第31話 撃たれた加我と、撃った謎の女

 冷治は紫村と会っている時に聞こえた物音の源を探すため、階段を駆け上がった。

 音が聞こえたのは真上から、少しずれた位置だった気がする。

 最上階に来た冷治は、先ほどいた教室の真上の順に覗き込んでいった。

 すぐに窓の割れた教室が見つかった。

 ぐちゃぐちゃになった机の間に、うずくまっている加我と、その横で荒い息を吐いている菅原涼の姿がある。

「なにがあったんだ?」

 話しかけながら近づくと、加我の脚から血が流れ出しているのが見えた。右の太ももと、足首の二ヵ所からかなりの血が出ている。

 彼の横に銃が落ちているのを見て、冷治の背中に冷たい感覚が走った。

「わからない。冷治くんがメッセージを見て小学校まで飛んでいこうとしたら、加我さんが誰かと銃を撃ち合ってたの」

 日本の住宅地での銃撃戦などなかなか見られる光景ではない。

 車を盾にして銃を撃つ加我へ、知らない女性が平然と近づいていったそうだ。まるで銃弾が自分に当たらないことを知っているかのように。

 実際、女性には銃撃が一発も当たらなかった。

 車の上に飛び乗った時、加我は攻撃を諦め別の物陰に移動を試みた。けれど、焦っていたのか加我は突然足をもつれさせて転倒した。

 女のほうが持っていた銃から何度も弾丸が飛び出して、そのうち2発が加我の胴体に、1発が脚に命中した。

 菅原涼が加我のもとにたどりついたのは、被弾した直後だったという。

 彼の体を抱えあげて、冷治たちがいるはずの小学校へと逃げてきたらしい。

 話している間にも、加我の体からは血が流れていた。

 止血しなければならないが、どうすればいいのか。

「……なにか……紐状のもので右脚の付け根を……縛ってくれ……」

 痛みをこらえているせいだろう。とぎれとぎれの声で加我が頼んできた。

 といっても、紐状のものなど都合よく持ってはいない。教室の後ろにある棚へとスマホを向けると、なわ飛び用のなわがあった。

 それでどうにかなるかはわからなかったが、とりあえず力任せに縛る。

 加我が痛みに叫びを上げた。

「すみません!」

「気にするな……きつく縛らないと……止血にならない……」

 一番出血が多いのは太もも部分だが、体全体で見れば他にも傷があった。

 スーツの胴体にも2つの弾痕があるが、血が出ていない。たぶん防弾チョッキなどをつけているのだろう。

 縛った後、どう手当てをすればいいのかわからなくて、冷治は菅原涼を見た。

 スマートフォンを取り出し、彼女はメモを見ているようだ。

 影井の連絡先を確かめているらしい。

「長谷部と影井に……伝えてくれ……『クリスタルボックス』が来たと……それで二人には通じる……」

 加我の言葉が言い終わる前に、菅原涼はすでに影井へと電話をかけ始めていた。

「なんなんですか、クリスタルボックスって?」

 冷治の問いに答えはない。加我はすでに意識を失っているようだった。青ざめた顔をしているのは、血が足りないせいか、それともここが暗いせいなのか。

(影井さんはいいとして、長谷部さんの連絡先が分からない……せっかく会えたんだから、電話番号を聞いておくべきだった。なにやってるんだ、俺は!)

 スーツの懐に手を突っ込み、冷治は加我の懐を探り始めた。

 加我の携帯電話には連絡先がおそらく登録されているはずだと考えたのだ。

 スマートフォン自体はすぐに見つかった。

「……ダメだ、ロックされてる」

 当然と言うべきか、加我の電話にはロックがかかっていた。

 指紋認証にでもしれくれていれば、解除できたのだろうが……。

 操作できないスマホを放り出す。

「冷治くん、影井さんに連絡したんだけど……二言だけ言われて切られた」

「なんて?」

 声を聞きながら、冷治は破壊された窓に駆け寄って、外をながめた。

 今のところ、加我を襲った何者かが学校の周辺にいるようには見えない。

 だが、すでに学校に入り込んでいるのかもしれないし、どこかに隠れている可能性もありえる。

 菅原涼が告げた。

「交戦中、連絡不能……だって」

 振り向いた。冷静な彼女には珍しく、戸惑った顔をしている。

 加我を襲った誰かと同じ相手だろうか。それとも、未知の敵がまだいるのか……。

 結局のところ二人はまだ、なにもわかっていないのだ。

「わかった。菅原涼、何度も大変だけど加我さんを病院に連れてってくれないか。俺は長谷部さんのところまで行ってくる」

 来るなとは言われていたのは覚えていたが、行かないわけにはいかない。

「大丈夫?」

「不意打ちじゃなければ、俺はたぶん銃を一発や二発喰らっても平気だと思う」

「……無茶しないでね」

 冷治は無言で頷いて見せた。

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