第355話 最強は準備を始める㉔
『うっ、痛い!』
『くそ、ヘイト入れてるのにタゲ安定しねー!』
『ランダム過ぎて手出すの怖いっすねー』
ぎゃぎゃと煩い周囲を放置して、死んだ村雨にバフを入れ直す。
チカのMPが残り三割、宮ネェはまだ余裕。
宇宙船ダコ――鉄男命名――のタゲが安定しないせいで私のMPは瀕死状態が続いている。
じっくり座ってMPを回復したい。
けど、この状況で一人座ってるとなるとチカあたりが騒ぎそうで面倒だ。
ため息を零して、とりあえずMPPOT使って回復するしかないか……と、タプタプのお腹にMPPOTを流し込む。
本当なら即時回復する高級POTを使いたいところだが、ディレイ時間が長すぎるため持続回復にしておいた。
『ちょ! ハァァァァァ!?』
『オイイイイイイイイイ』
目の前をチカと思われる残像が飛んでいく。
考え事をしていたせいで、見て無かったためどうしてこうなったのか状況が分からない。
一体何があったの? と、近くにいる博士に視線で問えば何故か言葉ではなくアクションで答えてきた。
博士の行動に混乱しつつ、必死に動作を繰り返す博士の解読を試みる。
杖を振り上げるモーションから~の。
回復のエフェクトが上がり~の。
たまたまチカの側に旋回した宇宙ダコが近づいて、足に吹っ飛ばされたと……ふむ、なるほど!
『で、なんで博士は話さないの?』
え、またアクションなの? もういい加減面倒なんだけど……。
えーっと何々……最近、存在を忘れられてるから、拗ねてみた? 子供か!!
存在忘れられるほど、貴様の存在は薄くないわー!
『冗談なのである! 怒らないで欲しいのである!』
『……死んどく?』
『嫌なのである! で、ren我は思いついたのである』
嫌な予感しかしないけど、一応聞いてみようか?
『これを使うのである!』
博士が掲げ持ったのは、英知の結晶No.19――トルネードカッターだった。
名前から察するに刃のついた竜巻なのだろう。
今現在打つ手なしな状況だし、使いたければどうぞ、と言いたいところだが、如何せん作ったのが博士である。
流石にこの状況下で、博士のPOTが阿鼻叫喚を呼ぶのは避けたい。
『それの範囲と効果対象は?』
『範囲は、二十メートル。対象は範囲内の全てなのである。因みに、こんなのも用意してみたのである』
却下と言いそうになった私へ博士は更なるPOTを取り出して見せた。
その名も英知の結晶No.20――硬化剤だ。
『POTの使用者のダメージを一分半だけ無効化するのである! あの亀の甲羅を使ってみたのである!』
一分半……。トルネードカッターの効果時間がどれぐらいなのか気になる。
『ちなみにトルネードカッターは三分なのである』
中国人を真似した芸人さんと会話してる気になってきた。
と、そんなことは置いておいて……、硬化剤が一分半、トルネードカッターが三分じゃ、一歩間違えれば即死コースじゃないか?
肩眉を器用に動かしながらドヤる博士に返事を保留しつつ、死んだ宗之助のバフを更新する。
その時だ。
たまたま視界の隅にスキルを発動させて、宇宙船ダコへ突っ込む風牙の姿が見えた。
背後を捕らえたらしい風牙の攻撃は、見事クリティカルをたたき出す。
宇宙船ダコの動きが一瞬止まり、即座に風牙へ足を延ばすとうねらせ反撃した。
吹っ飛んでいく風牙を見送り、宇宙船ダコは大和のヘイトにつられて身体の位置を戻す。
それから数分、目を凝らして宇宙船ダコを観察していた私は、実験を行うため春日丸へ声をかけた。
『春日丸、大和がヘイト入れたら背後にピンサーアタック試して欲しい。入れたら、直ぐに距離取って』
『k』
『宗之助、春日丸にボスが向かったら逆側からピンサーアタック入れて』
『承知』
攻撃している他のメンバーには何度か春日丸に実験して貰う事と、一時的にスキル禁止を伝えた。
あっという間に段取りをつけた大和と春日丸がタイミングを合わせて、攻撃をしかける。
ヘイトのエフェクトが上がると同時に、ステルスモードから姿を見せた春日丸が紫色に光る刃を宇宙船ダコの背後へ打ち込む。
クリティカル音が響き、ボスの行動がほんの二秒ほど止まった。
そして、予想通りにボスは、春日丸めがけ巨体を移動させていく。
間を置かずに今度は宗之助が、紫色に光る刃を宇宙船ダコへ打ち込んだ。
足をうならせ、力なく叩きつける動作をした宇宙船ダコは、その後カクンとダウンした。
『いくぜー!』
『反撃ジャァァァァ!』
『よし、行くぞ!』
『おう!』
鉄男を皮切りに、キヨシ、先生、白の順で宇宙船ダコに攻撃を仕掛けに走る。
キヨシと白は遠距離なのでその場にいるが、気にしない。
勢いを取り戻したメンバーたちは凄かった。
たった一度試しただけの実験を、クラーケンのダウンが解除される度に繰り返してはダウンさせていた。
そうなるともう、ね。
『結局、実験って何したかったんでしゅか?』
ポリゴンになって消えていくクラーケンへ南無と祈っていた私へさゆたんが問いかける。
どう伝えればいいだろうか? 私としてはただ、別のゲームで似たようなボスを見たことがあって、そのボスがたまたま背後からの攻撃が連続で入るとダウンした情報があっただけで、本当に成功するとは思っていなかった。
ぶっちゃけ、春日丸と宗之助を生贄に捧げるつもりだったから余計に言葉にし難い。
『まぁ、あれだろ? renが実験する前にボス観察してて気づいただけだろ?』
『流石、マスターですね!』
『ほへー、renすげーなー』
『我の出番が……』
心が痛い。
思惑と違う方向に流れていく会話に、メンタルがゴリゴリと削られていく。
『で、ここのボスの情報は同盟に流していいんだよな?』
『モチ』
『分かった。まー、ここまで来れる奴らが少ないからしばらくは、うちの独占だろうけど……』
『そこは、初討伐報酬ってことにしようぜw』
『じゃぁ、時間だし、海竜に戻ろうか』
『おう!』
話を流してくれてた先生に本気で感謝しつつ、額を拭った私はとりあえずなぁなぁでその場を流したのだった――。
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