第一章 5 『一旦休憩、ログアウト』


☆お知らせ☆

次話→8/16に公開予定です。

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「私、確かにゲームの中で寝たはずなんだけど、なんで勝手にログアウトしてんだろ…。」


 目覚めた飛鳥は勝手にログアウトしていた。起きたら現実の自分の部屋の中だったのだ。時間は午前7時。昨日寝たのが10時だったはずだから、そこそこ寝ていたらしい。


「今日はなにもすることなかったから、ゲームにどっぷり浸かろうと思ってたけど、ログアウトしちゃったしなー。ちょうどいいし、一回休憩するかー。」


 色々と身支度を済ませ、親友のカナに連絡を入れる。

 カナは飛鳥と同い年であるが既婚者であり、子持ちでもある。2児の母であり、上の子供はすでに小学校3年生。下の子供も小学校に今年入学し、日中は暇しているのでよく飛鳥と遊んでいる。

 

 仕事をしていないのかといわれれば、そういうわけでもない。カナの旦那さんは、喫茶店『ビーバーの巣』のオーナーで、カナも人手が足りないときはそこの手伝いをしているのだ。

 その『ビーバーの巣』は、飛鳥、カナそして頼の集合場所であった。元々カナがそこでバイトを始めたことをきっかけに、残りの2人が居着いた感じだ。


 オーナーであり、カナの旦那でもある金棒鳥羽かなぼうとわは、飛鳥たちの10歳年上の落ち着いた人物である。

 ちなみに店の名前でもある『ビーバーの巣』というのは、誰でも落ち着けてひっそりと過ごせる空間を作りたくて名づけたらしい。そして、その名前の通り、この喫茶店は大通りからすこしはずれているせいか、人でにぎわうということは滅多になく、常日頃から閑散としている。



「あ、よかった。今日もカナ暇してるみたい。ビーバーいこーっと。」


 飛鳥はカナから了解がきたことを確認し、さっそくビーバーの巣へと向かう。時間は8時。飛鳥の家からビーバーの巣までは、歩いて15分くらい。何故ビーバーの巣に向かうのかといえば、ビーバーの巣の2階にカナの家があるのだ。つまり自宅兼お店、というわけだ。


 飛鳥は、カナにゲームで起きたことを早く報告したくなり、自然とその向かう足も速くなるのであった。



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カランコロン



 ビーバーの巣の扉を開けると、昔ながらのカウベルの音が響く。すると、バーカウンターにいる人物がこちらに振り返った。


「あぁ、飛鳥ちゃんいらっしゃい。明日香ならいつもの席にいるよ。」


「鳥羽さんおはよう!相変わらずイケメンだねぇ。」


「ふふっ、褒めても何も出ませんよ。飲み物はいつものでいいですか?」


「うん、お願いしますっ」


 鳥羽と呼ばれたその人は、まっ黒な髪の毛を後ろでお団子にまとめており、黒縁メガネをかけている。なお、カナに定期的に剃ってと言われているため、ヒゲは伸ばしていない。

 いつもの席というのは、店の1番奥の個室である。この喫茶店は、オープンスペースといくつかの個室によって構成されている。飛鳥たちがこの店で集まるときは、いつも1番奥の個室を利用していた。


「おはよー、カナ!」


「おー、おはよー。今日も朝から元気なことで。ふぁーあ。」


 カナは挨拶もそこそこにあくびをした。朝は苦手なのだが、鳥羽が朝早くから喫茶店を開けるので、それに付き合って早起きしているのだ。

 鳥羽としては、別に寝てくれていても全く構わないのだが、カナ曰く「どうせ子供たちを学校に送り出さないとだしね」とのこと。しかし実際のところは、少しでも鳥羽と一緒にいたいからという理由でカナは頑張っている。


「カナも朝弱いのによく頑張ってるよね。」


「まぁね。大好きだからね。」


 そういってバーカウンターの方を眺める。ここから鳥羽を眺めるのがカナの日課であった。


「はー、いいなぁ!私もそうやって大好きって言える人に出会いたい!!」


「だから、頼がいるじゃん。」


「あー、ほら、あいつは好きな人がいるし、さ…」


「まーたうじうじが始まっちゃったよ…。んで?今日は何を話しに来た?例のゲームの話か?」


「そうなの!すごいんだよ!」


「なにがそんなにすごいんですか?」


 飛鳥が勢いよく立ち上がって、ゲームのすごさを語ろうとしたところに、頼んでいた飲み物を持って、鳥羽が入ってきた。飛鳥は少し恥ずかしくなり、ストンと座りなおす。


「はい、いつものオレンジジュース。明日香には、ホットコーヒーね。」


「「ありがとー」」


 カナは猫舌の癖して、いつもホットコーヒーを頼む。そして、飛鳥のいつものはオレンジジュースである。ここのオレンジジュースは、鳥羽のこだわりで搾りたてのものがでてくる。それを1度飲んで以来、すっかり虜になってしまったというわけだ。


「んー!やっぱりここのオレンジジュースが1番おいしい!」


「ふふっ、ありがとうございます。私もおいしそうな飛鳥ちゃんの顔見てると作り甲斐があります。」


「ほらほら、鳥羽さん!内緒のお話するんだから!戻って戻って!」


「はいはい、ごゆっくりどうぞ。」


 カナにせかされて鳥羽が去ったのを確認して、再びゲームの話に戻る。


 飛鳥はカナに、ゲーム内の世界がリアルすぎること、攻略データが2つあったこと、そしてそのうちの1つで出会ったソウのことを話した。

 興奮している飛鳥はとても早口だ。身振り手振りも激しい。その情報量の多さは、飛鳥のハマり具合を表しているだろう。


 カナは途中でツッコみたいところはたくさんあったが、飛鳥の勢いに圧され口を挟むことが許されなかった。飛鳥が一息ついたところで、ようやく口を開く。


「んで?なんで2つもデータあんの?1つって話じゃなかったっけ?壊れてんじゃないの?やり直そうとは思わなかったわけ?」


「いや、だって、なんていうかお得じゃない?一度で二度楽しめる的な?」


「ごめん、言ってることがよく理解できない。」


「まぁ、でもほら!せっかく普通にできるみたいだし、所詮はゲームだし!このままやっていくのも悪くないかなって!」


「ふーん。飛鳥がそれでいいならいいんだけど。んで?ソウってやつはいい感じなわけ?」


「うーん、なんていうか、お調子者?」


「え、それって駄目なやつでは?」


「あとは、頼りになる…かな?」


「疑問形…。大丈夫なのそれ。」


「でも!……でも、さ…私、ソウの笑顔が忘れられないんだ…。ずーっと頭に残ってるの…」


 実際飛鳥は、何度か笑いかけてくれたソウの顔が忘れられずにいた。こんなことは、頼以外では初めてのことだった。


「へー、とりあえず悪くない感じなのね。」


「そうなんです。」



ピロンッ


 突然、飛鳥の携帯から音が鳴る。見てみると、見覚えのないアプリの通知が入っている。


「なんだっけ、これ。」


 そのハートマークのアイコンをタップして開いてみると、それは『True Daling』のアプリであることが分かった。そういえば、専用のアプリがあるとか言っていたような気がするが、いつの間にインストールしたのだろうか。飛鳥にはすっかりと覚えがない。

 そして、チャットのようなトーク画面がでてきて、そこにはソウからのメッセージが入っていた。


『いつまで寝てるつもりだー?続きの説明すんだから、早く起きて来いよー。それとも、俺が部屋に起こしに行ってやった方がいいか?』


「?!?!カナ!!ソウに呼ばれてる!私行かなくちゃ!!」


「え、なに?どういうこと?」


 サッと携帯画面をカナに見せると、飛鳥はいそいそと帰り支度を始める。カナはソウからのメッセージを読み、なにもそんなに焦らなくてもと飛鳥を引き留めようとした。しかし、飛鳥は止まらない。


「じゃあね!またなんかあったら連絡する!鳥羽さん、ごちそうさまでした!またきまーす!」


「はい、ありがとうございました。」


 時間は9時半。相変わらず飛鳥との時間はあっという間に過ぎていく。


 台風のように去っていく親友を呆然と見送ることしかできなかったカナは、机の上にある冷めたコーヒーを一口飲むのであった。


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