第356話 最強は準備を始める㉕
水が渦巻くように配置された水晶が煌めく舞踏会場の中央で、フルークトゥスが深海から空を見上げた色の瞳で死体となった私たちを見下ろしている。
綺麗な色をもう少し見ていたい。だが、その時間はもう残されていないようだ。
暗転する視界の中で、私は決断を下す。
『……アジトへ』
先生か白だろう声が『了解』と返す。その声に答える間もなく視界がブラックアウトした。
『いやー、ありゃ無理だろ!』
『四次でもきついでござるよ』
『全滅した時に何か見た奴いねーの? ッと、その前に……』
言いかけたまま立ち上がった鉄男が、玄関に向かうと先生と白を連れてリビングに戻ってくる。そうして、おかえりの嵐が終わり、再び話に戻った。
今回が初見のフルークトゥス。水のように透明な巨体。その背には四枚の翼があり、獰猛だが優しい光を灯した瞳をしていた。
これまでに見たどのドラゴンよりも綺麗だったのは間違いない!
討伐にあたり全員が水の耐性を最大まで上げていた。いつもの通りの布陣で、フルークトゥスのHPが八割を切るまでは順調だった。だが、フルークトゥスが四枚の翼をピンと広げると同時に、私たちは濁流に流され、壁に打ち付けられ㏋を枯らすことになった。
何度思い出しても全滅する理由が分からない。濁流にのまれた時点で全員の㏋は九割ほど。壁に叩きつけられただけで、全てを枯らすほど少なかった訳じゃない。
「なんか気づいたことないか?」
「あの時、私バリア張ろうとしたけど、動けなかったのよね~」
「あ、俺も!」
「サイレントってことでしゅか?」
あの時、濁流に流されながらバフ欄を確認していたがデバフの表示は一切無かった。
「デバフは、無かった」
「サイレントなら一分。麻痺なら三十秒、どっちも間違いなく表示されるはずだから、renが見逃すのはないな……どう思う?」
「デバフじゃないなら、何が原因だ?」
「魔法無効空間?」
「どこの消臭剤だそれw」
「ちょ、真面目に話してんのに笑わせんなw」
「やべぇ、ツボった……ヒィ、アラームががががが」
村雨なりに真面目に考えてくれた上での発言が、その場の空気を和らげる。消えていくキヨシは放置で良さそうだ。
因みに聞いた瞬間、私の頭の中にも四角いビーズ入りのプラスチックが登場した。
冗談はさておき、フルークトゥスの翼が完全に開いた状態が魔法無効空間であれば説明はできる。が、魔法とは違うスキルを持つ前衛組がスキルを使っていたにも拘らず死んだ事に矛盾が生じる。
「魔法無効はないんじゃないか?」
「理由は?」
「濁流に流される直前、俺自身がステルス使ったからだ」
「自分も使ってたっす」
「それなら、私も使いましたよ」
先生の問いかけに対して源次、ミツルギ、ヒガキが声をあげる。と、全員が唸った。
矛盾は解けたけども……謎しか残ってない! 毎回ドラゴン系討伐する度に死に戻り繰り返すのはいいけど、流石に世界戦前でこれ以上経験値を失いたくない。できれば、フルークトゥスのドロップを知りたかったけど仕方ないか……。
「とりあえず、フルークトゥスについては今回はここまでにしよう」
「いいのか?」
「め、めずらしい!」
「マスター……」
私がフルークトゥスの討伐をするまで繰り返すと思っていたらしいクラメンたちが、意外そうな顔で聞いてくる。
「仕方ないこともある。世界戦も近いし、Lvの方をあげたい」
「なるほどな」
「あ、博士。ついでだから、世界戦に使えそうなPOTいくつか開発しといてね」
「ちょ、おま!」
「ついに隠す気すらなくなったか……」
「え? 博士のパトロンって……」
「まじかよー!」
「分かったのである!」
個人的に使えそうなPOTも欲しいけど、今は攻城戦向けのPOTが欲しいのが本音。なんでこんなことを言い出したかと言うと、攻城戦の度に同盟内クランの配置について話し合っているがこれだと言う決め手がないのだ。
それを何とか打開したい。そう思ったけど……なんだろう。なんでか間違ったような気がヒシヒシとする。
待って、どうして私は博士のPOTに頼ろうとしているの? 博士のPOTと言えば、相手を殲滅できるものではあるものの、身内の被害も相当でしょ。あぁ、ダメだ。フルークトゥスの討伐失敗のショックで思考がまとまらない。こういう時は別なこと……。
「そう言えば、アースの教育はどう?」
「「……」」
え、そこで無言になるのなんで?! 先生と白でお手上げだったら、もう無理なんだけど……。
「……なんつったらいいか……、頭お花畑が三人いてな。正直もう、アース切手いんじゃないかって思ってる」
「頭お花畑って……」
「最近加入した新人らしいんだが、会話が全く成立しないんだ」
「アースやばいな」
「その三人切れないの?」
「それが……悪い奴じゃないんだよ、多分。会話が成立しないだけで……」
「意味がわからないでしゅ」
「うむ」
「あんたたち……シャキッとしなさいよ!」
珍しく春日丸が声を発したかと思えば、はぁ~と大きなため息を吐き出した二人が窓の外へ視線を投げる。位置的に背中が見えない私は、二人の瞳に哀愁に似た何かが乗っていることに気付いた。
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