4.カタリニコヴァ

 数週間。


 各クラスに同じ実技を教え、その度に図書館に行ってはあの場所で本を読み耽る日々が続いた。



「上位魔導に於ける大量破壊の獲得・・・・・・・・・・・・くだらん」



 本棚から本を取ってはその物騒なタイトルを読んでまた戻す。


 砂の数ほどあるのではないかと思ってしまう本の数にケイジも少々ダレてきた。



「ふぅ・・・・・・・・・・・・・・・」



 ため息を一つ。


 そろそろ収穫が欲しいところなのだが、一向に何も出ない。


 チラリと横に目をやり、この焚書庫のどこにいようと感じる不快。


 一番の危険故に後回しにしようと思っていたあの本棚に向ける。



「こういうことはやっぱそこにしかないのかねぇ・・・・・・・・・」



 あまり近づきたくないのだが、ケイジの捜し物では最もありそうな所ではある。



「!? いつからここにいた?」



 禍々しい魔導を垂れ流す本棚の隅、ボーッと突っ立つ少女の姿。


 少女はその問に振り返るも何も言わずに再度その本棚を見る。



「ねぇ、ふんしょってどういう意味?」



「本を燃やすってことだ。それより嬢ちゃん、どうやってここに入ったんだ?」



「先生の真似して入ったの。ねぇ、ここにある本は燃やしちゃうの?」



「真似で入れるわけねぇだろ・・・・・・・・・・・・」



 自分の真似をしただけで入れるほど軟弱なセキュリティをしている訳ではない。


 故にそれを安々とこなしてしまうこの少女が異常というのをまざまざと見せつけられる。


 ケイジは少女にそれ以上行かないよう手で制すと前に出たその手をミアはぎゅっと握る。



「燃やされるべき本を燃やさずに取っとくのがこの書庫なんだ」



「なんで?」



「いくら危険極まりない本でも知識が入ってることに間違いはないからな。ほら、危ないから帰るんだ」



「ねぇ、あれって誰でも見えるの?」



 指差す先、先程から感じる不快の元凶。ゆらゆらと本から溢れ出し、ゆっくりと地面に流れ落ちる。



「見える人と見えない人といる。学園長あたりは見えるだろうが、ステフは見えないだろうな」



「先生が探してる本はあそこにあるの?」



「それを調べるために来たんだ。ほら、危ないから」



 掴んだ手を動かして引っ張ろうとするもミアは頑なに動かない。



「私も見る」



「ダメだ」



 頑として言うことを聞かない。ケイジは遂にミアをひょいっと担ぎ上げた。



「あ! ちょっと降ろして!」



 ジタバタとポカポカとケイジを叩くもまったくダメージは入らない。



「学園長に言うよ!」



 しかしその言葉にはダメージが入った。


 ピタリと歩みを止めて無言のままゆっくりとミアを降ろす。



「チクショウ、裏目に出たな」



 にんまりとケイジに笑みを浮かべるミアをなんとも悪い顔をしていると、そう内心思ってため息を吐く。



「俺の後ろにいろ。絶対に離れるな」



「うん!」



 反転して再度本棚に向かい、ゆっくりと流れ落ちるその魔導の前で足を止める。



「そこで待ってろ。取ってくる」



 掴んだズボンは更に力が入るも、頷き、歩きだすと離したくない気持ちを抑えてズボンを離す。




 一歩、その魔導が溜まる不快に足を踏み入れる。



「あまり刺激しないほうがいいな」



 毒ガスはこんな感じなのだろうか。得も言われぬ、例えようのないねっとりと肌に染み付くその不快に本能のレベルで危ないと告げる。



「さっさと取りに行かなきゃいけないが――どれだ・・・・・・・・・?」



 そう、この魔導の淀みに長居は禁物。しかしどれがお目当ての本かは背表紙のタイトル程度では判別が難しい。



「チクショウ・・・・・・・・・・・・」



 肌に染み付く感覚はやがて浸透していく感覚に変わり、全身にその不快が回る感覚に襲われる。



「変な気を起こすんじゃないぞ・・・・・・・・・嬢ちゃんいるんだから――!?」



 一つ、気になるタイトルがあった。


『神の御業』


 あまりに胡散臭いタイトル。しかしこの場にあることを考えればそうではなくなる。


 ケイジは決めた。


 右手でその本に指をかける。



「・・・・・・・・・・・・・・・大丈夫か・・・・・・・・・?」



 触れた瞬間、まるで液体に手を突っ込んでいる感触に襲われ、その液体は先の魔導の淀みの何倍もの速度で皮膚を這い、染み込もうとする。



「ッ・・・・・・・・・・・・」



 引き抜くにも何が起こるか分からない。そんな不安を抱えつつもその不快さとは裏腹にスッと本棚から本は取れた。



「大丈夫だな」



 本を手に取り、何も起こらないことを確認する。


 すぐさま、急ぎたい欲を抑えてゆっくりと何も起こらないことを祈ってその場から離れる。



「大丈夫?」



「ああ」



 傍で見ていたミアからも不安が漏れるが淀みから抜けたケイジはスタスタと中央に設けられたテーブルに涼しい顔をして向かう。



「これ、どういう本?」



「魔導書だ。魔導で作られた本。中々見ることはできないし、そもそも読まないほうがいいやつだ」



 椅子に座るケイジの隣でミアも椅子に座り、ケイジの開く本に前のめりで覗く。



「封印されてるな。それも強力なやつだ。後ろに回れ」



 すかさず椅子から降りてケイジの背中越しに覗く。


 インク瓶を取り出し、ものの数秒で本の表紙に魔導陣を描くと激しい点滅を二、三回。



「気をつけろ」



 プツン、という音を合図にケイジはページをめくる。



「だいぶ溜まってたようだな」



 モワァと魔導の淀みが長年積もった埃の様に広がり、机を這って地面に流れ、消滅する。



「気持ち悪い・・・・・・・・・・・・」



 初めて見るその光景にミアはケイジの背中を盾に屈み、這ってくる淀みに慌てて足を上げる。



「よし、読めるぞ」



 その言葉を待ってましたとすぐに椅子に座ってその本にかじりつく。



「神の御業・・・・・・・・・・・・」



 ページを開いて最初。そう一言書かれた文字を見てページをめくる。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょう自然? である神はわれらをつくった・・・・・・・・・・・・」



 食い入るミアは一つ一つ、文章の切れ端を拙く読む。



「なのになぜわれらを超自然ではないとだんじるのだろう――あっ」



 しかしケイジはまだミアが数行しか読んでないにも関わらずページをめくる。



「ただの前置きだ。読まなくていい」



 それにミアは頬をぷくりと膨らませる。



「神の御業。何者にも出来ぬ物の例えだが、私はそれを否定する。なぜならば我らは神であり神は我らだからだ。そしてこの書物より我ら人間が、神の御業を普遍とする」



 まだ前置きだったか。と長ったらしい文章に辟易としつつページをめくる。



「これなに?」



 顔を近づけるミアを引き離して言われたページを見る。



「これ」



 人体を模した図だ。


 その隣に書かれている文言を読み進める。



「・・・・・・・・・・・・・・・人体創造・・・・・・・・・」



 如何にもそれらしいものだ。



「有史以来の叡智と、超位魔導をも容易く操れる肉体を兼ね備えた万能の人体。それはもう神と言っていい。それを創り出す業をここに書す」



 文章を目で追っていく中、ケイジの目の色が変わる。



「――これらすべてが適切に行われれば新たな人体が創造される。そしてその人体は無尽蔵に魔導を保持、初期の頃は無知だが知識の吸収、応用は常人のそれとは一線を画す・・・・・・・・・」



 その内容にケイジは隣で食い入るミアを横目で見る。



「それでこれなに?」



「戯言だ」



「えー!」



 すぐにページをめくり、話を止める。



「ねえ、本当はなんて書いてあったの?」



「言っても分からんだろ」



「えー」



 子供の駄々を諭すのはとてもじゃないが面倒臭い。


 故にケイジはこう行動する。



「今日はここで終いだ」



「えー!」



 パタンと、本を閉じて席を立つ。


 ケイジとしてももっと読みたかったのだが、それよりもこうも集中できなければ本末転倒だ。



「嬢ちゃん、ステフが探してるだろ? あんま心配かけるな」



「・・・・・・・・・」



 それにミアは黙ったままうつむく。



「さ、行くぞ」



 ミアは渋々、といった感じでうつむいたままケイジの後を付いて行った。




 その後、というよりはいつものようにステフは慌てふためいてミアを見つけ、ケイジは生徒に文句を言われた。


 この数週間、このサイクルが日課となりつつある。



「そろそろ収穫が欲しいな」



 しかしケイジとしては日課などにしたくはない。


 彼の目的は未だ欠片として掴んではいなかった。


 授業が終わり、夕食を食べ、監督室でステフを先生に礼儀作法を学び床に就く。


 明日はあのクラスの実技を担当する番。


 ケイジにとっては一番面倒なクラスではあるが、一番面白いクラスでもある。






 数週間ぶり、二度目の実技。


 ケイジは生徒が集まりきったであろう時間を見計らっていつもの場所に行くと目を丸くした。



「クソッ、全然うまくいかねぇ・・・・・・・・・」



「もう少し石に集中なされては?」



「うるせぇ! てめーだってできてねぇだろ!」



「でしたら邪魔なさらないでもらえます?」



「んだとぉ!?」



 クラスの全員、木の棒に向かって自主的に前回の実技をやっていた。



「お前達のクラスが一番こういうのとは無縁だと思ってたんだがな」



「あら、そんな風に見てましたの? これでもこのクラスは成績上位者が多いのですよ」



 リシェンヌは鼻高々と胸を張るが、ケイジの見る限り木の棒に石を乗せている生徒はいない。



「実はルーファスが一人でやり始めちゃったから貴族が対抗心燃やしたんだよね。それで――」



「お黙り!」



 どうやらエドモンドはお喋りなようだ。


 リシェンヌに怒られたかと思うと今度はルーファスからも「余計なこと言うな!」と怒られる。



「ところで、あの子はどうした・・・・・・・・・えーっと、ソロヴィイの――」



「リリーナ様でしたら今日は一日授業に出ていません」



 すかさず出てきたのはリシェンヌの取り巻きであるイルメラ。



「珍しいな。授業サボるような奴じゃないと思ってたが」



「少しお見受けしたのですが、かなり落胆されていました」



「ふーん」



 どうやらいつもの様子ではないらしい。



「確かステフと親しかったよな――ちょっとあいつ連れてくる」



 ボソッと頭の隅にあった情報を呟き、その場を後にしようとする。



「おい! なんであいつばっか気にかけるんだよ!」



「なんだ、気にしてほしいのか?」



 その返しに貴族の生徒からクスクスと聞こえだす。



「ッ――うるせぇ!! んなわけねぇだろ!」



 ガシガシと踏みしめる足に力を入れてルーファスは木の棒に向かう。



「わたくしとしてもリリーナさんが少し気がかりなの。最近ソロヴィイもいい噂を聞かないので」



「なんだ、友達だったか?」



 それにリシェンヌは「ふふっ」と口を手で抑えて笑う。



「彼女も貴族よ。わたくしは礼節のある御方なら毛嫌いする理由はないわ。あなたも第一印象は最悪でしたし、今も礼節があるかと言えば酷いものですが――それよりも下がいるとね・・・・・・・・・」



 そう言葉に余韻を残してジトッとした目でルーファスを見る。



「なるほどな」



「それではお早めにお戻りになってください。またどこかほっつき歩かないよう」



 最後の言葉に語気を強めて釘を刺す。


 しかしケイジはそれに見向きもしないように手を挙げるだけでその場を後にする。






 ガチャ。



「先生!」



 監督室、もとい自身の自室に入って最初の一声はミアだった。


 自室にはミアとステフ。


 どうやら今日は監督室で大人しくしているようだ。



「あ! ケイジさん! また授業飛び出してきましたね」



 テーブルの奥、書類の詰まった本棚の隣のソファ、一瞬存在を認識するのが遅れるほど何一つピクリともせず、横たわるリリーナ。



「リリーナを連れてきた」



「待ってケイジさん・・・・・・・・・」



 ステフが止めるのも無理はない。


 死体の様に動かず、魂が抜けた様に感情を失くしたリリーナはケイジからでも異常であることは分かる。



「何があった?」



 リリーナを一瞥して椅子に座り、ステフに問う。



「その・・・・・・・・・ちょっとご家族の事で、いろいろとね」



「他の貴族からソロヴィイに悪い噂が流れてると聞いた」



「それと関係があるかは分からないけど、今のリリーナさんに授業を受けるほどの気力はないわ」



 ケイジの予想を越えていた。


 確かに一抹の不安はあったが、ここまで彼女に精神的ダメージを与えているとは思わなかった。


 ケイジは椅子から体を回してリリーナを見る。



「何があった?」



 それに反応したようで、リリーナは横たわるソファに置いてある紙を取り、ただ腕を伸ばすだけではあったが差し出す。


 差し出された紙は手紙だった。


 二つ折りにされたそれを開けて文章を目で追う。



「私・・・・・・・・・養子なの」



 文章の内容は勘当だった。


 そしてリリーナが言うように、養子故に貴族としての立場が悪いから勘当するという一方的なもの。



「本当の親は知らないわ・・・・・・・・・だけど――そんな私を貴族が拾ってくれたの」



 そして最後の一文には「お前を養子にするんじゃなかった」とまで書いてある。



「本当の娘の様に育ててくれたわ・・・・・・・・・・・・礼儀も、態度も、貴族に相応しいよう学ばせてくれたわ」



 リリーナの瞳は潤み、流れ出る涙はそのままソファの布に染みる。



「だけど――だけどそんなの全部嘘だった!!」



 その大きな声は部屋中に響き、ミアが肩をビクリと震わせるほどだった。


 側にいたステフは涙に震える肩に手を添えて撫でる。



「魔導も教えてくれた・・・・・・・・・・・・学校も行かせてくれた・・・・・・・・・・・・一緒に遊んでくれた・・・・・・・・・」



 肩を震わせ、嗚咽するリリーナにステフは背中を撫でることしかできず、ミアもケイジのために用意したティーカップと紅茶を無言でテーブルに並べるしかなかった。


 そしてケイジは、手紙を凝視して何かをしていた。



「良い親だな」



「何がッ――」



 逆上して当然の物言いだが、顔を上げたリリーナに手紙が覆う。


 ピタリと涙が止まり、無意識に手紙を手に持ち、そこに書いてあるリリーナの知らない言葉に今までの感情は霧散した。



「私、家に帰るわ」



「駄目だ」



「こんな事まで書いてくれたのよ! 黙って見過ごせるわけないでしょ!?」



「俺が行く」



 その発言にリリーナもステフも意味が飲み込めない。



「ケイジさん、あなたが行ったところでリリーナさんの使いだとはこの状況では思われませんよ」



「それに例え私の使いだと分かってもあなたが無事帰って来れるかも分からないのよ! 私の父と母は聡明よ。魔導を使ってまで本音を隠してるの。ただ事じゃないのはすぐ分かるわ」



「カタリニコヴァってゴルルゴートの隣の土地治めてるんだろ? だったら俺の庭同然だ。伝手もあるから大丈夫だ。それに、その聡明な親がわざわざ隠してまで手紙に残したかったんだ。親孝行してやれ」



 ケイジはカーテンの仕切られた仮眠室、もとい寝室でゴソゴソとステフとリリーナの言い分を跳ね返し、バサッと開くと学校に就職する前のそのみすぼらしい服装に戻っていた。



「ステフ、学園長に長期休暇もらうって言っといてくれ」



「え? ちょっと――」



 半ば強引に押し切った形でケイジは扉を足早に開けて行った。



「・・・・・・・・・・・・もうっ! いきなりなんですかあの張り切りようは! というか授業またサボってるー!!」



 頭を抱えて悶えるステフと、いってらっしゃいと手を振るミア。


 そして反論はまだ終わってないと言いたげなリリーナは言えぬ相手に辟易としつつ手に持つ手紙を再度見る。


 文中の所々の文字が赤く光り、その文字を繋げてリリーナは読む。



「愛してる・・・・・・・・・・・・」

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