第一章 6 『カナ、尻を叩く』


☆お知らせ☆

次話→8/23更新予定です。

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カランコロン



 飛鳥が走り去っていってから5分くらい後のこと、再び喫茶店『ビーバーの巣』の扉が開く音がした。

 そこに入ってきたのは、スラっとした細身ながらもしっかりとした体型の爽やかな青年だ。いかにもできる男風に髪型をビシッと決め、手にはサンドイッチの箱を持っている。


「おや、頼くんいらっしゃい。」


「鳥羽さん、こんにちは!飛鳥は?」


「もう帰っちゃったわよ、おバカ。来る途中ですれ違わなかったの?」


 頼と呼ばれた青年を、来て早々馬鹿扱いするのはカナだ。カナは飛鳥が帰ってしまった後、おかわりのコーヒーをとりにカウンターの方へと出てきていた。


「えっ!?早くない!?俺、飛鳥が前に食べたいって言ってた駅前のサンドイッチを差し入れに買ってきたのに!」


「あー……ご愁傷様。」


 頼はがっくりと肩を落としながら、いつもの個室へ向かい始める。その後ろから、ポンポンと背中を叩きつつ慰めているカナも一緒に個室へと向かう。この光景を鳥羽は何度見た事だろうか。


「カナからメール来て、すぐ支度して、すぐサンドイッチ買いに行ったんだけど、やっぱり並んでてさぁ。でも、どうしても飛鳥に食べさせてやりたかったんだよ…」


 机に項垂れながらぶつぶつと語り始める頼。頼は小さい頃のある出来事が原因で、飛鳥にはなにかと世話を焼きたがる傾向にある。しかし、その世話焼きが上手くいった試しはなかなかないのも事実であった。


「そんなもん後で一緒に買いに行けばデートの口実になんのに。頭いいんだか悪いんだか…」


「はっ!?その手があったか!?」


「やっぱり頭悪かったわ。」


「まぁまぁ、明日香。頼くんいじめはその辺にしてあげて。はい、頼くん。いつもの。」


「鳥羽さんだけだよ。俺のことをそうやって慰めてくれるのは…」


 そういって、運ばれてきたレモンバームティーを一口飲む。頼もここにくるときは、必ず決まって飲むものがあり、それがレモンバームティーだ。レモンバームティーを飲んで、気持ちを落ち着かせているである。


 頼と飛鳥、両方の気持ちを知りながら応援してきた金棒夫婦。早くくっつけばいいのにと思わなくもないが、飛鳥本人が気持ちに蓋をしてしまったので、どうしようもなくなってしまった。頼が動くしか道はないのだ。




「で、今日呼んだのは、飛鳥に会わせるのとは別に話があるからなんだけど。」


 鳥羽が去ったのを見計らって、カナが本題に入る。頼は、真剣なカナの表情に、何かまた悪い話を聞かされるんじゃないかと身構える。


「なんだよ、いい話であってくれ。」


「いい話と悪い話どっちから聞きたい?」


「えっ、じゃ、じゃあいい話から。」


「飛鳥が一時婚活をやめました。」


「おぉ!」


 頼は心底嬉しそうな顔をしてガッツポーズをする。飛鳥が婚活を始めると聞いたとき、この世の終わりのような顔をしていた頼からしてみたら、この知らせはかなりいい話だったのだろう。


「次、悪い話。飛鳥がまた新しい乙女ゲーを始めました。」


「…………まじ?」


「まじ。勧めたのは私。」


「おまっ!なんてことをしてくれたんだ!!」


 頼がこんな反応を示すのも無理はない。飛鳥が乙女ゲーにハマるとろくなことにならない。


 まず、ハマりすぎると自分のことをおろそかにし始める。ゲームの世界にどっぷりと浸かり、ご飯はろくに食べない、ゴミもたまりまくりで掃除はしない、などなど頼からしてみると心配になることばかりなのである。

 前に一度、ゲームの推しが死んでしまったときには、そのまま倒れて栄養失調で入院をかましたことがあるくらいだ。そのことがあって以来、栄養を摂ることには気を付けているらしいが、それでも油断ならない状況になることを頼は知っている。


 次に、飛鳥は推しができると、推しの魅力を誰かに伝えたくなるらしい。そうなってくると、当然聞かされるのは親友であるカナと頼の2人になってくる。カナはまだいい。頼にいたってはこれが結構堪えるものだった。

 好きな相手から、別の男の話を延々と何時間も語られるのだ。しかし、飛鳥と過ごせる時間は大事にしたいし、飛鳥の好きなものは自分も知りたいと思ってしまうのが頼。そういうわけで、頼は記憶力がいいこともあり、飛鳥の推しは全て詳細なプロフィールまで覚えているし、なんなら飛鳥のときめいたセリフもそらで言える。


 カナからしてみると、頼の努力の方向性は間違っていると思うのだが、頼はそれがいつか飛鳥との薔薇色の日々に繋がると信じている。なにより、「推しのことを語る時の飛鳥は、キラキラしていてかわいい」だそうで。


しかし、いくら素敵でも、やはり他の男の話をされるのは気分的によくないわけで。今回乙女ゲーを始めたということは、またしても飛鳥には推しができてしまうだろう。そして、毎回恒例の推しプレゼン大会が開かれてしまう。それらが頼がカナのことを責めた理由だった。



「ちょっと、あんたなんか勘違いしてない?」


「なにをだよ。」


「私は、確かにあんたに協力するけど、一番の優先事項は飛鳥の幸せなんだからね。あんたが飛鳥にふさわしくない男になりさがるんだったら、簡単にあんたのことなんて切るからね。」


「最近の飛鳥は見てられないよ。うじうじが止まらなくなるんだもん。気分転換に話題の乙女ゲーでもやれば、理想の相手のことなんかすぐ忘れられるかなと思って勧めたの!」


「乙女ゲーの推しに取られるのが嫌なら、もっと頑張りなさいよね!!!」


 カナに一気にまくしたてられ、頼は小さくなってしまう。こんなことを言っているが、カナは頼にだって幸せになってほしいのだ。しかし、この男ときたら尻を叩いてやらないとなかなか行動しないものだから、カナは今回賭けにでたのだ。


「飛鳥、さっき来た時にこう言ってたよ。ソウの笑顔が忘れられないって。もうすでにハマりかけてる。それに、なんかうまく言えないけど、いつもとは違う雰囲気があった。………あれは恋する乙女の顔だった。」


(……そう、まるで頼のことを話しているときと同じ。)


「………………」


 頼も推したちの話を今まで聞いていられたのは、飛鳥が本気ではないと分かっていたからだ。しかし、今回のはどうだ。カナがそこまで言うなんて、よっぽど飛鳥は本気になりつつあるんじゃないだろうか。


「もっとちゃんと飛鳥にアプローチしてよね。飛鳥を二次元にとられないで。」


「……わかった。」


ね……。俺、どうしたらいいんだろうなぁ……。いい加減腹決めて動かないとだよな。)


 ぶつぶつとつぶやきながら、頼は『ビーバーの巣』を後にする。カナはその後ろ姿を見ながら少しやりすぎたかな?と思わなくもなかったが、後悔はしていない。

 全ては愛しい2人の親友のため。それがどういう結果に結びつくのか。まだ誰も知らない。



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