エルフ学園の実技科目は見学できない

「今日はお天気が良いからお外へ行きましょうか♪」


 教壇に立つなりカレン先生は言う。別に今日だけ特別天気が良いわけではなく、ここのところずっと天気は良いわけで、つまりはカレン先生の気まぐれなのだろう。


「さんせ~い!」


「……(頷く)」


 テンション高く手を挙げるノノディルに、ララルダが頷きで応える。


「この前の授業の続きは……」


「まあまあ、そんなのいーじゃん!」


「あったかくて気持ちよさそう♪」


 メリルはカレン先生の無計画さに不安を見せていたが、コトリに言われてまんざらでもない様子で立ち上がる。イーゼルが賛成なのはまあ、確認するまでもないことだ。


「なんか持ってくもんってありますか?」


 俺は一応のことカレン先生に確認する。


「愛と優しさです♪」


 とのことだったので、俺は手ぶらで立ち上がった。


「あれ? ファイ、そこに忘れてない? 愛と優しさ」


 瞬間、コトリがちょっかいを出してくる。


「いや、どうなんだろ。確かに、俺に真実の意味で愛と優しさがあるのかといえば……」


「そんなに深刻に悩まないでよ! べ、別になくはないと思うし……」


 コトリは思い切り目を泳がせながら言う。


「お、おう……」


「だよねだよね~! ファイちゃん意外と優しいもんね~!」


「いや、意外とは余計だ」


「あっ、ホントだ! ごめんごめん~!」


 そんな感じでノノディルと話していると、コトリはむすっと顔を赤くして行ってしまった。


「……」


 で、ララルダはなぜか俺をジト目で睨んでるし……。クラスメイトの感情、全然分からねえ……。


「みんな~! 何してるの~? 早く行こうよ~!」


「いちおう授業中ですのよ?」


 楽しげにこちらを手招くイーゼルと、やれやれという様子のメリル。

 本来注意するべきカレン先生はてくてくと先を歩いているっぽい。


「よ~し! お外で授業だよ~! おー!」


「……お~」


 そんなノノディルとララルダの掛け声に押されるように、俺は教室を後にしたのだった。


◇ ◇ ◇


「はーい、じゃあみんな~! 風の精霊を呼んで明日の天気をいてみてくださ~い!」


 教室を出て校舎から少し歩いた森の広場。

 適当に突っ立っている俺たちを前にして、カレン先生はそう告げた。


「え~、めっちゃ授業じゃ~ん」


「だから授業中だと言っているでしょう!」


「うへ~! 難しいな~!」


「だよね~、イーゼルちゃん! ヤバいよこれは!」


「……(ララルダ)」


 と、五者五様の反応を見せるコトリたち。


 そんな中、俺はその輪に入れずにいる。

 だって風の精霊呼べないからね。俺。


「あの~、先生……」


「はーい、じゃあやってみましょう♪」


 挙手しかけるものの、俺の声はカレン先生のよく通る声にかき消されてしまう。


「せんせ~い! ファイちゃんが何か言おうとしてました~!」


 で、声を上げてくれるノノディル。

 ううっ! それ恥ずかしいからやめて! 自分で言えるからっ!


「あっ、そういえばアンタ、精霊魔法使えないんじゃん!」


「本当ですわ!」


 で、コトリとメリルが追い打ちをかけてくる。


「あら~! 本当ね~! どうしよっか~」


 カレン先生はそう言って首を捻った。分かっていたが、天然で忘れていたらしい。


「け、見学しときます!」


 話がややこしくなると嫌なので、俺は真っ先にそう宣言した。

 俺のせいで他のみんなに迷惑が掛かるのも嫌だし、精霊も呼べない癖して恰好だけ真似しましょうなんてなった日には惨めすぎる。


「あらそう? できそうならやってみてね~!」


 そう呑気に言うカレン先生に頷いて、俺は広場の隅っこの木の根の部分に腰を下ろした。


「ファイちゃんもやってみればいいのに~!」


「サボりってわけ~?」


 そうガヤガヤ言っているノノディルとコトリに片手を上げて、俺は木にもたれかかった。ちょうど木漏れ日が当たるところで、非常に心地良い。


 このまま眠ってしまおうかとも思ったが、こっちの世界の天気予報というのも面白そうなので、とりあえずぼうっと見ておくことにする。


「じゃあララルダ、お手本を見せてみて~!」


「……」


 カレン先生の言葉に無言で頷き、ララルダが両手を広げた。


「……吹き渡り雲を動かす者よ。その行末を行け」


 ララルダがそう唱えるなり、周囲の風が白っぽく渦巻いた。言葉を通じるようにしてくれたときや、俺が人間だと証明してくれたときと同じような感じだ。


 風はそのまま白色のカタマリとなり、滞空する。


 その様子はまさに雲というか、あまりに雲というか。

 天気予報の曇りのアイコンにしか見えねえ……。


「……明日の天気は、曇り。雨の心配は、なし」


 おー、という感嘆の声が他の五人(カレン先生を含む)から上がった。


「でも、もう明日の天気が分かっちゃったから面白くないね」


 コトリが制服の上から羽織ったパーカーのポケットに手を突っ込みながら言う。

 確かに、初めから分かっている結果を出すというのはあまり楽しい取り組みではないかもしれない。


「ほんとね~! じゃあ、明日じゃなくてこれからの天気を訊いてみよっか! ララルダは好きなことしてていいわよ~!」


「……」


 カレン先生の言葉に、ララルダはコクリと頷いた。

 ララルダの精霊魔法は、明らかに他の四人とは比べ物にならないくらいのレベルに達している。実技演習で足並みをそろえることはできないのだろう。


「吹き渡り……えーっと、なんだっけ?」


 イーゼルは堂々と両手を前にかざすが、呪文を忘れたらしい。


「『吹き渡り雲を動かす者よ、その行末を行け』! 別に正確じゃなくても、精霊と心を通わせてたらいけるけどね。まあ、アタシは正確に詠唱しないとできないけど」


「コトリは詠唱の暗唱はできても、精霊魔法は苦手ですものね」


「メリルも同じじゃん! なんなら暗唱できてないじゃん!」


「そういうの、どんぐりの背比べって言うんだよ~! なんだかかわいいよね~!」


 好き放題言って騒がしいイーゼルたちから、ララルダはそっと離れて歩き出す。


 どこへ行くんだろうとその様子を見守っていると、ララルダはどんどんこちらに近づいてきた。


 あれ!? もしかして俺んとこ来てる!?


「……」


 無言のまま、ララルダは俺の隣に座って木にもたれかかる。かなり大きな木とはいえ、ララルダとの距離は相当に近い。


 いや、気まずいのだが!? 


 せめて何か一言でも会話を交わしたい。ララルダにそれを期待するのは酷、というか無意味っぽいので、俺が何か話しかけるしかない。


 というか、ララルダはたぶん何も気にしていないので全ては俺の自己満足なのだろうけど……。


「いやー、こうして木にもたれかかって見てるだけってのも気まずいよな! 木だけに!」


 ララルダは俺の方を無言で見て『は?』みたいな顔をする。

 いや、当たり前だ。

 マジでなんであんな寒いことを言ってしまったんだ俺は!?


「……別に。見てるのは楽しい」


 その凍てつくようなジト目を少しだけ緩めてララルダは言う。


「ああ、まあ、確かに」


「……でも、一緒にやった方が、楽しい、かも、ね」


 そう言って、ララルダは立ち上がった。俺の隣に座るのが一瞬で嫌になってしまったのだろうか。


 そう心配するも、ララルダはみんなの方に近づき、ノノディルに精霊魔法の指南をし始めた。


 うむ。おそらく気が変わっただけなのだろう。そう思うことにしておく。


 では、ララルダの言葉を信じて見学を楽しむとしよう。

 そう思った矢先、今度はメリルがこちらにやってきた。


「ひとりで寂しい思いはしていませんこと?」


「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」


「ふふっ。エルフとして、疎外感を感じているクラスメイトを放っておくわけにはいきませんからね」


 メリルはそう言って扇子を広げる。


「ゴホン。では、向こうで少ししてきますわ……」


 メリルは顔を赤くしながら言う。


 この照れ具合を見るに、急に尿意を催したのだろう。トイレは別の方向だが、エルフの伝統を重んじるメリルのことだ。森で開放的にするのが好きなのかもしれない(?)。


 とはいえ、別にいちいち言わなくてもいいのに。


「分かった。ごゆっくり」


「ええ。そんなに悠長なことも言っていられませんけれどね」


「そんなに切羽詰まってるの!? じゃあ、早く行ってきなよ!」


「いえ、そこまで緊迫しているということはありませんけれどね……。ここだけの話、コトリにあまり頑張っている姿を見られたくないのですわ」


 メリルはこっそりと秘密を打ち明けるように俺に耳打ちした。

 頑張るってことは、大ってこと!?


「でもそれなら、コトリ以外にもあんまり見られたくないんじゃ……」


「そ、それもそうかもしれませんけれど……。どうしてでしょうね。コトリとわたくしは、実力が近いところがありますから……」


「実力って……!?」


 そんなの尺度あったっけ!? 形状の美しさとかそういうこと!?


「それはもちろん、精霊魔法の実力ですわ」


「あ、ああ、なるほど」


 危なかった~! ヤバい勘違いを晒すところだった……。


「……? では、行ってきますね♪」


「うん。頑張れ」


 俺がそう言うと、メリルは悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺の耳のほんの近くまで顔を寄せた。


「いまの話は、コトリには内緒ですわよ」


 耳に熱い息を残して、メリルは木々の間に消えた。


 俺は先ほどの柔らかな息の感触を忘れたくないと思っている自分に気付き、その不埒な考えを追い払うよう努力する。


 そうやって少しぼうっとしていると、噂をすればなんとやら、コトリがこちらにやってくる。


「あれ? メリルってさっきこのへんにいなかった?」


「さあ。どっか行ったな」


「ふうん。まあいっか」


 不思議そうに周囲を見回しながら、コトリは俺の隣に座る。


「あー、疲れた~!」


 胡坐で座った膝が俺の脚に当たりまくっているがコトリは特に気にしていないらしい。


「天気予報はできたの?」


 少しのあいだ目を離していて、みんなの進捗状況については分からないでいた。


「いや、まだ。結構ムズいんだよね、あれ」


「へえ~」


「へえ~じゃあないんだよ。アンタは良いよね。精霊魔法の練習しなくていいんだから」


「いや、でも結構辛いって。ここでも見てるだけだし、みんなには世話になってばっかだし」


「……ごめん」


 コトリは急にシュンとして言う。


「いや、別にそんなので謝んなくっていいって! 気にしてないから!」


「アタシが悪いこと言ったなって思ったんだから、アタシが謝るのは勝手でしょ!?」


「謙虚なんだか横暴なんだか分かんねえな!」


「そんなのどーでもいいから! はい」


 そう言って、コトリは右手の拳を俺に差し出す。俺はそれにコツン、と自分の拳をあてた。


「じゃあアタシ、もうちょっと頑張ってくるから」


「りょーかい」


 俺は立ち上がるために膝を立てたコトリの太ももから滑り落ちるスカートの裾から目を離し、前を向く。


 で、お次は早速、コトリと入れ替わるようにノノディルがこちらに走ってきていた。


「ファイちゃーん!!! できたできた! ララちゃんに手取り足取り教えてもらったらできちゃったよ~!」


「おお、すごい!」


 ノノディルの後ろでは、イーゼルとコトリがまだ練習に励んでいる。イーゼルはララルダがつきっきりで教えているようだ。


「じゃあもう一回やってみるね~!」


 そう言ってノノディルは両手を前に出す。


「……吹き渡り雲を動かす人! その行末を行って~!」


 ノノディルがそう唱えると、風が青く染まり、傘のマークを形作った。


「ん? これって今これからの天気なんだよな」


「そうだよ~ファイちゃん! 精霊さんが言ってるのは……」


 そのとき、後ろの茂みから音が音が聞こえ、メリルが出てきた。


「やっと精霊が出てきてくれましたわ~! 今からの天気は……」


 前方にいるコトリも、精霊への質問に成功したらしい。


「おっしゃ~! ということは、天気は……」


 で、最後。

 ララルダに指導してもらっていたイーゼルも、歓喜の声を上げる。


「やった~! ララルダ! できたよ~! 今これからの天気は……」




「「「「「雨!」」」」」




 五方向から同時にその言葉が聞こえると同時に、空からぽたぽた、と水滴が落ちてきた。


「あらあら~! あんなに晴れてたのに、雨なんですね~」


「……」


 カレン先生の呑気な言葉に、ララルダは当たり前というように頷いている。


 雨は瞬時に激しさを増す。このままだと校舎まで戻る間に全員びしょぬれになってしまうことだろう。


 というわけで、手近な雨宿りの場所といえば、ひとつ。


「いや、狭いんですが……」


 今や俺が座っていた木陰は、俺を含め七人で埋まっていた。


「ララちゃーん! もっとぎゅっとすればもっと濡れないよ~!」


「……その通り」


「ちょっとメリル~! もうちょっと離れなさいよ~」


「それはこっちの台詞ですわ~!」


「あ~みんな良い匂いね~」


 なんかカレン先生の台詞が微妙に怖かった気がするが、気にしないことにする。とりあえず、全員の密着度合いがすごい。


「ファイが一番早く天気予報してたんだね~」


 そんな中、俺のすぐ隣にいるイーゼルは楽しそうに言う。


「いや、別にそういうことではないんだけど」


「そういうことでもいいんじゃない?」


 そう言ってイーゼルは笑った。


 肩と肩を寄せ合って、こうしてみんなで雨の音を聞いて。

 やっぱり少しだけあった寂しさは、もうそこにはなかったのだった。

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