第188話 最強はアップデートを楽しむ⑩

 高さにして十五メートルほどありそうな重厚な黒ずんだ金属の扉。それを彩るかのようにくすんだ金で実験で使いそうな道具とローブとも白衣とも取れる絵が装飾されていた。

 

[[キヨシ] ドキドキだぁ!]

[[黒龍] でけーなw]

[[宮様] 大きいわねぇ~]

[[白聖] とりあえずは、試しだなw]


 ボス部屋の扉を見上げ、クラメン達が口々に感想を漏らす。

 そんな彼らに、バフを入れた。

 ここからは、初見のボス戦だと言う事を考慮して慎重に武器の属性を聞き、個別のバフを入れて行った。


 盾である黒・大和には地のソウル。

 攻撃職であるティタをはじめとしたクラメンには、雷のソウル。

 魔法攻撃職であるキヨシ・さゆたん・博士・ゼンさんには、氷のソウル。

 宮ネェとチカには聖のソウルを入れた。


 自分はどうしようか……と悩み、とりあえず氷のソウルにしておいた。

 プロテクトに関しては、闇属性は未だ入手できていない事から全員に闇属性防御のPOTを呑んでもらう。

 気休めにもならないだろうが、ないよりはいいだろうという判断からだ。


 バフが終わり、黒が周囲を見回し扉に手をかけた。

 重い金属音がなり扉が開く。

 注意深く中の様子を伺いながら、私たち以外に周囲に人がいない事を確認するためディティクションスクロールを使った。


[[白聖] 周囲ok]

[[黒龍] 入るぞ]

[[大次郎先生] 宗・風・聖・シロは罠の確認

       黒メインで、大和補助

       後衛はできる限り、魔法効果範囲限界で待機]


 先生の声に、全員が頷き各々の仕事を始める。ボスが沸くまでの残り時間すら分からない状況で、無駄口を叩くことはしない。

 

 私の仕事は言い渡されていないことで暇をもてあましてしまう。折角なので今後のためにもボス部屋全体を見回し、その構造を出来る限り覚える。


 正方形に近い石畳の室内はまさに実験室そのものだ。

 床にはオブジェクトであろう、ガラス片や紙が散乱している。

 壁際に十個ずつ並ぶのは、人が一人入りそうなガラスの容器。

 室内の中央は広く、四方の角から10Mほどの所に円柱の柱? 台座? のようなものが四本置かれていた。

 確実に、何かしらに使うであろうそれをみながら他にも何か無いかを探す。


[[宗乃助] 罠は無いでござるよ]

[[聖劉] こっちも無し]

[[風牙] なし]

[[白聖] なかったわw]

[[大次郎先生] k]

[[†元親†] この柱怪しくね?w]

[[宮様] バリア効かない魔法でもあるのかしら?]

[[シュタイン] 確実に何かには使いそうである]


 チカも私と同じような感想だったらしく、柱をシゲシゲ見ていた。

 それに反応した、宮ネェの言葉に嫌な予感を覚えた。


 部屋の広さは私の体感的に、学校の教室より多少広い程度の広さしかない。

 そこで、バリアが効かない攻撃を仕掛けられた場合、この部屋は狭く走って回避するのは不可能だ。

 もし、柱を使って攻撃を防げと言う意図で置かれているのであれば、各自四方の柱の側で攻撃した方がいいかもしれない。


[[村雨] 柱の側でやるか?]

[[大次郎先生] 一度目は中央でやろう。

       まだこの柱を使うって決まった訳じゃないしな]

[[黒龍] どう思う?]


 黒が私の方をみながら、問いかけた。

 迷うまでもなく、一度目は死に戻り覚悟で中央でやる事を選択する。

 ただし、遠距離攻撃職には柱の側で攻撃して貰う。

 

[[ren] 中央で、遠距離だけ柱側で]

[[源次] 理由は?]

[[ren] もし、その攻撃が来た時に柱の側でやってたとしても

    柱の大きさ的に全員が一本に隠れるのは無理。

    距離が均等じゃ無くなれば、逃げ遅れるから]

[[ティタ] 確かに、これに近接が全員は無理だねw]

[[ren] 攻撃が来た時用に、走る柱は決めておくべき]

[[ベルゼ] なるほどな!]

[[大次郎先生] 分かった。走る柱決めておこう]


 柱の大きさは、人が二人並んでギリギリ隠れられる位の大きさしかない。

 最大二十四人までのレイドで、柱が四本と言う事は、一本につき六人だと考えておけばいい。

 全員が納得したように頷き、了承した事で隠れる柱を決めた。


 入り口の扉の左の柱に、シロ・ティタ・村雨・ミツルギ・源次・聖劉

 入り口の扉の右の柱に、風牙・鉄男・ベルゼ・春日丸・私・

 奥の左の柱に、黒・大和・先生・ヒガキさん・宮ネェ・キヨシ

 奥の右の柱に、チカ・さゆたん・博士・シロ・宗乃助


 入り口側に、移動速度がある種族であり職業のメンバーにする。

 そして、奥の方にタゲを取る盾や回復、慣れていないヒガキさんやゼンさんを回した。

 隠れるかもしれない柱への指示が終わり、黒へ中央では無く少し奥へ引いてくれるように伝える。


[[ren] とりあえず、これで行ってみよう。

    黒、ヘイト入れたら2Mぐらい奥に引いてからにして]

[[黒龍] k]


 黒が返事をしたのに少し遅れて、視界が暗転する。

 見えない視界の中、少しの浮遊感を覚えた。


「来るぞ!」「KIAIいいれてけよー!」先生と村雨の二人が実に楽しそうな声を上げた。


 視界が戻りまず見えたのは、黒のヘイトだった。

 その光に釣られるように視線を向ければ、そこにはボスであるクリュエル トレラが立っていた。


 その姿は、一見ただの中年太りのおっさんだった。


 身長は、私より数センチ高い程度なので多分165~170の間だろう。髪は、ボサボサの白髪混じりの茶髪。グルグルの瓶底眼鏡に、ぼうぼうの髭。

 たるんだお腹の贅肉がありありと分かるうすい茶色のTシャツの上に、こげ茶や緑の汚れのついた白衣を着こみ、ぱっつんぱっつんのスラックスを履き、裸足に便所サンダルと言ういで立ちだ。

  

[[黒龍] リッチじゃねーじゃんw]

[[風牙] 普通におっさんだなw]

[[キヨシ] だるんだるん!]

[[宮様] え? これがボスなの?]

[[ヒガキ] これが、ボスですか?]

[[さゆたん] サンダルでしゅwww]

[[源次] 気が抜けるわw]

[[大和] でも、ボスだからね?]


 大和の声に、ハッとボス戦である事を思い出し、カウント途中の個別バフを再び入れた。

 ないわーと言いたげな表情で、再び黒がヘイトを飛ばし斬り付ける。

 それを何度か繰り返した所で、ボスが漸く動き出した。


 首から上が360度回転し、元に戻る。両手を広げ、愉快そうに口の端を持ち上げた。


【 くふふふふ! 生贄だ! 】


[[†元親†] ちょ! キモ!]

[[ゼン] 一周しましたね……]

[[村雨] 口臭きつそうだよなー]

[[ベルゼ] それ言うなら、体臭もねw]

[[シュタイン] 来るである!]

[[大次郎先生] 全員、集中しろ!]


 どう見ても気持ち悪い! そう思わざるを得ないボスの様子に、博士と先生がカツを飛ばす。

 その声に、皆の顔が引き締まった。


 トレラは黒に斬られながら、再び首をぐるっと回し狙いを定めたのかさゆたんの方へ顔を向けた状態で停止する。

 首から上が、背中の方を向いたままのトレラが今度は、身体を回しさゆたんへ向かい走り始めた。


【 ゲヘヘヘヘヘ! 見つけた、かぐわしい香りだ。 】


「ま、まさか……あたくちでしゅか!」


 まさか自分にタゲが来るとは思っていなかったであろうさゆたんが、顔を引き攣らせ数歩下がる。

 それと同時に、迫るトレラの様子に白チャでポツリと言葉を零し、必死の形相で走り始めた。


 出来る限り黒の周りを走りながら、トレラから逃げるさゆたん。

【 ぐふっ、あがっ! 】と苦しそうな呼吸をしながらも、その足を止めないトレラ。

 そんなトレラをなんとか止めようと、黒と大和がヘイトを飛ばす。

 飛道具を使える宗乃助・風牙・ミツルギさん鉄塊を飛ばし、シロ・聖劉が弓で攻撃しつつ足止めを試みる。


[[キヨシ] 幼女趣味だったか……]

[[源次] まさかのロリコンか……]

[[鉄男] 中身は妻子持ちの既婚者だけどな!]

[[宮様] バカ言ってないで、あんたたちも攻撃しなさい!]

[[さゆたん] キモイキモイキモイきもっっっ!]

[[大次郎先生] キヨシ・ゼン。ダメもとでガム!]


 先生の指示に、キヨシがガムを詠唱し発動させた。それに一歩後れ、ゼンさんもガムをトレラに使う。

 魔法のエフェクトがトレラを包み込むが、エフェクトはあがらなかった。見た目や行動はどうあれ流石は、ボスだ。此方のデバフは、まったく効かない。

 これは、私もデバフを試してみるべきだろう。そう思った時だった。トレラが、足を止めその場から動かなくなった。


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