第211話 最強はアップデートを楽しむ㉝

 雑魚処理が終わる直前、博士の失敗作が消え失せた。これで安全にボス攻略ができると皆が一様に喜びの表情を浮かべる。

 と、そこにロゼ、雪継の所の代表PTがそれぞれ補充で帰還するとPTチャットで報告が上がった。ボス部屋から外に出ていく面々がそうなのだろう。

 それを視界に収めながらクラメン達に補充があるかを確認した。


 黒、大和、ティタ、鉄男、と言った前衛組は砥石とHPPOTが、宮ネェ、チカ、さゆたん、キヨシはMPPOTが欲しいと言う返事があり急いで足元へ配る。

 通常のMPPOTはもうすでに底をつきかけているため濃縮しか余裕がない。後ほど料金を貰う事から、事前に許可を取る。今回配る分に関しては、昔作ったものなので値段的には店売りより安い分ましだろう。


[[ベルゼ] なぁ、やっぱりボス仕様変更来てるよな?]

[[宮様] ありがとう。お金が後で払うわね~]

[[村雨] 変更?]

[[ren] コカのレーザー時間と威力は上がってるように思う]

[[鉄男] ランタゲも多分変更後だと思うぞ~]

[[風牙] ここまでやってサモン落ちなかったら、二度とこねーわw]

[[大和] 確かに前はこんな酷くなかったよね]

[[ティタ] 俺も、メェメェで我慢するw]

[[ミツルギ] 前って結構楽勝でやれたっすね。

       野良で何回か来た事あるっすよ]


 ティタ……言い出しっぺがメェメェで我慢するとか言っちゃダメ。何のために、レイドをやってると思ってるの。欲しいって言ったから、来たんでしょ?

 沸々と沸く怒りに、言い出しっぺであるティタをジト目で見る。


 そんなティタの言い分は置いておいて、やはりアップデート前後での仕様変更は間違いないようだ。


『鎖そろそろ切れる。できるだけバラけろよ』


 黒の声にハッとして、周囲を見回し自分が孤立状態か確認した。

 …………確認するまでもなく、完全に孤立してた。安心したような、切ないような気分は何故なのか?

 なんて感想を抱きつつ、バフの更新をかける。

 蛇よりも硬く、HPが多いコカトリスは、まだ一ミリ程度しか減っていない。エフェクトが集中しすぎてタゲし難いのかもしれないが、ATKの皆さんには頑張って頂きたい。


『黒タイミング間違えないで欲しいである』

『わーってる!』


 ヘイトを飛ばす黒の手に、例のPOTが握られた。タゲを持ちつつPOTを投げるタイミングを計るのは難しそうだ。私的には、一番近くにいる黒がやりやすいだろうと考えて渡したのだが人選ミスだった。

 今更誰かに変更と言う訳にもいかないし、今回は黒に頑張って貰おう。


 キマイラを捕えていた鎖の発光が徐々に薄くなり、ボスが鎖を引き千切ろうと暴れる。それが数秒繰り返され、鎖がパリンとガラスのように割れ完全に消え失せた。


『離れろ!』

『距離取って』


 消えた瞬間、同時に黒と先生が叫ぶ。が、しかしボスはこちらが逃げる時間を与えるはずもなく、巨大な両腕をグルグルと振り回し近くのATK達を弾き飛ばした。

 上空に高く打ち上げられたATK達は、なすすべなく落下し硬い岩肌に叩きつけられた。紙装甲な上HPが少ない職は死亡、重装備且つHPが多い職の者達も見えるHPバーがミリと言う瀕死――あと一撃ボスに攻撃を貰えば死ぬと言った状態だ。


 ボス周辺が、ガラリと空き周囲で見守っていた参加者達が騒然とする中すぐに動いたのは先生だった。


『回復急げ、黒POTいける?』


 ハッとした表情の黒が、大きく跳躍したボスに向かい走る。その手には次に使う予定のPOTが握られている。至極真面目な顔をした黒が盾装備に剣を持たず博士のPOTを握る姿がとてもシュールで、思わず笑いそうになり視線を逸らす。


[[黒龍] 暫くPOT叩くから、ATK優先回復で]

『死者蘇生と回復急いで!』

[[ren] 宗之助、源次、ヒガキさん起こす]

[[宮様] チカ、回復優先させるわよ]

『死者、復活優先! クラン関係なく近場の死体起こせ!』

[[†元親†] k]

『起きたら壁際に行って、回復待たないでPOT飲んで』


 PTチャットでは先生とロゼが指示を飛ばす。

 博士のPOTを片手に持ち盾を装備したままの黒がHPPOTがぶ飲みしながら、暴れ狂うボスの元へ走りその手に持ったPOTを投げる。上手く当たった博士産POTが再びボスを足止めした。


 上がる回復のエフェクトを縫うように死んだ宗之助、源次、ミツルギさん、ヒガキさんの方へ走り、復活スクロールで起こす。見える限り他の死者達も起き上がっているのを確認して、バフを入れなおす。


[[宗之助] ありでござるよ]

[[源次] さんきゅw]

[[ミツルギ] ありがとうございまっす!]

[[ヒガキ] ありがとうございます]

[[聖劉] 四人とも装備の耐久確認忘れずにw]


 起き上がった人達が動き出すまで暫くの猶予が必要なようだ。その間、コカトリスへの攻撃は遠距離職が頑張っていた。

 コカトリスの顔の周囲にファイアー系――風属性に強いのは火属性――の魔法エフェクトが大量に上がっている。


 鎖が消えると同時に起こった混乱は、これでなんとかなったと言える。が、討伐が終わるまで何度も同じような状況になるはず……早急に何かしら手を打たなければ毎回これではアイテムが足りなくなる。


[[村雨] こわ! 死ぬかと思った!]

[[ティタ] やばっ! 逝くと思ったw]

[[ren] 先生、鎖が薄くなったら近接ATK下げて]

[[†元親†] MPがっ!]

[[キヨシ] 博士のPOT使えるけど、使えねーw]

[[大次郎先生] タイミング的にそれで間に合う?]

[[宮様] POT飲んでも飲んでも足りないわね~]

[[シュタイン] 何を言うであるか!]

[[ren] 時間見分ける方法が、それしかないから……]

[[源次] つか、ボスの攻撃ヤバすぎだろー。きいてねーよw]

[[大次郎先生] あぁ~。わかった、それで伝えてみる]


 クラチャで先生と軽く相談する。と言っても一方的に思いついた方法を伝えただけだが。それも至極簡単なモノでしかなく、被害が全くでない訳ではない。正直な話をすれば、被害者を少なくできればそれでいい。重要なのは、アイテムとMPの消耗をいかに少なく出来るかだ。


 ボスが暴れただけで、全体のMPが一気に三割まで減っている。MPPOTを飲むことで回復をしているようだが、間に合っていない。いい加減マナチャージを発動しようか考えて、次も同じような惨状になれば無駄だと思い直す。

 この討伐中マナチャージは一度しか使えない。なら、本当に危ない時に使うべきだ。


 先生が全員に聞こえるよう指揮チャットを使って”鎖の色が薄くなったらボスの周囲から離れる”よう指示を飛ばし、各クランマスターに徹底するようお願いした。

 そうこうしている内に、ボスの側を離れていた近接組がちらほらボスの周囲に戻り始め攻撃が再開される。

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