第一章 2 『その男、ソウ』
☆お知らせ☆
次話→7/26公開予定です。
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扉を潜り抜ける際に飛鳥の目の片隅にウィンドウが映り込む。
【 ▼異世界編 Stage1 START 】
(うわ、Stage1とか書いてある!ということは、いくつかStageがあるわけだ。なるほど。)
再びまばゆい光に包まれ、そのまぶしさに思わず目を閉じる。吸い込まれるような感覚があり、そしてーーーーーーー
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「……んっ、ここは……?」
飛鳥が目を開けると、そこは草原のような開けた場所だった。周りには草木しか見えないが、遠い向こうに町のような建物が見える。ここから歩くとなるとかなりかかりそうだ。
「服は元のまんまなのね。世界観に合わせたやつに変わるのかと思ってたのに。まぁ、異世界編ってことは、きっと『ときクエ』みたいに冒険ものになるのかな?…ってことは、ロイみたいな人がでてくるかもしれないってこと?うわー、気になるー!」
『ときクエ』とは、『ときめきクエスト』というときめきシリーズの第3作目である乙女ゲームだ。このゲームは某なんちゃらクエストのように、主人公が女勇者となり、パーティーと旅をしながら愛を育んでいくものとなっている。
その攻略キャラの一人であるロイは、飛鳥の推しのうちの1人である。不器用な俺様剣士、それがロイのキャッチコピーだった。
「っていうか、待って!?草の匂いとか感触とかわかる!!すごい!!なにこれ!!噂通りじゃん!!テンション上がる!!」
近くに生えていた花を摘み、匂いを嗅いでみる。なんの花かわからないが、とてもフローラルな香りがする。どうやら現実と変わらず五感が使えるというのは本当のようだ。
その花を持ったまま、飛鳥は気分良く歩き始めた。本当にリアルなゲームの世界に、期待も膨らむというものだ。とりあえず、何をすればいいのかわからなかったので、遠くに見える町へと行ってみることにした。
「それにしてもなーんにもないところだなぁ。こういうところだと、弱いモンスターに遭遇したりするもんじゃないの?」
口ではこんなことを言っていても、さすがに装備もなにもないこの状況で、モンスターと会っても勝てるわけもない。会わないに越したことはないのだが、あまりの人気の無さについそんなことを思ってしまうのだ。
いや、そもそもモンスターがいるかどうかすら今の時点ではわからない。あまりにも情報がない。親切じゃないにも程がある。飛鳥はたちまち不安になってきた。
「はぁ…もう誰でもいいからでてきてよぉぉぉ!!!!」
ドドドドドド
飛鳥が叫んだ瞬間、後方からものすごい地鳴りが聴こえてくる。
「え?なに?なにこの音?」
ドドドドドドドドドドドドド
「ちょっと待って!?あれなに!?でかすぎない!?」
音のする方を振り返ると、イノシシのような生き物がすごい勢いで飛鳥めがけて走ってくる。イノシシのような生き物であるが、遠目から見ても明らかに自分よりもはるかに大きい。フゴフゴ言いながら、牙をぶんぶん振り回して走ってくる様は、どう考えても好意的なそれではない。
「と、とりあえず逃げるしか…いや、これ逃げるの無理では…?でも、逃げなきゃ死んじゃうっ…!」
死の恐怖を感じ、町に向かって全力で走る。手に握られた花は、もうくしゃくしゃに折れてしまった。そうこうしている間にも、イノシシのような生き物がどんどん迫ってきているのを背中から感じられる。
「いきなり詰みすぎだよおおおおお!!!だれかあああああ!!!助けてえええええ!!!!」
もうダメだと目を強くつぶったその時、
「助けが必要か?お嬢さんっ!」
ザンッ!!!!!
「えっ?」
大きな音がして目を開けると、そこには首から先がなくなった先ほどのイノシシのような生き物と、太陽のようなオレンジの髪色の人物がその背丈ほどある大剣を担いで立っていた。
「大丈夫か?立てるか?」
飛鳥はこくこくと首を振り、差し出された手を取りなんとか立ち上がる。
「あ、ありがとう、ございます…」
「あぶねぇとこだったなぁ。あいつはエルダーボアだな。普段はああやって暴走することはないんだが……あぁ、それが原因だな。」
そういって、男が指さしたのは飛鳥が握りしめていた花だった。
「その花はエルダーボアが大事に育ててたものだったんだろうな。エルダーボアは本来優しいモンスターなんだよ。草花を愛でて暮らしてるんだが、その大事な花を盗られて怒ったってわけだ。」
「そんなっ。私全然そんなこと知らなくてっ…」
「そりゃ災難だったなぁ。まぁ、俺が間に合ってよかったよかった!」
男は豪快に笑う。ネオウルフの髪型に、身長は180センチくらいと高めなその人は、いかにも戦士という格好をしていた。
気持ちが落ち着くにつれて、飛鳥は何が起きたのかをやっと理解してきた。今もなお血が流れ続けているエルダーボアと呼ばれるモンスターの切り口に背筋が凍る。一歩間違えれば、こいつに殺されていたかもしれないのだ。
例えゲームの中だとしても、こんなに現実に近い感覚なのだ。殺されてしまったら、心がどうなってしまうか想像もできない。
(………こわい。)
ここにきて飛鳥は初めて恐怖を感じてしまった。途端に体中ががくがく震えてしまって自分では止められない。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう…)
こんな右も左もわからない状況は初めてだった。乙女ゲーとは、かくもこわいものだっただろうか。飛鳥の知る乙女ゲーは、どれも始めからやることが決まっていて必ず幸せになれる。それなのに、これはどうだ。いきなり命の危機があったのだ。これからそういう世界で過ごさなくてはならないのだ。
(ムリムリムリムリムリムリムリムリ…)
パチンッ!!
「いった!!……え?」
不安で押しつぶされそうな飛鳥の両頬を突然痛みが襲った。目の前にいた男が、両手で飛鳥の顔をパチンと挟んできたのである。
「俺を見ろ!大丈夫だ!お前には俺がいるだろ。」
その金色に輝く自信に満ちた目で、飛鳥をまっすぐ見つめながら男は言う。そこで飛鳥は、驚きながらもあることに気づく。
(!?これは、『ときクエ』のロイの名ゼリフ!?何回も聞いたから間違えるはずがない!!……じゃなくて、何事!?)
「お嬢さん、顔が真っ青だったぞ。怖かったよな。いきなりこんなのに襲われたら無理もねぇ。だけどな、俺がついてる!だから心配すんな!」
(……あ、いつの間にか震えが止まってる。私を安心させようとしてくれたんだ…この人がもしかして……理想の相手?)
「俺はソウ!正確には
「……飛鳥。鬼武飛鳥。」
「おにたけ?初めて聞くな。それってどういう漢字書くんだ?」
「おには普通に鬼。たけは武士の武……ってまって?漢字がわかるの?」
「なるほど、鬼武者かー!!かっこいいな!アスカ!」
「質問の答えになってないし!!ねぇってば!!」
「何も心配すんな!俺めちゃくちゃつえーからな!アスカは俺が守ってやる。」
そして、「ニッ」と笑うソウに、少々の不安と頼もしさを感じながら、飛鳥の冒険は始まるのだった。
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