エルフ学園のラブコメは収まりきらない

かめのまぶた

エルフ学園のかくれんぼは隠れられない

「というわけで、かくれんぼをしよ~!」


「「「「お~!!」」」」


 ノノディルの掛け声に、ララルダ、イーゼル、コトリ、メリルの四人が賛同の声を上げる。


 急に外に行こうなんて言われるものだから何か重大なイベントでもあるのかと思ったが、そうでもなかったらしい。


「なぜ急にかくれんぼ……」


「かくれんぼをするのに理由なんているラゴ~?」


 俺の横でふわふわ浮いているラゴちゃん(火の精霊なのだが、諸事情でドラゴンのぬいぐるみの姿をしているエルフ学園の頼れるアイツである)が、なんかカッコいいことを言う。


「まあ、確かにな……」


 ノノディルが急にやりたくなったから。

 かくれんぼを始める理由なんて、そりゃあそのくらいでいいだろう。


「というわけで、まずは『追跡者』を決めるよ~!」


「なにその要所要所で現れて選択肢を提示してきそうな存在!?」


「だってかくれんぼですもの。追いかける人を決めなければならないでしょう?」


 俺のツッコみに、メリルが不思議そうな声を上げる。


「ああ、なるほど。普通に鬼のことか」


「そんなこと言ったらオーガの人に悪いよ~」


 なんとなく言った一言だったが、イーゼルにたしなめられる。ああ、確かに、この世界には実際にオーガがいるのだから、一方的に追いかける人を鬼と言ったらオーガへの偏見につながるのか。


「悪い悪い、俺が元いた世界ではそういう言い方をしたんだよ」


「へ~」


 コトリが興味深そうに声を上げる。何気に、俺の元の世界に一番関心を持っているのはコイツなのだ。


「さあ、さっさと懺悔ざんげするラゴ~!」


 ラゴちゃんは当たり前のように言うが、なんでかくれんぼの前に懺悔なんだ?


「ちょっと待って。このかくれんぼ、俺の知ってるかくれんぼじゃないっぽい。ルールを説明してくれたらありがたいんだけど……」


「仕方ないな~!」


 めんどくさそうに言いつつ、コトリは率先してルールを説明してくれる。


「まず、参加者は全員、自分が最近犯した罪を告白するの。で、『裁く者』が一番罪深い人を決めて、その人が『追跡者』になるわけ。追跡者は目を瞑ってしばらく待ってから、『迷える者』を全員見つけ出す。ちなみに最初に見つかった人が、次の追跡者ね」


 なるほど。後半のルールは俺の知ってるかくれんぼと同じっぽい。


「『裁く者』は、いつもラゴちゃんにやってもらってるんだよ♪」


 イーゼルの言葉に、ラゴちゃんは空中でくるりと一回転する。


「精霊はそういうの得意ラゴからね~! 飛べるから、迷える者になるのはズルいラゴし!」


「……精霊が、適任」


 黙っていたララルダが、ボソリと呟いた。

 精霊が『裁く者』になるのが一番ということだろうか。


「そうそう。もともと、精霊を召喚して行うおまじないだったみたいだね。迷える者を追うことで、追跡者の罪がみんなに共有されて許されるっていう。今は単純に、普段の遊びだけどね」


 コトリがさらに解説を加えてくれる。本が好きなコトリは、そういうことにも詳しいらしい。


「了解。たぶん、分かったと思う」


 追跡者の決め方がちょっと違うだけで、おそらくあとは俺の知っているかくれんぼだ。違うところがあれば、やりながら覚えていけばいいだろう。


「じゃあさっそく、ノノから懺悔しま~す!」


 おおよそ今から懺悔するとは思えないテンションでノノディルは手を挙げる。


「ノノはこの前、ラゴちゃんにもらったお菓子をみんなに内緒で食べました!」


「え~、ノノ、ズルい~!」


「コトリ、そのくらいいいでしょう」


「……問題なし」


「どんなお菓子だったの?」


「クルミのヌガーだよ~」


「いいな~!」


 イーゼルは非難こそしないものの、心底羨ましそうな目でノノディルを見る。


「ラゴ~! みんなには言わない約束って言ったラゴ!」


「でも懺悔の時間だし」


「確かにラゴ……。行商の人におまけでもらったラゴ! ひとり分しかなかったから、たまたま会ったノノにあげたラゴ~!」


 ノノディルが責められてはいけないと思ったのだろう。ラゴちゃんは必死で弁明する。やっぱり良い奴だな……。


「今度はアタシにも頂戴よ~」


「コトリ、分かったラゴ~」


「そういうコトリの懺悔はなんですの?」


 メリルに促され、コトリは腕を組む。


「そうだな~。この前、うっかり返却期限を過ぎちゃった本があったんだけど、図書委員の権限でシレッと返しちゃったかな」


「ぬあ~! 職権乱用ですわ~! わたくしが遅れたときにはあれだけ文句を言っていたくせに!」


「悪いって思ってるから懺悔したんでしょ!」


「まあまあ、ふたりとも~!」


 睨み合うコトリとメリルを、イーゼルが仲裁する。


「コトリちゃんは本をいっぱい読んで偉いねえ~」


「……ね」


 その隣でノノディルが言うと、ララルダはそれだけ言って頷いた。


「じゃあ、次はメリルラゴ~!」


 ラゴちゃんに促され、メリルはあごのところに手をあてた。


「そうですわね……。この前の朝、眠くてぼうっとしてしまって、森に挨拶するのを忘れていましたわ」


「それが懺悔~? アタシなんてしょっちゅうだけど」


「コトリはもっとそれを反省しなさい!」


「メリルには珍しいね~。わたしもたまに忘れちゃうけど」


「ノノもノノも~!」


「……気持ちがあれば、大丈夫」


 森に挨拶ってなんなんだ? 俺もした方が良いのだろうか。

 そう思っている間に、ラゴちゃんが次の担当を指名する。


「お次はイーゼルラゴ~!」


 するとイーゼルは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「それがね……、この前の薬草のテスト、どうだったかかれたときは、そんなに悪くないみたいに適当に誤魔化したけど、実は赤点ギリギリだったの」


 そう告白するイーゼルは、今にも湯気が出そうだ。


「知ってた」


「うん! 知ってたよ~!」


「……知ってた」


「まあ、イーゼルがああいう言い方をするときはだいたいそうですものね」


「え~! そうだったの!? みんなの優しい笑顔ってそういう意味だったの!?」


 頬を両手で押さえながらイーゼルは声を上げる。やはり、けっこう勉強は苦手らしい。


「ララルダはどうラゴ~?」


 ラゴちゃんに振られると、ララルダはジトっとした目をさらにジトっとさせた。

 前髪が目元に投げかける影が一層濃くなる。


「……聞きたい?」


 少しばかり口元に笑みを浮かべて言うララルダに、全員が首を横に振る。


「……言わないのが、罪」


 ララルダは深く頷きながら言う。そんなのアリなのか……。


「じゃ、じゃあ次はファイ、どうラゴ~?」


 俺は今までの間に色々と考えていた中で、最も無難そうな罪を告解こっかいすることにする。


「この前カレン先生から聞いて、みんなには内緒よ~って言われたんだけど、実は俺が寝泊まりしてる宿直室って、寮のそれぞれの部屋よりひとまわり大きいらしい」


「ええ~! 替わりなさいよ~!」


「まあ、それは仕方ないのではなくて?」


「いいな~いいな~!」


「……ね」


「今まで苦労してたんだもん。広いところでゆっくり寝てほしいよ~」


 イーゼル、なんて心に染みることを言ってくれるんだ……。


 でもそう言われると逆に、なんだか後ろめたい気もしてくる。別に過去の苦労とか関係なく、俺はみんなと同じ、エルフ学園の生徒なのに。


「……審判」


 ララルダの言葉で、全員の注目がラゴちゃんに集まった。


「そうラゴね~! 今回の追跡者は――ラゴラゴラゴ~」


 ドラムロール的なラゴラゴラゴ~が続いた後、ラゴちゃんの尻尾が俺を指した。


「ファイラゴ~!」


「え、マジ!? 判定厳しくない?」


「精霊の判定は公平ラゴ~! なんか、もっとやらしい告白があるのに無難なやつで済ませた感がひしひしと伝わってきたラゴ~!」


「んな殺生せっしょうな!」


「なになに!? 他にどんな告白があるの~? 聞かせて聞かせて~」


「こら、ノノ! そんなの決まってるでしょう! 聞かない方がよいですわ!」


「え~、どんなの~?」


「そ、それは……」


「メリルは一体どんなことを想像してるのかな~?」


「ちょ、ちょっとみんな~!」


 ヤバい。俺のせいで風紀が乱れている。


 いや、確かに、もうちょっと罪深いことはあるようなないような……。イーゼルによろしくのキスをされたとき、ちょっと勘違いしそうになったとか……。いや他にも……、どうなんだ!? 俺はここで何を言うのが正解なんだ!?


「……懺悔は、ひとりいっこ」


「そうだった! ごめんごめん!」


 ララルダのその一言で、風紀が一気に回復する。ありがとう、ララルダ!


 俺は感謝の意味を込めてララルダと目を合わせようとしたが、思いっきり逸らされてしまった。


「じゃあ、かくれんぼの始まりラゴ~! 目を瞑って、十数えるラゴ~!」


 そう言ってラゴちゃんは俺の頭の上にのっかる。もふもふとした感触が、髪の毛越しにも伝わってくる。このままアシストしてくれる感じなのか?


「分かった。じゃあいくぜ? い~ち、に~」


 俺がさっそく数え始めると、他のみんなが方々に散るバタバタという足音が聞こえた。


「じゅう! もういーかい?」


「そんな確認は不要ラゴ! バシバシ探しに行かないと、見つからないラゴよ~」


 そんなハードなかくれんぼなのか……。

 俺は目を開けて、周囲を見渡す。ラゴちゃんの赤い身体が、視界の上の方に見える。他のみんなの姿はない。


「とりあえず、森の中をざっと見てみるべきかな」


「いや、相手は森の専門家、エルフラゴ! 闇雲に森を探しても見つかりっこないラゴ!」


「ええ……。じゃあ、どうやったって見つからないんじゃ……」


「こういうときは頭を使うラゴ! まずは、一番見つかりやすい人を先に見つけて仲間に加えるラゴ!」


 なるほど。見つけた『迷える者』には手伝ってもらえるルールなのか。


「でも、最初のひとりって言ったって手がかりなんてないしな……」


「そんなの簡単ラゴ! イーゼル~! ちょっと手伝ってほしいことがあるラゴ~!」


 ラゴちゃんは大声で周囲に呼びかける。まさか、そんな罠に騙されるわけ……。


「どうしたの~? あ、ちがった! かくれんぼの途中だったんだ!」


 騙されていた。


 俺は声がした方に駆けて、森に分け入る。

 ザザ、と茂みが動いた方に向かうと、そこには、しゃがみ込んだイーゼルがいた。


「イーゼル見つけた!」


「うう……。そんなのズルいよ~」


「ズルいも何もないラゴ! かくれんぼは決死の騙し合いラゴ~」


「うう~分かったよ~。あっ……!」


 立ち上がろうとするイーゼルだが、体勢を崩して再びしゃがみ込む。先ほど変な体勢で移動したので、バランスを欠いていたのかもしれない。


「はいよ」


「うん……。ありがと」


 俺が手を差し出すと、イーゼルは俺の手を握って立ち上がった。手、柔らけえ……。


「えへへ……」


 俺が手を離すと、イーゼルは俺の握っていた手をもう片方の手で包み込んだ。もしかして、急に手を握られたりして嫌だったかな……。


「悪い、イーゼル」


「いやいや、かくれんぼなんだから見つけるのは当たり前だよ」


「いや、そうじゃなくて……手、急に握って」


「そ、そんなの! むしろ……」


「何をつべこべ言ってるラゴ! 早く他のみんなを探さないと、もっと見つかりにくくなるラゴ~!」


「ほ、ホントだ! 一緒に頑張ろうね!」


 そう言ってイーゼルは先頭に立って歩き出す。

 よく分からないが、特に気にしていないみたいで安心した。


「次はコトリが見つけやすいかな~。コトリってば、かくれんぼのときはいつも木の上で本を読んでるから、上を見てたらすぐに見つかるよ~」


 イーゼルのアドバイスに従って、俺は顔を上に向ける。


「ラゴ~! 急に上を向くんじゃないラゴ!」


 俺の頭から振り落とされたラゴちゃんは、すぐに翼を動かして滞空した。


「悪い悪い」


「あっ! いたよ! コトリ~!」


「あー、もう見つかった~! 今いいとこだったのに」


 さっそく、イーゼルはコトリを見つけたらしい。イーゼルの視線からして、俺たちのすぐ上の木にいたようだ。その視線を追って上を向こうとした、そのとき。


「だ、ダメ~!」


 突然、イーゼルの手のひらが俺の目を隠した。


「あー、ありがと、イーゼル」


「もー! 気を付けてよ~?」


 イーゼルが俺の目から手を離したとき、目の前には既にコトリがいた。木から降りるとき、見えてはいけないものが見えていたのだろう。


「じゃあ、次はメリルを見つけないとね」


 勝手知ったるといった様子で、コトリは先頭を歩き始める。


「メリルは森オタクだから、トリッキーなところに隠れがちなんだよね~。でもそれが逆に分かりやすいわけ」


 どこか楽しそうに言って、コトリはスイスイと森に分け入る。


 コトリもイーゼルも開けた道を歩くみたいに先をゆくが、俺は足元の木の根っこや周囲に飛び出た葉っぱやら枝やらを避けるのに苦労する。長袖長ズボンだから良いものの、そうじゃなければ傷だらけになってそうだ。


「もっと早く歩くラゴ~! ぐごっ!」


 再び俺の頭の上に乗ったラゴちゃんは呑気にリラックスしていたが、木の枝にぶつかってしまったらしく、イーゼルの頭の上に飛んで行った。


「こっちの方がのり心地が良いラゴ~!」


 こちらを恨めしそうに見ながらラゴちゃんはそんなことを言っている。


「ファイ! 引き離しちゃってごめんね~!」


 それで振り返ったイーゼルが、少し待っていてくれた。礼を言いつつ追いつくと、前方のコトリが声を上げた。


「あ~! やっと見つけた!」


 前を見ると、メリルとコトリの姿が目に入る。


「見つかってしまいましたわね」


「メリルのいるところなんてすぐに分かるから!」


「ふふっ。コトリもなかなかやりますわね」


「なんで上から目線なのよ~!」


 なにはともあれ、これでララルダとノノディル以外が無事に見つかったことになる。


「あのふたりはいつも通り一緒かな~」


「だろうね。じゃあ、いつものやつ、いきますか」


「そうですわね」


 三人は示し合わせたようにそう言って、目を閉じた。


「なに? どうしたの?」


「まあ見てるラゴ~!」


 ラゴちゃんの言葉に従い、とりあえず様子を見守ることにする。


 しばらく無言の時間が続いたかと思うと、三人は一斉に声を上げた。


「「「いっせーのーで!」」」


 で、目を開けた三人はそれぞれ、森の中を指差す。


「あのへんだね!」


 声を潜めながら、イーゼルは言う。

 ほかのふたりも無言で頷き、そして一斉に駆け出した。


「ちょっと待ってくれ~!」


 俺は三人を追い、再び苦労しながら森を進む。


「ここだあっ!」


 で、コトリが手を伸ばした先。何もなかったはずの空間に、突如としてララルダとノノディルが現れた。


「あ~、見つかっちゃった~!」


「……今回は、早かった」


「何がどうなってるんだ?」


 追いついた俺の困惑に、イーゼルが解説を加えてくれる。


「ノノとララルダは、ララルダの精霊魔法で一緒に隠れてることが多いの! ひとりだけで魔力を感知するのは難しいから、いつも三人で力を合わせて見つけるんだよ」


「だいたいいつも、指でさした先が交わる場所にいるんだよね」


「ララルダは魔力を消すのも得意ですものね。本当に、いつも恐れ入りますわ」


「……ども」


 メリルに褒められ、まんざらでもなさそうにララルダは言う。

 マジでエルフのかくれんぼ、高度だな……。


「じゃあ二回戦いくラゴ~! 次はイーゼルが追跡者ラゴね~!」


 ラゴちゃんはそう言って、イーゼルの頭の上にのる。


「よっしゃー!」


「行きますわ!」


「ララちゃん、行こ~!」


「……(頷く)」


「展開が早いな!」


 俺は駆け出す四人を見ながら、どこに隠れようかと右往左往する。


「えへへ。すぐに見つけてあげるから♪ また一緒に探そうね♪」


 そう言って悪戯っぽく俺に微笑みかけるイーゼルの表情を見て、俺はまた懺悔すべき内容が増えたような気がして、照れ隠しに適当に返事をすると駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る