね」



「うぇ!? 飲まないの?」



「行くわよ」



 その捨て台詞にリシェンヌは微笑みで返し、呑気にコーヒーを楽しむルーファスはその余韻に浸ることなく、飲みかけのコーヒーをテーブルに置いてリリーナの後を追う。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに、言いましたわね」



 リリーナ達のいなくなったテーブルでぼそりと呟くと、どこからともなく長い黒髪をポニーテールに結んだメイド姿の女性がするりとリシェンヌの後方に現れる。



「ミリス・ペトロヴナ・ツーリィの足取りを追って頂戴」



「かしこまりました」



 深々と一礼するとすぐさま踵を返してイルメラは姿を消す。



「今でも、私はあなたの味方ですわ」






「わたくしはただ純粋に魔導の研究がしたいだけなのですよ! 国の思想や野望などわたくしには関係ありません! まあ、人間にも興味ないんですがね。へへっ」



 何やら廊下が騒がしい。


 しかし本に集中するミアにはどだい関係ない。


 その騒音さえ、彼女にはまったく入っていないからだ。



「しかーしッ、あの子供には俄然興味があります! わたくしは初めて人間に興味を持ちましたッ。彼女の操る魔導でなく、彼女の素性、性格、肉体精神ッ! あ、ここが彼女の部屋ですか?」



 ガチャリ



「おお! たかだか三年ではありますが、成長は著しいようで――ぐぇ!?」



 ドガン! と扉を開けた白衣の男を真後ろの壁まで吹き飛ばし、宙に浮いたまま元々か細い首が更に絞められる。



「あ、あ・・・・・・・・・・・・うぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「なんで貴様がここにいるッ」



 ミアは、そのドスの入った剣幕激しい形相で男を睨みつけながら歩を進める。



「俺に付いてきた」



「ッ!?」



 振り向くとそこにいたのはケイジ。


 すぐさまその形相を緩め、うつむく。



「ミア、周りが騒がしくなる前に入るぞ」



 ふと周りを見ると、学生寮の玄関口で行われるトラブルにすぐさま学生達が野次馬を形成していた。



「ぶぇっ・・・・・・・・・・・・えほッ! えほッ! ああ、喉が――ぶぇっ」



 ミアとケイジが部屋に入る中、魔導を解かれた男は安息を得る暇もなく、また魔導で強引に身体を引きずられて部屋に投げ込まれる。




「私の本に乗らないで!」



 投げ込まれた男は床一面の本の山にダイブするも、すぐさまそれを咎められる。



「自分で投げ込んでおいて――ぶぇっ!」



 反論させる暇もなく男は部屋の隅まで飛ばされる。



「あいつなんなの?」



「亡命希望らしい」



「ならケイジ関係ないじゃん」



「ああ」



 ケイジは本を掻き分け、台所に向かいコップを手に取ると蛇口をひねる。


 ミアは隅に追いやりはしたものの、不快なその男が気になっているようで本を手に取るも、ページは一向にめくられない。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 水を飲み終えたケイジは再度本を掻き分け、本の山に座るミアと同じ様に自身も隣の山に座る。


 しかし、何か話すわけでもなく、その微妙な距離も相まって更にその部屋の空気が淀んでいく。



「ミア・ヴェーベル氏は解呪魔導を研究なさるので? 今時呪いなど――ぐぇっ」



「黙って!!」



 しかしその空気を容易くぶち壊すのは白衣の男。


 すぐさまミアの魔導で首を絞められ、悶絶する。



「解呪魔導?」



「え――ええ・・・・・・・・・・・・・・・こ、ここにあるのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大半が呪いに――」



「ミア、殺すなよ」



「・・・・・・・・・・・・・・・」



「えほっ! えほっ! ああ・・・・・・・・・・・・何かに目覚めそうだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 首を絞められながら話すも、さすがに限界のようで途中声が切れ、落ちる既で魔導が解かれた。



「おほん。解呪魔導とは読んで字の如く、呪いを解くための魔導。厳密には魔導陣ですがね。この部屋に散見するのはそのほとんどが解呪魔導の類。後は魔導書に禁忌と言われる極超位魔導の本がちらほら。誰か、強力な呪いにでもかかっているのですか? いや待てよ・・・・・・・・・・・・・・・」



 頼んでもないのに一から十までベラベラと話し、勝手に何かを察した様子。



「ほほーーーう。まさか、呪いとはケイジ氏のことですな?」



 その推察にまさしく図星だと言わんばかりに黙り込んで顔を本で隠すミア。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ミア、どういうことだ? お前は俺に会うために――」



「そう。会うためにあなたに呪いをかけた。だけど、今の私は始祖の魔女じゃない」



 しかしその言葉にケイジは頭を抱える。



「どういうことだ・・・・・・・・・・・・・・・千年も俺を不死身にしておいて会ったら――」



「私はっ――私は、始祖の魔女。レティなの。記憶と思考、思想、性格が引き継がれている。でも、でもすべてじゃない。ミア・ヴェーベルとして生きてきた人生もあるの・・・・・・・・・・・・・・・今はその二つが混濁して存在している。だから、だから今の内に――」



「ほっほーーーう。なるほどそういうことですか」



 今度はミアの話を遮って話し出す。


 手に持つ本に指を添えてうろうろする白衣の男にさすがのケイジも眉間にしわが寄る。



「ミア・ヴェーベル氏、いや――レティ・ゲオルグ・ルイ・コンスタン・アンブローズ氏。あなた、転生輪廻の禁忌、犯しましたね? いえ別にとやかく言うつもりはありません!ありませんとも! さすが基礎魔導の祖と言われたお方だ。やることが過激だッ。成功するかも分からないのに自身に極超位魔導である転生輪廻を発現させ、ましてや! ケイジ氏にも不老不死の――いえ、肉体的変質、強化その他諸々の極超位魔導複数ですねッ! それを見事成功させ、且つッ千年の時を余裕で保ち、運命さえも計画させてケイジ氏と会うッ!! あああああああああああああああああああああああああああああああこのような魔導の使い方が今まであろうかッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ――わたくしでさえ越えられない壁だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 大仰な身振り手振りを交え、まるで劇でもしているかの様に最後には恍惚と天を仰ぐ。



「しかし――」



 だが、男の劇は終わらない。手に持つ本を指でなぞりながら話を進める。



「しかし、どうやらお話を聞く限り、この魔導書に記す通り前世を取り戻す術は魔導に依存しているようですね・・・・・・・・・・・・・・・まあ、これも御自身で書いた書籍なのでしょう。前提が魔導の無尽蔵保持など貴方様以外ありえませんからなッ! ああ――わたくしが行った実験が貴方様の計画の一部であったこと、真に恐悦至極でございます。そしてそれと同時にわたくしの教養不足で完全な自我転移を成すことができず大変ッ、大変申し訳有りませんッ! 今貴方様はミア・ヴェーベル氏の自我とレティ・ゲオルグ・ルイ・コンスタン・アンブローズ氏の自我が混濁されている状態ッ。しかも推察するに三対七の割合でしょうか。まだまだレティ・ゲオルグ・ルイ・コンスタン・アンブローズ氏の自我に染まりきっていないッ。なんという――レティ・ゲオルグ・ルイ・コンスタン・アンブローズ氏の自我は魔導に換算すると一体どれほどの情報量なのかッ。わたくし、興味が大いにあります。もし、もしわたくしに出来ることがあるのなら全身全霊を賭してご協力、ご尽力致します故、なんなりとお使――」



「止めて!!」



 両腕をさすり、ミアは身体を縮こませる。



「私は・・・・・・・・・・・・・・・私は戻りたくない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」



「レティに・・・・・・・・・・・・・・・レティになんか戻りたくないの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、ケイジを苦しめたくない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 その言葉に、ケイジは瞳を沈ませてうつむく。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! そういうことかッ!!」



 目玉を大きくしたかと思うと、発狂したのかと疑うほどに大きな雄叫びを上げて仰け反る男はまたしてもまくし立てる。



「だからッ!! だから解呪魔導なのかッ!!  レティ・ゲオルグ・ルイ・コンスタン・アンブローズとしてではなくッ!! ミア・ヴェーベルとしてッ!! あーーーーーーーーーー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 一気に興奮しすぎたのか、少しばかり呆然と視線を彼方へと向ける。


 そしてその定まらない視線をミアに戻して少し顔を近づける。



「・・・・・・・・・・・・・・・とても、興味があります」



 ガチャリ



「ミ、ミア――どうしたの? そんなに叫んで・・・・・・・・・・・・・・・え?」



 心配そうに入ってきたステフだが、最初に目が合ったのは興奮を未だ隠せず目が見開いた見知らぬ男。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」






 本の山はある程度片付けられ、そこに角が欠けているテーブルが置かれる。


 椅子は四脚。


 そしてテーブルにコーヒーが四つ配られる。



「んーーーーー・・・・・・・・・・・・・・・・・・中々いい豆を使っていますね。コーヒーの事はよく分かりませんが」



 一々喋っていないと気が済まない白衣の男はコーヒーをすするも、口に運んでいるのはその男ただ一人。



「あのー・・・・・・・・・・・・・・・この御方が亡命を希望しているのは分かったのですが、ではなぜケイジさんに付いてきたのですか?」



「説明しましょうッ! ソロヴィイが軍拡へと推し進める中、わたくしの研究も国から如何に人を合理的に殺せるか、という注文ばかり来るようになった。わたくしははっきり言って興味ありませんッ! ましてやわたくしの研究にいちゃもんを付けるなど言語道断ッ! というわけで近場を通った最強無敵のケイジ氏に付いていけばソロヴィイを出られると踏んでいたわけです。そしてそれは正解だった」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 いきなり立ち上がってまたも劇を繰り広げるその男に、ステフは当然の如く身体を引いた。



「そ、そういうことですか・・・・・・・・・・・・・・・ではご職業は?」



「はぁい! わたくし、元ソロヴィイ第五魔導研究所初代所長ッ。異能魔導師捜索本部長も兼任しておりました。故にケイジ氏やミア・ヴェーベ――」



「ならもうここにいる意味はないだろ? ここはもうソロヴィイじゃない。政府に亡命手続きでもしてもらえばいいだろ?」



 そのお喋りを断ち切って割って入ったのはケイジ。


 すぐさまケイジに振り向く男はまた劇を始める。



「ええ、はい、まさしくそうでしょうしかしッ! わたくしは言いました。わたくしはミア・ヴェーベル氏に興味があるとッ」



 その言葉を聞くと、ケイジは大きくため息を吐いて席を立ち、そのまま部屋の扉を開けて出ていく。



「えーーと・・・・・・・・・・・・ミアに興味があるとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 当たり前だろう。


 いきなり見知らぬ男が年端もいかない少女に興味があると言うのだ。


 ドン引きでは済まされない。



「ミア・ヴェーベル氏。まさしく最ッ高の魔導師であるとわたくしは胸を張って言えます! いえ、それ以上に彼女の肉体、精神その隅々までわたくしは人類をも越える存在であると推察致しますッ! なぜなら彼女は齢十六にして既に並の魔導師を凌駕していると言って過言ではないでしょう! しかも魔導を無尽蔵に保持、発現できるなどこれは魔導の――」





 外に出たケイジはすたすたと一直線に校庭を歩いていく。


 そしてそのまま校門まで来ると門扉を開けて道路沿いに出る。


 くるりと右に曲がり、歩道を行くと丁度歩行者とすれ違う所だった。


 しかしケイジはその歩行者の前に立ち塞がり、口を開ける。



「早くあいつ連れてってくれ」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」



 当たり前の反応だろう。


 いきなり歩行を妨げて意味の分からない事を言うのだ。


 だがケイジはそんなキョトンとする男の事などお構いなしに胸ぐらを掴む。



「ちょちょちょちょっと何するんですかッ!?」



 そのままほとんど引きずる状態で門扉を越えて学園内に入り、道路から見えない位置でその男を開放する。



「もう分かっているだろ。さっさとあのイカれ頭を連れて行け」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」



 未だ驚愕を顔にする男は何の話かさっぱり分からないようで頭の整理が追いついていない様子。



「おい、演技も大概にしろ」



「お、お金ならあるので――」



 グワッと右手を突き出すと顎から頬を掴んで指を食い込ませおちょぼ口にさせると、男をその片手だけで引き寄せる。



「いい加減にしろ」



「止めなさい」



 その聞き慣れた声に振り向くまでもなく、おちょぼ口にしたその手を離す。



「何の用だ?」



 ケイジの後ろに立つ男女。


 いつものように小綺麗に着こなす軍服姿は既に見慣れた。



「クラーク・マクドネルを連行しに来たわ。その人はもういいでしょ?」



 今までの驚愕とした顔をスッと冷めた顔に切り替え、襟を正して男はその場を立ち去る。



「もう少し早く来い」



「あら、あなたがそんな顔するなんて、相当厄介なのね」



 ケイジの眉間のしわは誰から見ても機嫌が悪いというのはひしひしと伝わっていた。






 ドガーーーン!




「ぐぇーーーーーーーーーーーーー」



 ケイジ達が寮に入った瞬間、扉を破壊するかの勢いで飛び出てきたのはその白衣の男。



「あなたが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あなたがミアを傷つけたのですね・・・・・・・・・・・・・・・」



 そしてその後に出てきたのはカールの効いた髪の毛を逆立てる女性。



「過去にいつまでも囚われるのは精神上損でしかありません。過去からは教訓を得ていればそれでいいのです。故にッ、わたくしは過去を教訓にこうしてミア・ヴェーベル氏を単なる実験体としてでなく――」



「ッ!!」



「ステフッ!」



 右手に発現するは鋭利に尖った氷。


 冷気の漏れるそれを振りかぶり、そのお喋りな口の中に突き刺そうとするも、壊れかけの扉の中からの叫び声に手が止まる。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」



 既に周りには生徒達が野次馬を形成し、それをリリーナの率いる軍服姿の人らが散らせていた。



「危うく本当に殺される所でしたねぇ。ま、あなたに良心があるのは分かりきっていましたし、このような面前で人殺しなどするはずな――」




 バスッ――べたっ




「早く連れてけ」



「言われなくても」



 懲りる。などという単語がこの男にあるはずなく、ケイジが拳で顔面を殴打してようやく黙り込む。


 そしてそのまま気絶した男を軍服姿の二人が担いてずるずると引きずっていく。



「・・・・・・・・・・・・・・・みんな、まだ授業が残っているでしょ。早く行きなさい」



 野次馬の生徒達をステフも散らしに掛かるが、未だ余韻の残るその空間で生徒達も緊張が解れることなく散っていく。




「ごめんなさいね」



 部屋に入るステフは再度謝る。



「ステフは悪くないわ」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう。それじゃ私、お仕事があるから。本当は今日ケイジさんも教師の仕事だったんですけど、居なかったので私が代わりになんとかしておきました。なので今日はミアの護衛をちゃんとやってくださいね」



「ステフ」



「はい?」



「・・・・・・・・・・・・ミアの面倒を頼む」



 それに部屋を出かかったステフは首を傾げる。



「それはケイジさんのお仕事でしょ?」



「それじゃない。ミアにとってステフは母親なんだ。その面倒をこれからも続けてほしい」



 本の山の頂。


 そこでいつものように本を読み漁るミアは顔を本で隠した。



「・・・・・・・・・・・・・・・分かっています」



 一言、そう言ってステフは壊れかけの扉を閉める。




「なんであんなこと言ったの?」



「こういうのはちゃんと言っておいたほうがいいと思ってな」



「・・・・・・・・・・・・・・・なんか、ケイジらしくないです」



 頬を赤く染めるミアは口を尖らせる。



「ミア」



 それにミアは本に向けた視線をケイジに移す。



「俺は、本当は死にたかった」



 椅子に座り天井をぼんやりと見つめるケイジは続ける。



「千年だ。千年も朽ちる事なく生き続ける。食い物も、水さえいらない。血さえ流れない。ふとした瞬間に自分が人間なのか不安になってくる。だから俺は毎回それを押し殺すために摂らなくてもいい食い物を採って、飲まなくてもいい水を飲んで、眠らなくてもいいのに夜には寝てる。だから、俺は死にたかった。自分が何者か分からなくなる前に、死にたかった」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 励ます言葉も、慰める言葉も、思いつく限りの言葉の羅列が浮かんでも、ミアには言う権利が無かった。



「ここに来たのも、魔導書があると聞いたからだ。その魔導書に、不死身を殺す術でも書いてあればと思っていたが――まさかレティが組んだ計画の一部だったとはな」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「ミア」



 それにうつむいた瞳を持ち上げる。



「俺は今でも死にたいと思っている。だが、それと同時に千年も前に惚れた女の事を今も想っている。俺が言いたいのはそれだけだ」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」



 再度、うつむくもそのうつむきに暗い影が差すことはなかった。


 ケイジは椅子から立ち上がり、扉のドアノブに手をかけ、開けるとそこには人が立っていた。



「あら、先生、三年ぶりですわね」

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