第30話 燃える感情を呼び起こす存在
話しながら、二人は四階建ての校舎の三階まで上がってきていた。
教室の一つからガタンという音が聞こえた。
長谷部と顔を見合わせてから、音が聞こえた教室へと向かう。
「紫村、いるのか?」
覗き込んだ教室の中、スマートフォンが発する光が突っ立っている紫村赤音をかすかに照らす。
目を丸くして、冷治を見ている。
「なんで……?」
暗い教室の中で、彼女は呆然と口を開いた。
「よく聞け、紫村! この人は、見た目はヤクザかマフィアみたいだけど、政府の人なんだ。悪人じゃない」
「……てめぇ、んなこと思ってたのか」
横で剣呑な声が聞こえたが、気にしている場合ではなかった。冷治は紫村に近づき、さらに言葉を続ける。
「この人たちは、君を……いや、君や俺たちを助けに来たんだよ。だから、もう逃げないでくれ、紫村!」
真剣な声で、冷治は呼びかけたつもりだった。
けれど彼女は最初からその言葉を聞いてなどいなかった。
「なんで、レイちゃんがここにいるの……! レイちゃんなんて、菅原さんと一緒にいればいいのに!」
教室の中に赤い光が生まれる。
少女の短い髪が逆立っているのが見える。
黒い瞳が緑色に光ったかと思うと、彼女がまとった赤い光は炎へと変わっていた。
「おい、青山! 下がれ!」
消火器を操作しながら、長谷部が叫ぶ。
白い煙のようなものが教室の中にまき散らされる。
だが、一瞬鎮火しても、すぐにまた炎は広がり始めた。
「落ち着け、紫村!」
「うるさい! うるさいうるさい! レイちゃんなんて大嫌い!」
わめき散らすたびに、炎が強くなっていく。
上の階から、ガラスの割れる音が聞こえたのはそのときのことだった。
「なんだ?」
長谷部と冷治が思わず上を見上げた。
その隙に、紫村は二人を避けて教室から飛び出してしまう。とっさに長谷部が伸ばした手も少女の背には届かない。
「紫村!」
追いかけようとした冷治の肩を長谷部がつかむ。
「待て、青山。お前は上の階を見てきてくれ。あいつのことは俺に任せろ」
「え? いえ、けど……」
「プロに任せろって言ってるんだ。お前がいたら、紫村ってやつは感情的になっちまう。わかるだろ?」
落ち着いた声でさとされて、冷治は反論することができなかった。
わかっている。一度は落ちついていた紫村の炎が再び燃え上がったのは、他でもない冷治がここにいるからだ。
「……はい」
頷いた冷治の肩を叩いて、長谷部は教室を出る。
冷治は一歩遅れて、階段へと走り出した。
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