12.呪い
昼下がり。
天高く昇る太陽は校門の門扉を温める。
しかしその門扉も泥や土埃に晒され、色あせていた。
石畳も未だ色の違いが見て取れるが、その差も大分埋まっている。
校庭では一時の休憩時間に生徒達が羽を休めていた。
そしてその校庭の奥にある学生寮の一角。
寮に入ってすぐ右にある窓口は何か内側から家具で塞がれており、その機能を果たしていない。
しかも他の窓も同様にカーテンやらで中を見ることは叶わない。
廊下からでも分かるその異様にケイジは扉の前で少したじろいでいた。
ガチャ――キイィ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
少し歪んでいる扉を開けるとそこは薄暗がりに広がるジャングルだった。
「なんだこりゃ・・・・・・・・・・・・・・・」
ほとんどの壁には天井まで届く本棚が立ち並び、その本棚にはびっしりと本が詰まっていた。
床には平積みされた本に、インクやチョーク。
ケイジが居た頃の家具など存在すらしていなかった。
「まるで魔導研究者の部屋だな・・・・・・・・・・・・・・・」
「ステフ、お昼ご飯ならいらないよ――」
カーテンから出てきた顔。
色素の無い長髪はボサボサに跳ねており、寝起きなのか半目のままの紅い瞳。
しかしすぐさまその瞳を目一杯に広げてその者を見る。
「ケイジ――ケイジ! あっ待って! え? うそ――どうしよう・・・・・・・・・・・・・・・」
「ミア、お昼ご飯食べた? え・・・・・・・・・・・・? ケイジ――さん?」
慌ててミアがカーテンを閉めたかと思うと扉からステフが入ってきてケイジを見るなり目を丸くする。
「迷惑をかけた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・め、迷惑をかけたじゃないですよ! 全然帰ってこないから死んだかと・・・・・・・・・・・・・・・」
瞳に涙を貯めるステフは決壊する手前で拭き、嗚咽の漏れそうな声を制してケイジに向き直る。
「もうっ、みんな卒業しちゃいましたよ! それに休暇って日数じゃないですよ!!」
するとその怒り口調のままステフはミアのいる方へと向く。
「ミア!」
「ま、待って! ステフ私の制服ってどこだっけ?」
「今更色気づいたって遅いわよ! ケイジさん、先に学園長と話してきてください。今なら部屋におられると思うので」
「ああ」
慌ただしくなった部屋から出ると外からでもその親子喧嘩とも言える喧騒が漏れていた。
カチ――カチ――カチ――
時計の音だけが聞こえる部屋。
両脇に並ぶ本棚とその上に置いてある品々はまったく動かされた気配はない。
執務をする机とその机上にある書類はいつも通り山積みで、椅子に座る白髪の老人は大きな窓から外を望んでいた。
「わしも老いたわ」
ぼそりと呟く老人にケイジは答えない。
「君は本当に何も変わらないね」
くるりと椅子を回してケイジに向く学園長だが、それにもケイジは無言だった。
「てっきり、そのまま帰ってこないと思っておったよ。ま、一応はまだ教師としては在籍しているがね。まだ続けるのか?」
「ああ」
その返事に学園長はいつものようににんまりと口を歪めて白い歯を見せる。
「・・・・・・・・・・・・そうか。では明日から実技をしてもらうよ。と、言っても君が教えてた子達は既に卒業しているがね」
「あいつらはどうなった?」
「ほほう、君が気にするのか?」
前のめりにケイジを嫌らしく睨む学園長は満面の笑みを見せつける。
「君はそういうことを気にする人ではないと思っていたよ。みんな、大人になっていったよ。そのまま当主になる子。研究者になる子。軍人になる子もいたね」
「軍人?」
「ああ、あのソロヴィイの貴族。カタリニコヴァと貴族を毛嫌いしていたバーレイがね。そう言えば、今日尋ねるとか言っておったな」
ケイジの眉間にしわが寄った。
学園長も、その険しくなった剣幕はすぐ分かった。
「どうした?」
「・・・・・・・・・・・・・・・いえ」
「まあ、すれ違うことは出来るかもしれんな。じゃ、そういうことじゃから明日からはちゃあんと働いてくれ。あ、焚書庫には行くなよ。わしが怒られる」
それに返事をすることなく、ケイジは踵を返して扉に向かう。
「本当に行かんでくれよ」
ケイジはそのまま扉を開けて無言のまま出ていく。
「!?」
「ッ!? お前!?」
扉を出た瞬間、廊下で出くわしたのは二人の男女。
軍帽の下からは長いツインテールの黒髪が伸び、身長はいくばくか伸びていた。
もう一人はいつもどおり。大きな声を上げて目をまん丸にして叫ぶ。
そしてどちらとも堅苦しい軍服に身を包み、肩には金属製の意匠をあしらった階級章。
素人のケイジでも分かるそのただの兵士ではない、軍人然とした威風に彼の目の色が変わった。
「てめぇ! 今何年だと思ってやがるッ!」
「バーレイ少尉、口を慎みなさい」
その雄叫びにリリーナは冷静に制し、ルーファスも物足りなさを残しつつもそれに従う。
「もう帰ってこないかと思っていたわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・忠犬だな」
その言葉にルーファスが前に出ようとするも腕を出してリリーナが制す。
「私にはこうするしかなかったの。祖国の無くなった今、〝アレ〟だけはこの世に存在させはしない」
「どっちのことだ?」
「どっち?」
眼が変わった、とでも言うべきか。
たかだか三年ではあったが、リリーナの瞳に映る先にあるのは今や強大な軍事国家として諸国を飲み込まんとする北の大地。
「ソロヴィイのことか? それとも大公女のことか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どっちも、よ」
リリーナはそのまま突っ立つケイジを避けて扉に向かい、その後ろを歩くルーファスもケイジを睨みながら後を追う。
学生寮に戻ると部屋の窓が開いていた。
そしてそこから溢れる豊穣な香り。どうやら料理をしているようだ。
「ステフ! これってどう切るの?」
「え? それは――乱切りでいいわ」
「乱切り・・・・・・・・・・・・?」
「あなた昔切ってたじゃない」
窓から聞こえるその声はガチャリと開けた部屋の中でも響き渡り、まだ埃臭さの抜けない監督室でステフは掃除に、ミアは使われて久しい台所で料理をしていた。
「ケイジさん、ごめんなさい。まだ掃除が終わらなくて・・・・・・・・・・・・それ、ここの本棚に入れてください」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
額から汗を垂らすステフとケイジと目を合わせようとしないミア。
「ああ」
ケイジはミアの背を見つめつつも、床に散らばる本を集めていった。
「ふぅ・・・・・・・・・・・・ここまで掛かるとは思わなかったわ」
久しぶりに持ち込まれたテーブルとそれを囲う椅子に腰掛けるステフは汗を拭って一息つく。
既に陽は落ち、学生寮もにぎやかになっている。
「ミアがいきなり料理したいなんて言い出して大変だったのよ」
「ちょっと! 言わないでよ!」
ミアが台所から持ってきた料理は食欲の湧く見た目を保ち、匂いも十二分に腹を空かせるのに役立つ。
「ケイジさんの隣じゃなくていいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ケイジの座る場所とは対角線上に座ろうとするミアにステフが放った言葉で座ろうとする腰を留め、再度立ち上がる。
「ほんとに、素直じゃないわね」
そして椅子をケイジの隣に持っていき、うつむいたまま目を合わせることなく頬を赤らめて座る。
「さあ、食べましょう」
両手を組み、祈りを捧げる二人を他所にケイジはすぐさまフォークを持ってミアの手料理を食べ進める。
「どう? 美味しい?」
「ああ」
ミアが言うべき言葉であったがそれをステフが言い、未だミアはケイジと目を合わせない。
「美味しいって」
しかしミアはそれに反応はせず、黙々とうつむいたまま食べ進める。
「それにしても、三年も休暇を取って今更帰ってくるなんて、何かあったの?」
「いや・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フォークとナイフを動かす手が少し止まる。
「ただ――気付いたら三年経っていた」
「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
その返答に今度はステフの手が止まる。
「どうやったら三年経ったのに気付かず旅出来るんですかッ!?」
「ステフうるさい」
ドンッ! と握りしめた拳をテーブルに叩いて怒鳴るも即座にミアがぼそりと叱る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、休暇は自由ですしどこに行くのも勝手ですが三年は度が過ぎます。おかげで軍人さん達がよく学園長に会いに来ていましたよ。あれケイジさんの事ですよね?」
「だろうな」
まるで他人事。
その反応にケイジさんらしいと思いつつも、眉間のしわが解れることはない。
「ミアも嘆いてましたよ」
「ちょっと!」
今度はミアがテーブルに手を突いて立ち上がる。
「あら、言わないほうがよかった?」
「もうっ」
ステフの眉間のしわがミアに移った。
少し楽しそうに微笑むステフはそのままバクバクと食べ進めるミアを眺めるのに終始した。
「ケイジさん、ベッドなんですが置く場所が無いし他に空いている部屋もないので、すいませんが今日だけ床で寝てもらえますか?」
「ああ」
その即答に両手いっぱいに毛布を抱えるステフの顔に笑みが溢れる。
「助かりました! 今日だけでは全部の掃除をすることができなかったので、明日からはちゃんとベッド用意しますね」
そう言ってテーブルを退かしたスペースに毛布を敷いていく。
「ではケイジさん、教師の仕事もありますが、ミアの護衛というのも本来ケイジさんに任された仕事ですので、そちらも全うしてください」
そしてステフはカーテンで仕切られた先にいるミアに顔を向ける。
「ミア、あなたも夜更ししないで寝なさいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
カーテンから漏れる光が影を作り、読書をしている事は丸分かりなのだが、ミアは無言を貫く。
「はぁ――それじゃケイジさん、おやすみなさい」
踵を返して会釈をするステフはそのまま扉を開けていく。
バタン、と閉まるとケイジはカーテンを見る。
するとポン、と本が閉じる音がしたと思うとカーテンから漏れる光が消え、シャーッとカーテンが開いてミアが顔を出す。
「ケイジ・・・・・・・・・・・・・・・帰ったら話があるんでしょ?」
「ああ」
テーブルにはコップが二つ。
明かりの点いた部屋でテーブルを挟んで座る。
ケイジは背もたれに存分にもたれ掛かり、ミアはコップを握りしめて水面を覗く。
「ミア――」
「あの・・・・・・・・・・・・・・・」
最初に口を開いたケイジを遮り、ミアは続ける。
「私――分かったの。最初は夢だと思ってた。でも、焚書庫に通う内に霧が晴れていった。ううん。あの事件から分かってたのよ」
「なんの話だ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
うつむくミアはコップの水面を覗く。
「レティ・ゲオルグ・ルイ・コンスタン・アンブローズ。千年前の私。始祖の魔女。そして――」
ミアは顔を上げる。
「あなたを愛したがために呪いをかけた張本人」
私は――ミア・ヴェーベルは生まれつき魔導を際限なく使えたの。
どんな環境でも一切疲れることなく・・・・・・・・・でもそれは異常だった。
孤児院で物心付いた私はすぐさま見知らぬ誰かに誘拐された。
暗くて・・・・・・・・・何も分からない。ただ痛い思いばかりした。
だけど、いつも、いつもそうやって痛い思いをすると――
周りが死んでるの。
だから私は逃げた。
逃げて、逃げて、また捕まるの。
だけどまた捕まえた人は死ぬの。
そうやってずっと生きてきた。
でもね。ある日髭の生えたおじいちゃんが助けてくれた。
そう、学園長が助けてくれたの。
そうして、私はその因果から抜け出した。
幸せだった・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ステフには最近キツく当たっちゃうけど、本当は大好きなの。
本物のお母さんじゃないけど、本当のお母さんみたいに、大好きなの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
でも、でもね。その全部が――
「あなたに会うための、布石でしかなかった」
瞳に溢れ出しそうなほど涙を溜めるミアは今にも嗚咽する寸前。
「あの事件も、焚書庫に行くことも全部、全部魔導を体内に貯めるため。私が仕組んだ、私を取り戻すための計画・・・・・・・・・・・・・・・ただ、ただあなたに会うための企み」
「じゃあ、俺をこんな姿にしたのも――」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう。あなたと愛し合うため。ただそれだけのために私はあなたに呪いをかけた」
ケイジの拳に力が入る。
「なんでだ・・・・・・・・・・・・なんで千年なんだ。なんであの時じゃ駄目だったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」
ガッシャーーーーン!!
テーブルは大きく宙を舞い、そのまま数回回転しながら部屋の彼方へと飛んでいった。
テーブルに置いてあったケイジのコップは遠心力で中身のコーヒーを辺りに撒き散らしながら壁に激突して粉々に砕ける。
ケイジは無言で立ち上がると扉に向かい、廊下に出ていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
うつむいたままのミアは未だ自身の手にあるコップの水面を覗き、瞳から涙が零れ落ちる。
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