エルフ学園の担任はご馳走できない

 放課後、水をみに行こうと歩いていると、カレン先生の姿が見えた。

 なにやら、重そうな木箱を二段にして抱えている。


「うんしょ、うんしょ」


 という声がここまで響いている。俺は掛け寄って、先生に声を掛けた。


「ひとつ手伝いますよ」


「あら、ファイくん! そうしてもらえると助かる~!」


 俺は頷き、上の木箱を抱え込んだ。思っていたより重い。これを二段は、けっこうな重労働だろう。


「これ、精霊魔法で運んじゃだめなんですか?」


 俺がこの学校にやってきた次の日、ララルダが椅子と机を精霊魔法で運んでくれたことを思い出し、何気なくそう尋ねる。


「あ~、私、けっこう魔力が弱くて。物を運ぶのって、いっぱい精霊を呼び出さなくちゃいけないから、相当な魔力が要るのよね~」


「ああ、そうなんすか。なんかすみません」


 今の俺の発言がこの世界でどのくらいの失礼にあたるのか見当もつかなかったが、もしかすると教師としてのカレン先生にはセンシティブな話題だったかもしれない。そう思い、謝罪する。


「謝ることじゃないよ~! それに、全部魔力でちゃっちゃ~っとできちゃったら、魔力が少ない子の気持ちが分からないでしょ? 先生ってそうじゃいけないでしょ? だから私は、魔力が少なくても気にしてない! 昔から先生になりたかったから、苦に思ったことはないな~」


 いつも通り、のほほんとカレン先生は言う。すごい。大人の余裕だ。


「あ~っ! でも今のは、ララルダが他の子の気持ちを分かってないって意味じゃないからね! あの子は、ちゃんと思いやりのある子だから!」


 が、次の瞬間、カレン先生は余裕を一切なくし、あわあわと俺に弁明した。


「あ、はい。分かりました。てか、特にそんなこと思ってませんでしたけど……」


「良かった~。ああ……どうして私っていつもこうなんだろ……。やっぱり、えっへんってやるとダメなんだよね~」


 良かった~と言いつつ、カレン先生は相当落ち込んでいるようだ。真面目な性格なのだろう。俺が気にするのも失礼かもしれないが、ストレス溜めてそう……。


「やっぱりララルダの魔力って相当強いんですか?」


「そりゃあもう強いってもんじゃないよ~! それにあの子は精霊魔法の研究もちゃんとしてるし、とっても偉いと思う! 私も知らないことを知ってたりするし!」


 へ~。ただ者ではないと思ってたけど、ララルダの能力はやはり先生にも一目置かれているらしい。


「あそこに置きたいんだ~! もうちょっとだけ頑張ってね!」


「はい!」


 カレン先生の視線の先を見ると、学園の少し外れにある建物が見えてきた。


 存在は知っていたが、何に使っている建物かは知らない。倉庫は別にあるけど、あそこもそうなのだろうか。


「ちょっと待っててね~!」


 カレン先生は木箱を地面に置くと、建物の扉を開放する。礼を言って、俺はその中に入った。嗅いだことのあるようなないような、特徴的な香りが鼻孔をくすぐる。


「そういえば、この荷物ってなんなんですか?」


 建物に入り、扉を閉めるカレン先生に尋ねる。


「これは麦芽だよ~!」


「麦芽って、あのビールに使うやつっすか?」


 俺は元いた世界で見たことのある、ビールのCMを思い出す。


「そうそう! よく知ってるね~♪」


「ということは、ここは……」


「そう! カレン先生のビール工場で~す!」


 既に酔っているのではないかというテンションでカレン先生は言う。先ほどまではいつも通りの様子だったから、単純にビール工場に入ってテンションが上がっているのだろう。


「ってことは、カレン先生がひとりでビールを作ってるんですか?」


「そうそう! まあ、そんなに本格的なものじゃなくて、趣味だけどね♪」


 とはいえ、ビール工場の設備はなかなか本格的なものに思える。もちろん、マシン的なものはないけれど、でっかいトレイみたいな木製のやつとか、樽とかがたくさん並んでいる。


「ていうか、趣味でビール作ってるって酒税法とか大丈夫なんですか?」


「ん? シュゼーホー?」


 カレン先生は心底分からないというように、俺の言葉に首をかしげる。この世界にはそんなものはないのか、それともはぐらかしているのか……。後者だったら怖いので、それ以上は追求しないことにしておく。


「それはそうとファイくん! 運んでくれたお礼に、ビールをご馳走するよ~!」


「いや、俺未成年なんで……」


「あれ? ファイくんっていくつだっけ?」


「17です」


「ガガーン! それはダメだ!」


 カレン先生は悲しそうに項垂れる。ご馳走してもらえないのは残念だが、それは仕方ない。


「じゃあ、私がひとりで飲むね」


「そうなるんですか?」


 いや、飲んでくれたらいいけども。


「せっかくだからちょっとお話しようよ! あっ、もしかしてこういう風に距離を詰めるのってウザいかな……。ファイくんは意外と大丈夫かなって思ったんだけど、もし勘違いだったら言ってね……。あ、でも先生にそんなこと言われても言いづらいよね? でも、私はほんとに気にしないから……」


「いや、俺もお話ししたいですから! マジで!」


「ホント!?」


 俺の言葉に、カレン先生はキラキラと顔を輝かせる。かわいい……。


「じゃあじゃあ、ちょっと待ってね! ビールとりんごジュースを取って来るから!」


 そう言って、カレン先生はびゅーんと工場の奥に消えるのだった。


◇ ◇ ◇


「なかなか良いでしょ? このスペース」


「ですね。テラス席って感じで」


 俺はカレン先生に案内され、ビール工場の裏手にある小さなスペースに来ていた。机と切り株の椅子が置かれていて、森を見ながら飲み物を飲むことができる。まあ、この学校にいればだいたいの場所から森は見られるのだが。


「じゃあ、かんぱーい!」


 そう言って、カレン先生は陶製のジョッキを掲げる。俺も同じく、りんごジュースの入ったジョッキを掲げてそれに触れ合わせた。


 一口ジュースを飲むが、マジでおいしい。絞りたて果汁100パーセントって感じだ。


「ファイくん、学校生活はどう? 何か困ったこととかってない?」


 で、ビールを一口飲んだ先生は凄い押しの強さで俺にいてくる。


「いや、特に困ってないですかね。彷徨さまよってた頃と比べれば最高の暮らしですし、みんな良くしてくれてますし」


 俺は正直なところを答えた。本当に、特に不満はない。


「良かった~! いや~、それを聞いて安心したよ~」


 そう言ってカレン先生は、またビールをぐびりとあおった。


「ファイくんは、前の学校ではどんな感じだったの?」


 異なる世界の学校のことを『前の学校』って言うのちょっと面白いなと思いつつ、俺は思案する。『どんな感じ』って言われも困るかもしれない。


「まあ、真面目ではなかったけど、別に普通だったんじゃないっすか?」


「真面目じゃないってどんな感じに~?」


「宿題してこなかったり、たまにサボって家でひとりでゲームしてたり……」


「ひとりでボードゲームとか!?」


 カレン先生はめっちゃ心配そうな目で俺を見てくる。


 そういえば、この世界にディスプレイでやるタイプのゲームはないのだった。自ずと、ゲームという言葉の意味も変わってくるだろう。


「いや、そうじゃなくて、一人用のゲームがあるんです。それも、ネットで世界中の人と遊べたりするんですけど……」


「網で?」


 カレン先生は笑顔で首をかしげる。


「大丈夫です! とにかく、元気にやってました!」


「それならいいんだけどね~! まあとにかく、困ったことがあったら先生にでも校長先生にでも、誰にでも言ってね!」


「分かりました」


 カレン先生の言葉に俺は頷く。


「あら、もしやと思ったのですが、本当にここに」


 と、そのとき。後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはメリルが立っていた。


「先生、お話し中すみません。夕飯の準備ができていることをファイに伝えにきただけですわ。ごゆっくりなさってください」


「あ~! もうそんな時間か~! ファイくん、付き合わせちゃってごめんねえ~! ご飯食べてきて~!」


「あ、はい。りんごジュース、ありがとうございました」


「いいってことよ~!」


 幾分ほろ酔い気分の様子で、カレン先生はジョッキを掲げた。


 俺は立ち上がって、メリルの方へ向かう。周囲はまだ明るいものの、うっすらと夜の気配がしていた。確かに夕飯どきだ。


「では先生、失礼しますわ」


「うん! また明日ね~!」


 ビールを飲み続けるカレン先生を置いて、俺たちは食堂へと向かう。


「うふふ。ファイもカレン先生の二者面談を受けましたのね」


「あ~、確かに。言われてみれば二者面談か、あれは」


 先生がビールをグビグビ飲んでいたので感じなかったけれど、そういえば訊かれた内容は学校生活に関連することばかりだった気がする。放課後に会ったついでに面談しちゃおうという魂胆もあったのかもしれない。


「カレン先生はちょっと気を遣いすぎたりお節介だったりすることはありますけれど、とっても良い先生ですわ。そう思いませんこと?」


「うん。非常に良い先生だと思う」


「それは良かったですわ~♪」


 自分のことのように嬉しそうにメリルは微笑んだ。メリルも、カレン先生のことが好きなのだろう。


 このエルフ学園に来て、良い同級生に恵まれて良かったと(実は)思ってたのだけれど、俺は良い担任にも恵まれたのかもしれない。


 そんなことを改めて考えた、なかなか素敵な午後だった。

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