第29話 かつて助けられなかった男

 一分ほどして長谷部も校舎内に入ってきた。

「おかしいな、加我のやつから返事が来ねぇ」

 ガラケーの画面をながめながら長谷部が言う。

「紫村を探してて、気づいてないんじゃありませんか?」

「まあ、そう……だろうな。だいたい仕事の連絡には即返事を返してくるやつなんだが……」

 とはいえ、手が放せない場合もあるだろう。加我は車から降りなかったはずだから、運転中なのかもしれない。

 実際にはこのとき、加我と菅原涼は厄介な状況に陥っていたのだが、もちろんそんなこと冷治たちの知るよしもない。

 隠れるならおそらく、一階は選ばないだろう。

 二階に上がった冷治たちは、スマホをライト代わりに掲げながら教室を端から一つ一つ覗いていく。

 Uの字を角ばらせたような形をしている校舎内を見ていると、ずいぶん懐かしく感じる。どこになにがあるのか……すぐに思い出すことはできなかった。

「小学校って、なんだかスケールが小せぇ感じだよな。何でだろうな」

「机や椅子が小さいからじゃないですか?」

「ああ、そうかもな」

 自分が使っていた教室はどこだったろうか。

 冷治は覗き込みながら考えたが、思い出せなかった。ましてや、紫村の教室などなおさら覚えていない。

 いつの間にやら、長谷部は学校の備品であろう消火器を確保していた。

 どこかが燃えていたら使うつもりなのだろう。

 二階の教室を端から順に探しながら、冷治は長谷部の話をさらに聞いていた。

 殺してしまった発火能力者の話だ。

「カップルでよ、野郎のほうが問題の発火能力者だ。で、彼女はバリア……小型の見えない壁っつーか、箱を作る力があった」

 女のほうの説得は簡単だった。しかし、すでにいろいろやらかして逃亡生活を送っていた彼氏のほうは、そうはいかない。

 最終的には暴走して大災害を引き起こしかけるところまで行ってしまった。

「焦った俺らは、思いついちまったんだ。燃えるものがなくなれば止まるんじゃないかって」

 彼女のほうが彼氏を箱に閉じ込めてしまえば、炎は外に出られないし、いずれは止まるはずだ。そう考えたことを長谷部は告げた。

 問題点には誰も気づかなかった。

 そして、残念なことにこのアイディアはうまくいってしまった。箱の中の燃えるもの……すなわち酸素がなくなった。

 酸素がなくなれば炎は止まる。同時に、中にいた男は呼吸できなくなる。

 結局、一酸化炭素中毒と酸欠で、男は死んだ。

「間抜けな俺らもそれなりに反省したってわけだ。これからはもっと慎重に行動して、無駄な犠牲者は出すまいってさ」

 長谷部は大きく息を吐いた。

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