ファンタスティック・ワールド

杜乃日熊

ファンタスティック・ワールド

 人間は、いつの時代においても「無いモノ」を求める。それは、自分が持っていないもの。高価なブランド品や娯楽品といった道具から、友達や恋人といった仲間、さらには目に見えない能力に至るまで、人が欲するモノには限りがない。たとえそれらが手に入ったとしても、時が経つにつれて、また別の何かを求めてしまう。人の欲望とは、まさにブラックホールのようで、欲しいモノをいくら取り込んでも、決して満足することはない。その命が尽きるまで、きっと欲し続けるだろう。

 それほど底知れない欲望を持つ人間だからこそ。現実とは異なる別世界を夢想することだってできたのだろう。

 「異世界転生」。それは人間が生きる世界で死んだ者が、別の異なる世界へ転移して、全く新しい第二の生を受け賜るという現象。それまでの鬱屈とした現実から解放されて、未知なる世界での生活を謳歌することができる。転生した者は皆一様に、異世界で生きることに至上の喜びを見出した。


 そして、また新たに異世界へと転生を遂げた者が一人。その者の名前は田中太郎という。

 田中太郎は十七歳で死んだ。死因は交通事故だった。高齢者ドライバーがブレーキとアクセルを踏み間違えたせいで、自動車が田中太郎に直撃。田中太郎は瞬く間に還らぬ人となった。

 そのあまりにもあっけない死に様に、哀れの心を抱いた神様は、田中太郎の魂を呼び寄せた。そして、次のようなお告げを彼に授けた。


『十分に生を謳歌することのできなかった、哀れな魂よ。お前に今一度の機会を与えよう。これからお前を異世界へ転生させる。そこで新たに人生をやり直すがいい』


 神様の慈悲によって、田中太郎は異世界へと転生した。


 そこは俗に言う「剣と魔法の世界」だった。中世の欧州を想起させるその世界では、魔法が存在する。呪文を唱えれば、火の玉や水柱を召喚することができる。自由に空を飛ぶこともできた。

 また、その世界では人間以外にも様々な種族が存在する。ゴブリンやスライムと呼ばれるモンスターや、狼男を代表とする怪異などといった魔物がそこかしこに居て、度々人間と衝突してきた。人間は武器と魔法を使って、魔物は超人的な能力を用いて、幾度も戦いを繰り広げた。


 そのような世界において、田中太郎はノーティスという人間として生まれ変わることになった。

 ノーティスは生まれながらにして特殊な能力を持っていた。それは神様から授かったものだ。名前は「万来招喚 ユニバース・イン・ハンド」。異世界に存在するどんな魔法でも初めから使用することができる、という能力で、ノーティスの成長に比例して、魔法の威力が向上していく。

 その力を授かったノーティスは、幼少期から鍛錬に勤しんだ。魔法だけでなく、身体面も鍛えるために剣術も習った。鍛錬を積み重ねるごとにノーティスの技術は上がっていき、ついには国一番の実力者となった。

 彼の高い能力を見込んだ国の王は、彼を勇者として任命した。

 勇者の成すべきことはただ一つ。人間の領域を脅かす魔物達の首領として君臨する魔王を討伐すること。

 ノーティスは勇者になることを受け入れた。そして、彼は未知なる冒険の旅へと出ることになる──。




 四方を囲むように生えた森林。木の葉が陽光を遮っているため、辺りは薄暗かった。

 そんな森の中で、ノーティスは剣を振っていた。縦へ横へと剣を振る彼の対面には、水色の粘着質な物体が在った。それは剣先を躱すように、幾重にも形を変える。まるで自ら意思を持っているような動き方だ。

 どれだけ剣を振ろうとも、物体を斬りつけることができない。そこでノーティスは剣を鞘へ収めた。それから物体へ向けて右手をかざす。


「イグニス」


 ノーティスが呪文を唱えると、掌から炎が現れた。炎は掌よりも一回り膨れ上がり、水色の物体へ向かって直進する。物体が避ける間も無く、瞬く間に火柱が上がる。しばらく物体は燃やされ続けて、その姿形が崩れていく。やがて炎が消えて、後に残ったのはドロドロに溶けた液体だけだった。


「ふぅ、ひとまず戦闘終了っと」


 ノーティスは緊張を解くように、一呼吸入れる。

 たった今燃やされた物体はスライムだ。スライムはこの世界において、最下級の魔物だ。冒険者ならば、まず初めに戦うであろう相手。それなりに知性があるものの、飛び抜けた攻撃力があるわけではなく、慣れた人間ならば魔法無しでも倒すことができる。


「とは言っても、やっぱり魔法の方が便利だよなぁ」


 ノーティスは、形を失ったスライムの元へと近づく。それから、ドロドロの液体に手を突っ込む。彼が遺骸の中から取り出したのは、紫の小さな結晶だった。その結晶はどの魔物の体内にも有る。これが有るおかげで、魔物は超人的な力を発揮することができる。人間が魔物を討伐した際、結晶は回収して武器や装飾品などに加工する。冒険者だけに留まらず、民間の人々からの需要も高いため、結晶は割と良い値段で買ってもらえる。

 結晶をバッグの中へ入れる。すると、一滴の雫がノーティスの額に落ちてきた。


「雨か……」


 気がつけば、辺りは先刻よりも暗くなっていた。木の葉の合間から覗く空は、雲で覆われている。

 あいにく、ノーティスは雨具を持っていなかった。とはいえ、ここから次の街まで辿り着くには数時間はかかるだろう。ひとまず雨宿りできる場所を確保して、しばらく様子を見た方がいい。ノーティスは足早に前進した。


 視界が広がった。視線の先に有ったのは、一軒の小屋だった。木々が円状に囲っていて、その中心にぽつんと立地するその小屋はいかにも古びていた。木造の壁や屋根に蔓が巻きついて、周辺の草は伸び放題。その光景から生活感は見てとれない。

 誰かが住んでいる様子はない。ならば、少しの間ぐらい雨宿りをしても問題はないだろう。ノーティスは小屋へ近づいて、ドアの取手に手をかける。鍵はかかっていないらしい。徐にドアを開く。


 まず最初に感じたのは、鼻にこびりつくような異臭。中から漂うねっとりとした空気は、とても心地良いとは思えなかった。

 ノーティスは小屋の中を覗く。影は差しているが、どうにか視認することができた。十坪程度の居室に、長机と椅子が置かれただけの簡素な間取り。普通の家といえば普通だ。ただ一つだけ、


「ウワァ!」


 異常なのは、床に転がった複数の人間とそれらを漁る人影。人間達はただ寝ているだけとは到底感じられない。よく見ると、彼らの顔は生気を帯びておらず、まるで人形のようだ。

 人影がとっさに顔を上げた。それは間違いなくノーティスを見ている。注がれる視線を感じて、ノーティスの足は震えていた。

 その人影は、顔中が灰色の毛で覆われていて、頭頂部の辺りから尖った耳が生えている。口もまた尖っていて、開かれた口の中から牙が垣間見える。刃を思わせる手の爪、腰から伸びた尻尾、全身を覆う毛。その見た目は、まさに二足歩行の狼だった。


「何者だ、お前?」


 狼は低い声でノーティスに問いかける。対するノーティスは、声を出そうにも喉がつっかえて言葉を発せないでいる。

 ノーティスはある噂を耳にしていた。魔物の中には、人の形を模した獣、獣人がいるという。彼らは皆一様に獰猛で、持ち前の爪牙で人間を仕留めて、そして喰らう。

 目の前の獣人も、その例に漏れず“食事”を取っていたのだろう。その証拠に、口元や首周りには赤黒い液体が付着している。横たわった人間達は、体のあちこちが凹んでいた。

 喰われる。ノーティスは直感を抱いた。ここから今すぐに逃げなくては。

 一歩後ろへ引き下がる。無意識の内に、左手が腰元の剣の柄に触れた。刹那、ノーティスの脳裏に過去の記憶がよぎった。


 異世界へ転生してからというもの、自分は本当に恵まれた生活を送ってきた。

 両親はとても大切に自分を育ててくれた。父は熱心に剣術を教えてくれた。母は欠かさず寝食の世話をしてくれた。自分が勇者になると決まった時には心から喜んでくれて、盛大に送り出してくれた。

 同郷の人達もまた、自分が勇者となったことを喜んでくれた。いつの日か、魔王が討伐されることを期待しながら。中には、手製の弁当を渡してくれた女の子も居た。「必ず帰ってきてくださいね」という言葉には、何故だかとても心が込もっていたように感じた。

 そういえば王様も居たっけ。勇者就任の時に色々と言っていたけど、結局何て言ってたっけ。まぁいいや。


 そうだ。僕は勇者になったんだ。いつかは魔王を倒すべく、旅を出たんだ。

 だったら、ここで逃げてはいけない。目の前に倒すべき相手が居るというのに、ここで逃げてしまっては送り出してくれた皆に申し訳がつかない。

 そして、ノーティスは後ずさった足を元の位置に戻した。未だに体は震える。けれど、今は辛抱しよう。一度深く息を吸って、それから、


「僕は勇者ノーティスだ!」


 大声で叫んだ。声は上擦って、心臓は依然として早鐘を打っているが、幾ばくか恐怖は薄らいだ。


「そうか、勇者か。お前みたいな貧相な奴がな……」


 クックックッ、と獣人は笑いを噛み殺す。その立ち居振る舞いはいかにも余裕があって、飄々としている。


「お、お前こそ何なんだ! 何でこんな所に獣人が居るんだ。しかもそれだけたくさんの人を食べて。黙って見過ごすわけにいかない!」

「へぇ。見過ごすわけにはいかない、か。じゃあ、そんな正義感の強い勇者サマは、一体何をするっていうんだい?」


 不敵な笑みを浮かべる獣人。ノーティスは一切の動揺を見せない相手にたじろぐものの、


「これで……お前を斬る」


 剣を抜いて、その刃を見せつける。獣人は丸く目を見開いて、剣を構えるノーティスを見つめる。だが、それもほんの数瞬だけ。「やれやれ」とこれ見よがしに肩を竦める。


「アンタは勇者だ。そして、俺は魔物。アンタら人間の敵だ。アンタは俺を斬らなくちゃならない。それはどう足掻いても覆しようのない運命だ」


 唐突に独りごちる獣人。それを見たノーティスは訝しむ。


「そこで一つ頼みがあるんだけどよ。ここでり合う前に、俺の昔話を聞いちゃくれないか」

「何故? それに何の意味があるんだ」

「知ってもらいたいのさ。アンタがこれから倒そうとしている敵が、どんな風に生きているのか。それに『彼を知り己を知れば百戦あやうからず』って言葉があるだろ。戦いってのは、敵を知ることも必要なんだぜ?」


 獣人からの申し出は突飛で、理由も判然としない。とはいえ、ノーティスは興味を惹かれていた。人間ではない者の暮らしとはどのようなものなのか。人間の世界では、本でしかその知識を得ることができない。その上、情報量はかなり少ない。これから魔物ないし魔王を倒す身の上であるノーティスにとって、敵方の情報は少しでも多い方が有利だ。


「……分かった。話は聞いてやる。それで何がどうなるってわけでもないだろうけど」

「そりゃ良かった」


 獣人は歯を見せて笑う。それから歩き出して、部屋の端にあるドアの方へ近寄る。


「こんな血塗れの所で長話すんのは気が滅入るだろう。隣の部屋で話そうぜ」


 魔物が人間に対してそこまで気を遣うのか、とノーティスはたじろぐ。しかし、獣人の言う通り、人間の遺体が転がった所でゆっくりと話なんて聞いていられない。ノーティスは剣を鞘に納めて、促されるままに隣の部屋へ移動する。中にはベッドが置かれていて、その他に棚や物書き机があった。どうやら寝室のようだ。

 ノーティスが部屋を見回している間に獣人は外へ出て行った。それから間も無く、獣人も中へ入ってきた。彼の顔周りに付着していた血は無くなっていた。外へ出たのは水場で顔を洗ったからなのだろう。ドアを閉めてガチャリ、という音が鳴る。それから、獣人はベッドの傍らにある蝋燭に灯りを付ける。


「そっちに椅子があるからよ、遠慮なく座ってくれや」


 獣人の勧めるままに、ノーティスは椅子に腰掛ける。剣やバッグは机の上に置いた。対する獣人はベッドの端に腰を下ろす。


「んじゃ、まぁ俺の話をさせてもらうわけだが。その前にお互いの自己紹介をしようか。名前の知らない奴の昔話なんて頭に入ってこないだろうし。俺ぁシンって名前だ。アンタは?」

「……ノーティスだ」

「そうか、ノーティス。ノーティスねぇ……。なかなか面白い名前だが、それはいいや。話を始めようか。

まず、俺は見ての通り獣人だ。アンタらの言う魔物っていうのに当てはまる。魔物には魔物達で構成された領地があって、当然獣人もそこに住んでいた。

けど、ある時に同じ魔物同士で紛争が起きたんだ。そりゃ見るも無残で、どうしようもなく野蛮な争いだった。そのせいで、獣人は住処を追われて、方々へ散っていった。俺は身内が皆死んでしまって、頼れる仲間もいなかった。それで独り、旅をしていた。

争いのない所へ行こう。そんな思いでずっと彷徨い続けた。そうして俺は知らず知らずのうちに、魔物の領地から人間の領地へとやってきたのさ。

だが、世界ってのは残酷なもんだ。俺がやってきた土地では、大飢饉が起きていた。おまけに病気なんぞも流行っていたらしくて、人間達はまともな生活を送れないでいた。傍目から見た程度だが、それでも悲惨な状況に見舞われていることは容易に想像できた。

痩せた身体にボロ布みたいな服。それが大人も子供も、男も女も皆同じような格好だ。住人がそんな状態だから、土地もなぞらえるかのように痩せ細っていた。地面は荒れ果て、作物は枯れ果てた。

そんな中で満足に食糧が用意できるはずがねぇ。いつしか人間同士で争いが起きた。残り少ない食糧を巡って、一族と一族、あるいは集団と集団とで諍いが起きた。その隙を狙って、食糧を盗む輩も現れた。

そして、とうとう死人が出てしまった。一人、また一人と寝込んでいって、時間が経てばポックリ逝っちまう。

そんな様子を、俺は見てきた。何をするわけでもなく、ただただ見ていた。そして、これは絶好の機会だと思った。

住処を追われて、勝手の分からない土地へやってきて、俺も満足な生活が送れていなかったんだ。毎日鳴り止まない腹の虫を、木の実や虫なんかで無理やり誤魔化してきた。けど、それでも限界はやってくる。

俺が見つけたのは、一人の女の屍体だった。脂肪らしい脂肪は全くない、棒切れみたいな身体だった。至るところが煤こけていて、とても綺麗には見えなかった。それでも、俺は無意識に涎を垂らしていた。

燃え滾るような衝動に駆られて、俺はその女の腕にかぶりついた。牙に刺さる肉の感触、流れ出る血の味。俺は夢中になった。

そこで味を占めたんだな。それから俺は度々人間達の集落に忍び込んでは、屍体を回収し始めた。集めた屍体は生で喰うだけじゃ飽き足りず、焼いて喰うようになった。

人間達に見つからないように、森の奥へ行ったり山奥へ行ったりした。そのうちにこの小屋を見つけたんだ。誰も住んでなかったようだったから、遠慮なく住まわせてもらった。刃物とか道具も揃っていた。これでようやく文明的な生活が送れるようになった。しばらくは安泰だろう。

そう思っていた矢先、アンタがここへやってきた。そうして現在に至るってわけだ」


 話を聞き終えて、ノーティスは言葉を失っていた。同情などと生易しいことは出来やしない。異世界へやってきてから、否、前世で生きていた頃からぬるい日常を過ごしてきた自分が、目の前の獣人に対して何かが言えるはずもない。毎日がつまらないなどとほざいて、何も行動を起こそうとしなかった自分。たまたま異世界へ転生して、たまたま強い力を与えられて、たまたま勇者になっただけの自分。思えば、その人生は苦悩などとは無縁だった。この世に絶望があるなどということは予想だにしていなかった。そんな甘い固定観念が、この時に崩れ落ちた。


「アンタ、ずいぶんと青ざめてるな。まぁ、こっちは元よりそのつもりで話したわけなんだが……さて、と」


 獣人のシンは、おもむろに立ち上がる。それからノーティスを真っ直ぐに見据える。


「俺はアンタに話をしたのは、アンタがまるで無知なお坊ちゃんに見えたからだ。今こうして会ってすぐに分かったよ。コイツはこの世界のことを何も知らなさそうだ、と。

勇者なんぞに祭り上げられて現を抜かしてるような奴が、喜び勇んで俺の同族を殺し回ってる、ていう話は小耳に挟んでいた。俺はそれがひどく許せなかった。苛立ちのあまり、まだ生きてる村人を殺してしまったぐらいさ。

なぁ、アンタは今まで何のために魔物を殺してきたんだ? それはアンタが生きるためにどうしても必要なことだったのか? 大した理由もなく殺されていった仲間達は、どんな顔をしてあの世へ旅立てばいいんだ?

まぁ、いいや。どちらにせよ、俺がここで話をして正解だったと思うよ。今のアンタの顔を見れば、マヌケな考えが木っ端微塵に砕けたことは明白だ」


 シンはノーティスの方へ近づいていく。ノーティスは机の上に手を伸ばそうとする。だが、その手をシンが素早く掴んで制する。


「これは単なる復讐だ。ちっぽけな魔物一匹が独り勝手に憤っただけの、ほんの些細な怒りだ。それを晴らすため、悪いがアンタには犠牲になってもらう。俺達魔物だってその日その日を懸命に生きてるんだ。その命を無意味に奪われてたまるかよ」


 シンは空いた方の手でノーティスの首を絞めにかかる。その握力は尋常なものではなく、ノーティスがどれだけもがいても一向に逃れることができない。

 ノーティスは相対する獣人の目を見た。その眼光は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、本気で殺意を抱いていることが窺える。

 呻き声を上げつつ、ノーティスは片手で辛うじてシンの腕を掴む。呼吸も絶え絶えに、どうにか声を振り絞る。


「……ィグ、ニス!」


 その声に呼応するように、腕を掴んだノーティスの掌から炎が溢れ出る。瞬く間に炎は大きくなり、二人の姿を克明に照らす。ノーティスは椅子から転げ落ちる。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」


 シンの腕に炎が纏わりつく。炎はシンの体を火種の代わりにして、みるみるうちに増大化する。断末魔が部屋中に響く。

 その光景をノーティスは静観していた。この場から逃げ出そうという考えは全く浮かばなかった。

 やがて、シンの体は床に倒れ込んだ。今もなお燃え盛る火柱。ノーティスは炎に向けて手をかざす。


「アーグワ」


 掌から水流が迸る。勢いよく放出された水は、徐々に炎を小さくさせた。消化し終えた跡に残ったのは、炭と化した肉塊だけだった。

 ノーティスは呆けた顔で、亡骸を見遣る。それはまるで哀しそうで、それでいてどこか怯えているようでもあった。

 彼はよろめきながらも立ち上がる。剣やバッグを身につけて、牛歩のように小屋を出る。

 外は未だに雨が降っていた。無数の雨粒がノーティスを濡らす。しかし、彼がそれを気にかけることはない。

 遅々として進まず、そして行く宛もないまま、彼は森の中へと歩いていった。

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