第248話 最強は城主を目指す④

 城戦開始まで残り五分――そわそわとした気配が、既にPTを組み終えたクラメンたちを包む。

 リビングでコーヒーを飲み干した先生の「最終確認よろしく。renがフラグベース置いたら全員執事から転移で」と言う声に合わせ、メンバーたちが立ち上がり確認に向かう。

 それを見送り、私も自分の仕事をこなすためデメテルへ転移した。


 フラグベースを置く場所については、いくつかの候補がある。

 デメテル城はその周囲のほとんどを湖に囲まれている。城外門からの見通しもよく、障害物となる場所もない。


 デメテル戦と言えば断崖絶壁の中の洞窟や鍾乳洞なんかにフラグベースを置くクランが多いのも有名だ。下へ降りられる場所は、南西か南東のどちらか二か所である。洞窟や鍾乳洞が多く点在するのは南東から降りた方で、南東は狭い道があるだけ。


 それを踏まえて奇をてらい考えた場所が、北北東方面にある城から延びる排水口の中だ。排水口の入口にたどり着くためには、側面に伸びた蔦をロープ代わりに登る必要もあるけど……。排水口の入口は複数個所あり、排水口自体が城の地下に張り巡らされているため中を移動すれば、他の場所からも出入りが可能だ。

 城主クランなどに位置ばれし難いし、入口すぐにさえ置かなければ基本見つかる事はないし、敵方も態々つぶしに来ないだろうと言うことで、ここが一ヵ所目。


 二か所目は、城からは少し離れてしまうが騎獣ペットがいる事を踏まえて、街と城を繋ぐ街道沿いの森にある大木の洞の中だ。


 見つかりにくい場所で巡回がないと言えばここなのだが、森から城までは騎乗ペットに乗って片道五分はかかる。開始直前はここでもいいが、城内戦をやるには不利だ。後々フラグベースを置きなおす必要も出てくる。

 城までの距離が遠いため、復帰する最中に遠距離で狙われる可能性が非常に高いと言うリスクもあるので……微妙なところ。


 三か所目は、開き直って潰されるの前提で城の正面。

 最悪城主を移動させるときに奪取に失敗したあげく、乱戦になった場合はこの方法を使う。


 今のところこの中で一番効率がよく、ばれにくい場所はどこかと考えれば――。


『フラグベースは、デメテル城裏側地下の排水口の中におくから、合図したらそこに転移で』

『気をつけろよ』

『「皆いいなー?」』


 静かなチャットに違和感を覚えるが、これもまたクランの暗黙の了解なのだ。

 重要な時はPTチャットのスピーカー音声のみをオンにして、その他チャットは表示と音声入力のみにする。そのためクラメンの返事は全てクランチャットに表示される。


 一人デメテルへ転移した私の目的は、フラグベースの設置だった。

 時間ギリギリで行動するのには訳がある。攻城戦開始と同時に城主クラン以外のプレイヤーは全て街に戻され、更にフラグベースもまた時間を過ぎないと建てることが出来ないアイテムなのだ


 デメテルの街から城へと移動を始め、攻城戦の開始時間が過ぎたのを目視で確認した。ウルに乗り城の尖塔が僅かに見える場所まで来たところで、ウルを返す。


 そうして、自分にトランスパレンシーを入れた。

 すべての準備が整ったら、崖の中腹当たりにある足場を使って見つからないように目的の排水口を目指す。


 時間にして約十分。打ち上げられるディティクションスクロールに注意を払いながら排水口の中へ入った私は、細長く息を吐き出すと迷路のようになった石壁を奥へ進んだ。

 薄暗い道を進み、T字路を右に、そのまま奥に行けば突き当りになってしまう。そこで、道半ばで更に右へ曲がり、更に直進すれば隠れるのに丁度良さそうな崩れかけた壁が見えた。


 壁むこうを確認するため、中を覗き込む。

 崩れた壁以外は全てを土壁が囲んでる。高さは見上げる限り問題ない、広さも大丈夫なのでここなら位置バレもし難いし良いだろうと判断した。


 ディティクションスクロールを一枚放り投げ、マップを確認。他にこの通路を使っているクランがないことを目視で確認して、手のひらサイズのフラグベースを取り出す。


 手に持ったそれを部屋の中央へ置き「展開」と唱えれば、何もなかったはずの場所にクランマークの旗がついた野営テントが出現した。


『移動開始』


 私の声に合わせ、メンバー達が次々と姿を見せる。フラグベース内に居る限り、ディティクションスクロールをいくら打ち上げても敵方に私たちの位置がばれることはない。


『「各PTL、PTM確認しろ」』


 指揮を執る白の声に、先生、宮ネェ、チカが『いる』と答えた。


『「黒先頭、大和殿。城外門の手前あたりにある入口まで移動して、そこで様子見。ren、バフとトランスパレンシー頼む」』

『了解、ディティクションは三分~五分置き』

『おう』

『わかったよ~』


 私、黒、大和の順で返事をして、バフとトランスパレンシーを入れる。黒を先頭に、歩き出したメンバーたちについて、私も歩く。

 滴る水音と、金属がこすれる音だけが響いた。ほど良い緊張感が、皆の意識を集中させているのがわかる――なんて事があるはずもなく、クラチャの方では強化失敗の話で盛大に盛り上がっていた。



『「黒?」』


 先頭を歩く黒が足を止め、白が黒の名を呼ぶ。

 

『敵だ』


 短く答えた黒の声に、私はマップを確認する。だが、私のマップには敵が表示されていない。


『数は8、ワンパーティーってとこだね~』

『位置的に、多分上じゃないか?』


 黒と同じように確認したらしいティタが数を伝え、先生がマップを確認しながら地上にいるのではないかと進言した。


『「丸」』

『おう』


 名前を呼ばれた春日丸が、進行方向に走り去り数十秒の待機時間ができる。その間、誰一人動くことなく身を潜め春日丸の報告を待つ。


『地上だ。問題ない』

『わかった』


 短い会話で再び歩き始め、春日丸と合流。全員が範囲内にいることを確認しつつ足を止めないままトランスパレンシーを更新。

 そうして、敵方のプレイヤーに会う事もなく無事、城門の北入口へたどり着いた。すぐさま白の指示で、ミツルギさんと春日丸が周囲の偵察に動く。流石忍びと言うべきか、音もなく別方向へ走り去った二人はあっという間に姿を消した。


 私が出来る事と言えば、地下の排水口から上の様子をマップで探るこぐらいだ。敵方のプレイヤーの配置と人数を見る限り、まだ譲渡はされていないように思える。


『城門上、4っす』

『門裏、2』

『「チッ、遠距離上の近接下か」』


 二人からの報告に、舌打ちしつつ忌々し気に白が表情を歪める。うちの倍のPTが入り口付近に待機していると聞けば、そう言う顔にもなるだろう。


 今すぐに表立って動くことは出来ないと判断したらしい白は『このまま、待機。宗之助と風牙は、一度帰還して城周辺の偵察とフラグベース確認。ミツルギと春日丸はそのまま偵察』と指示を出した。

 それぞれが応と答える。新たな指示を受けた宗之助と風牙の二人は、街へ移動するためクランのフラグベースに戻っていった。

 残された私たちは、敵方が動くまでこのまま身を潜めることにした――。

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