6.ソロヴィイ共和国連邦

 学園の正門。


 門扉は閉じられているも、向う側に突っ立つ軍服姿の人らは皆一列に整然と並び、その顔は無表情に真一文字に口を結ぶ。


 そしてその反対。


 学園の敷地内では群がる生徒を遠ざけるために教師達が制止し、門扉の目の前に立つのはヴェルター学園長ただ一人。



「ご用件は何かな?」



 ゴゴゴ――ゴゴゴ――ゴゴゴ――



 石畳の道路を巨大な鉄の塊が引きずられ、一歩踏みしめる毎にその不快な音を鳴らす。


 そしてそれを引きずっているのは、魔女帽子を深々と被り、黒いローブを纏った小柄な女。


 身長から察して齢十歳程度と言っていい。


 しかしその手に持ち引きずる鉄塊のせいで子供とは断じることがどだい出来ない。


 少女は学園長の言葉に呼ばれたように門扉まで移動するとこう発した。



「リリーナ・ニコラエヴナ・カタリニコヴァの身柄を引き渡してもらう」



 その声変わりが出来ていない声でもって言うのは学園長が想定のできた言葉。



「そう言われてものぉ・・・・・・・・・」



 威圧的態度ではあったものの、それを学園長は物ともせずただ頭を掻くだけ。



「というより、ソロヴィイの人間がなぜディーチリントにおるんだ? しかも軍隊を率いてとなれば――」



「リリーナ・ニコラエヴナ・カタリニコヴァの身柄を引き渡せ」



「・・・・・・・・・・・・」



 どうやら学園長の話を端から聞く気はないようだ。


 飄々としていた学園長も口を閉じ、目を細める。



「ん?」



 両者無言が貫かれる中、学園長が異変に気づいた。


 そして自身の首元、うなじを擦る。



「ケイジく~ん」



 そう後ろを振り返りながら呟くと、丁度ケイジが生徒の波を越えて門扉に辿り着いた所だった。


 そして頭を門扉の先、幼女と言っても過言でない女にその身長の差を生かして侮蔑を孕んだ目で見下す。



「我が領地に不届き者を忍び込ませるとはお主ら、覚悟は出来ておろうな・・・・・・・・・・・・?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 ゴゴゴゴゴゴゴゴ――ガァン!!




 先に動いたのは幼女だった。


 その手に持つ鉄塊。正しくは巨大な剣だろうそれをそのか細く幼稚な腕でもって一気に振り上げて門扉を切り裂く。



 ドンッ!!



 そしてすかさず反対の手を前に突き出し、真紅に光り輝く球体を生成したかと思うとそれは学園長の目の前で爆発した。



「ヴェルター!」



「わしをその名で呼ぶのはお前さんぐらいじゃ」



 しかしその爆発は学園長の目の前でまるで地を這う様に分散し、学園の敷地手前で上へと伸びる。


 しかしその爆発の温度は凄まじく、周りの教師生徒が顔を覆う中、近づくケイジと学園長はそれを物ともしない、涼しい顔を保っていた。



「ケイジく~ん、わしの〝糸〟いつから塞いでたの?」



「・・・・・・・・・ああ」



 忘れていた。と言わんばかりのその返事に学園長は深いため息を吐いてうつむく。



「お前さんのせいでこの学園に不届き者が入り込んどるわ。どうしてくれる・・・・・・・・・」



「まあでも、場所は分かりますよね?」



 責任どうこうよりもまずその不届き者をどうするかに重きを置くケイジとのズレに学園長はため息を吐く。



「あー――お前さんは寮に潜んどる輩を始末しといてくれ。後、寮にいる全生徒を校庭に避難もしてくれ」



 学園長が話し終わるのと同時にその学園を守る魔導防壁、今爆発の炎を受け止めそれを這わせている壁がピキッと鳴った。



「おや………」



その異変に気付いた学園長は幼女のいた正面の魔導防壁にはっきりと亀裂が入るのを見た。



「早うせい! こやつ相当の手練れよ!」



語気を強める学園長にのんびりとしていられなくなったケイジはすぐさまその場を後にする。



「クックック…………久しぶりに血が騒ぐわい。ステフ! お主はミアを匿え! 他の者は生徒を連れて避難するんじゃ!」



学園長の大声は確かに聞き届き、ステフはすぐさまミアのいる寮に向かい、制止していた他の教師達は混乱の渦中にある生徒達の誘導に専念する。



「生徒はこっちに! 早く!!」



「危ないから早く逃げて! あっちに行くの!」



 混乱で言うことの聞かない生徒に魔導を使ってでも強制的にその場を離れさせようとする。



「学園長!」



「お主らは下がっておれ。あやつらは本気じゃぞ」



 一つ、亀裂が入ればその亀裂はたちまちに大きくなり、瓦解の示す通り蜘蛛の巣状に亀裂が広がっていき、とうとう砕ける。


 身構える学園長達の目の前に、炎がまるでその幼女を避けるようにぽっかりと道ができ、彼女は悠々と歩を進ませる。



「リリーナ・ニコラエヴナ・カタリニコヴァの身柄を引き渡してもらう」



「お主はそれしか言えんのか!」



 両手で囲い、紺碧の球体を生成し投げつける。


 幼女に当たるやいなや周囲諸共冷気が広がり、瞬時にして凍結する。


 そしてそれを見計らったように学園長と共闘するために集まった教師が一斉に懐からチョークを取り出し幼女の周りに計四人で大きな円を描き出す。



「超位魔導陣で行け!」



「!? しかし――」



「早うせい!! うんやあッ!!」



 大きく手を上から下に下げると冷気立ち込めるその幼女の周囲の空間が歪み、幼女を覆っていた冷気はたちまち地面に突っ伏す。



「こやつ、動きよる」



 冷気の払われた幼女は凍っているように見えた。


 しかし凍傷では済まないその温度と周囲すべての物質が押し潰される圧力の中、自立しあまつさえ前へ進もうとする。



「出来ます!」



 震える口から微かに火の粉が飛び出す。


 そしてその火の粉がパチパチと火花を散らし、それは一瞬で炎となり大爆発する。



「うわっ」



「危なかったのぉ・・・・・・・・・」



 しかしその炎は直前に完成した魔導陣によって遮られ、幼女の周囲をグルグルと回るしかない。




 パパパパパパパパパ!




「うっ・・・・・・・・・・・・」



 ホッとするのも束の間、校門の外から銃弾が連射され、それは一人の教師に命中する。



「ここはよい! 皆下がれ!」



 致命傷を免れた教師は他の教師の肩を使い、なんとか歩く。


 銃弾が飛び交い始めた学園。


 ダダッと切り裂かれた門扉を通って軍服姿の兵士が流れ込む。


 一斉に規律正しく銃口を校内に向け、移動する兵士を護衛するよう引き金を引き、移動の終わった兵士が次に移動する兵士の護衛に回る。



「お主ら・・・・・・・・・ここが由緒正しいグウェツェフト学園と知っておろうな・・・・・・・・・?」



 眼前を塞ぐのはヴェルター学園長。


 しかし後方で棒を持つ兵士はその棒を高く振り上げる。



「撃て!」



 振り下ろされると同時に学園長に向かって銃口から銃弾が発射される。


 引き金を引き続ける兵士達。だが、その銃弾は学園長に当たっているはずだった。



「豆鉄砲でわしが死ぬはずなかろう」



 しかし弾丸の軌道をよく見ると、学園長の眼前で静止している。



「・・・・・・・・・・・・・・・!?」



 兵士達は愕然とその光景を目の当たりにし、誰もが口を開けて知らぬ間に引いていた引き金を戻していた。



「覚悟せい!」



 その言葉と同時に静止していた弾丸は進行方向を逆にして速度そのままに兵士達に向かう。



「た、退避ーッ――うっ」



 陣形の崩れた部隊は自身の撃った弾丸の雨を掻い潜り、校門の奥へと逃げ帰るが、そのほとんどが地面に倒れた。




 開けた校門は道路を挟んだ向かいの建物まで見渡せた。


 しかしその見渡せる先の建物の前に長身な鉄の塊があった。



「なんじゃ!?」



 砲口を学園長に向けた榴弾砲は驚愕する彼には目もくれず兵士が紐を引っ張る。




 ドーーーン!




 吹き荒ぶ砲口は燃焼する火薬を撒き散らして目に追えぬ速さで学園長に弾着し、爆発と煙で彼を隠した。





 煙が辺りを多い、それが風によって流れ出す静寂。



「てぇいッ! なんちゅうもんを持ち込んどるんじゃ!」



 煙を払って飛び出る学園長は服にススが付く程度。


 塀から顔を覗かせ、観測していた兵士も目を大きく見開いて冷や汗を流す。



「ふざけた真似しおってッ」



 片手で真紅の球体を生成し、それを真っ直ぐ榴弾砲に飛ばす。



「うわあああああああああ!!」



 それを見るやいなや砲に付いていた兵士はすぐさま逃げ出し、球体が当たると榴弾砲は周りの砲弾共々大爆発を起こす。





 ガラガラと、向かいの建物が半壊する中、ぜえぜえと息を吐かせる学園長は深く深呼吸をする。



「これ以上は通さんぞ」



 ピキッ



 その微かな音に学園長は後ろを振り返る。



「いやぁ~――参ったの・・・・・・・・・・・・」






 校門の反対、校舎の立ち並ぶ建物の一つ。


 ステフが寮長を務める寮にケイジは駆け足で入る。



「先生! 何があったんですか? 外で大きな音が聞こえてるんですけど・・・・・・・・・」



「今ここに何人いる?」



「え――わ、分かりません。私と友達だけで五人はいます」



「ならその友達連れて監督室に籠れ。絶対にそこから動くな」



「えっ」



 引き止めたいその生徒を無視してケイジは寮の奥へと突き進む。



 いつもは騒がしい寮内。


 しかしほとんどの生徒が外に出ているからか、気味が悪いほどの静寂が辺りを包み、外の爆発音だけがガラス窓を振動させる。



「うまく隠れてやがる。さすが北の魔女だな・・・・・・・・・・・・――!」



 気配に気付き上を見上げると既に黒ずくめの人物がケイジに向かって飛びかかる。


 前転をして躱すケイジはそのままその襲撃者に向き直ると首が一気に圧迫される。



「残念だが、それは効かねえ」



 気道が潰れ、声を出せるはずがない。


 そう言いたげに目を見開く襲撃者だが、即座に足から冷気が床を伝い、それは霜となって一直線にケイジに向かい足から凍らせる。



「無駄だ」



 しかしそれすらも凍傷の一つ負わずスタスタと襲撃者まで歩くケイジは呆然としている襲撃者の首を鷲掴む。



「うっ」



「ソロヴィイは何考えてる?」



 唯一肌の見える目元をニヤリと半月状に歪めるとカチッと音が鳴り、襲撃者は白目を向いて全身を痙攣させ、黒いマスクに覆われた口元から泡を吹く。



「殊勝なこった」



 全身の力が抜け切った襲撃者をその場に置くとケイジは改めて辺りを見渡す。



「・・・・・・・・・・・・・・・まだ二、三人いるな」



 寮内に漂う微かな魔導の気配を感じ取るも、あまりにも微細故に正確には分かりかねる。



「早めに始末しないとな」



 監督室に籠っているだろう生徒達も心配なケイジは後ろを振り返り、彼らが安全であれと願う。






「はぁ――はぁ――はぁ――年寄りを労るというのも知らんのか・・・・・・・・・・・・」



 門扉を背後に、老人は手を膝について息を吐かせる。



「リリーナ・ニコラエヴナ・カタリニコヴァの身柄を引き渡してもらう」



 老人の向かい、超位魔導陣で封印したはずの幼女。


 しかし彼女は凛と自身が生み出した炎でドロドロに冷え固まった地面の中央で立ち、オウムの様にその言葉を繰り返す。



「やらんもんはやらん!」



 パスンッ



 老人の付近の石畳の地面に一瞬土埃が起こる。



「まったく――豆鉄砲で死なんと言うたじゃろ」



 スコープを覗く兵士は自身の弾丸が確実に頭部に当たったという自信があった。


 故にスコープから外し、裸眼で老人を見る。



「あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 しかしそれと同時に眼前に迫る火球が彼に覚悟をくれた。



 ドガーン! と背後の建物が盛大に爆発し、衝撃波が老人のボロボロになったローブをたなびかせる。


 いきなりだった。


 老人の息を吐かせぬ勢いでその四肢は巨剣を片手に猛進して老人の脇腹目掛けて薙ぎ払う。



「くぅ――古式対騎士術をこの時代で使うことになるとは・・・・・・・・・・・・」



 老人は両手でその巨剣を受け止めるも、それで精一杯だった。



「ふぅ――」



 幼女が息を吐く。


 その口から零れ出る火の粉はやがて火花となってパチパチと踊り出す。



「こりゃ――無理じゃのう」



 眼前を覆う爆発は一直線となり、学園長を襲った。





「はぁ――はぁ――はぁ――」



 膝を折り、うなだれる老人。


 その正面に立つは巨剣というには甚だしいほどの鉄塊を持つ幼女。


 既に座っているだけで精一杯の学園長に幼女は踵を返して学園内に向かう。


 それを合図に校門に入ることすらできなかった兵士達がぞろぞろと入ってくる。


 老人を避け、まるで存在すら忘れた様に見向きもしない。


 しかしその中で一人、老人に近づき様子を窺う者が現れる。


 その者はまさしく老人然とした、老いて皮と骨だけになった四肢を見て銃口を向ける。



「舐めるな、小僧」



 ギロ、と向いた目ん玉からはどだい何もできなくなった老人とは思えない殺意が彼の肢体を這わせた。



「おい」



 その声で我に返った兵士は未だ睨みつける老人に尻込みしながら、向かせた銃口を外して歩みを再開させた。

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