第28話 目撃された発火能力者
紫村赤音の姿を求めて、冷治は走っていた。
目的の相手は見つからない。
ただ、図書館のそばにある公園に走り込んだとき、冷治はそこに大柄な男の姿を見つけることができた。
「……長谷部さん」
「よう、兄ちゃん。いや、アオヤマレイジだったっけか」
右腕に包帯を巻いているのは、昨日冷治と格闘したときの怪我だろう。
もっとも、長谷部丈司がそのことを気にしている様子はなかった。
「ショートカットの女子高生を探してるんだが、見なかったか? たぶんお前さんと同じ学校の生徒だと思うんだが」
「いえ、俺も探してるところです」
「あんまりお勧めできねえぜ。連続放火犯だ」
悪気があって言っているのではないだろうと思うが、それでも冷治は長谷部の言い方に強い不満を感じた。
「自分の意志で火をつけたわけじゃないはずです!」
「わかんねぇぜ。……ま、俺もそうだろうとは思ってるんだが」
強い視線を感じた様子で、長谷部は肩をすくめた。
「本気で俺らに協力する気なんだな?」
「その通りです。長谷部さんは、犯人を見たんですね?」
「ああ。次に被害がありそうな建物に当たりをつけて見張ってたら、しっかり正解を引けたってとこだ」
頑丈そうな顔を動かして、彼は周囲を見回して見せる。
「けど、この辺りで見失っちまった。ありゃたぶん普段からなんか運動してるな」
紫村がバスケットボール部の部員であることを、冷治は思い出した。
とりあえず公園を出た冷治へ長谷部が並ぶ。
「昨日俺たちにやったみたいに、動きを見抜いてみればいいじゃないですか」
「馬鹿言うな。あれがはったりだってことくらい、お前さんだってわかってるだろ」
もちろんわかっている。
最初に見つかったのは単に駅の全入り口に似たような仕込みをしていて、たまたま長谷部が担当していた場所を冷治たちが使っただけだろう。
その後の追跡は、どこか見晴らしのいい場所にいた影井が双眼鏡かなにかで監視していただけだ。影井の姿は見ていないが、どこにいたって彼女は見えなかったことをもう知っている。
おそらく影井がいたのはさっき燃えたマンションだっただろう。このあたりでは、あの建物が一番高い。
自分たちを強力な存在だと思わせて、冷治や菅原涼から逆らう気を奪うつもりだったのだろう。
「能力でなんとかできないんですか?」
「俺の能力は、ろくに役に立たねえよ。今回に限った話じゃなくな」
強がりではなく、どうでもよさそうな調子で長谷部は答えた。
いちおう教えてくれた彼の能力は『ボマー』と呼称されているらしい。その効果は、考えただけで位置を把握している爆発物を爆発させられるというものらしい。
とはいえ、そもそも爆発物というのは意図通りに爆発するよう作るものだ。何事も使いようではあるが、あまり意味がない能力だと彼は語った。
なにより、この平和な日本で爆発物を扱うのは目立ちすぎる。
説明している長谷部の口調から、不満は感じられなかった。
異能の力など彼は大して頼りにしていないのだろう。
彼は何歳なのだろうか? 三十代以上の能力者は少ないと影井は言っていたが、見た目からすると三十路を越えていてもおかしくない気がする。
老け顔なだけで二十代前半……とは思えない。若くても三十手前くらいか。
図書館を覗きに行った冷治に長谷部はついてきた。
もっとも、図書館の営業時間はとうに終了していて、入り口は開いていない。
機体はしていなかった。制御できない発火能力を抱えたまま、図書館に行くほど紫村も考えなしではないだろう。
「犯人が火をつけるところ、見たんですか?」
「ああ。なんか赤く光りながら、建物の中に走り込んだんだ。追っかけてったら火に包まれてるところが見えた。その火が建物に燃え移った」
言い逃れしようもない状況だ。
見られたことに気づいて、彼女は燃えたまま突っ込んできた。
長谷部はもちろん捕まえようとしたが、火の勢いが激しく近づけなかったらしい。
走っている間に火は徐々に消えていったようだが……。
「次はどこに行くかな……あのマンションの建物よりでかくて頑丈そうなのは限られてると思うが」
「どういう意味ですか?」
「あの姉ちゃん、一回やらかすたびに次はもっとでかい建物を選んでるからな」
長谷部が肩をすくめた。
「でかいほうが燃えにくいと思ったんだろうが、きっちり全部焼いてやがる。目をつけられても仕方ねぇな」
冷治は燃えたマンションの、普段の姿を思い出そうとした。
ここ数年くらいでできた新しいものだった気がする。
それよりも大きな建物はなにかあるだろうか?
周囲を見回すが、あのマンションより高い建物は思いつかない。
ただ、周りの建物の向こうに、懐かしい建物が見えた。
「燃えにくそうではないですけど、隠れ場所がある建物ならあります」
「どこだ?」
「小学校です。俺が昔、通ってた」
「当てもねぇしな……。とりあえず、行ってみるか」
長谷部を案内しながら、冷治はかつて歩きなれた道を進む。
「なあ、あいつもその小学校に通ってたのか?」
「は……さあ、わかりません」
思わず頷きかけて、冷治はあわてて首を振った。
「あの姉ちゃん、泣いてたぜ。膝を抱えて、駐車場の端でコンクリート地面に座り込んで、声を殺して泣いてた」
「そう……ですか……」
絞り出すように言った冷治を見て、長谷部は言葉を続けた。
「あのな、青山。忘れてるかもしれないから教えておいてやるけど、最初にお前と会ったとき、俺はあの姉ちゃんとも会ってるんだぜ」
指摘されて、冷治は思い出した。
「忘れてました……。長谷部さんは、紫村が俺の友達だって知ってるんですね」
「ああ。そして、放置できない危険な能力でも、悪意を持って使う意志がないなら、俺たちは極力保護するつもりでいる。上がどう考えてるかはわからないが、俺や影井や加我……現場の人間はそう思ってる」
淡々と告げる長谷部の横顔には、陰があった。
「どうして……ですか?」
「前に、助けると約束したやつを殺しちまったことがあるからな。そいつも発火能力者だったんだが……」
ため息をつくように、彼は息を吐いた。
過去にきっとなにかあったのだろうが……それを確認する前に、二人は学校にたどりついていた。
「紫村……ここにいるのかな」
当然ながら、とうにすべての児童が下校しており、人の気配は感じられない。
「さあな。いなきゃいないで気にすんな。お前が会ったのは影井と加我だけだろうが、他に十人近い人数が町中探してる。ここにいなければ誰か別の仲間が見つけるはずだ。ただ、いるなら見逃すな」
「はい……わかりました」
玄関の鍵は開いていなかったので、次に中庭に通じる入り口へと回る。
扉の鍵が壊れて、開いているのを二人は発見した。
ただ壊れているだけではない。
金具が高熱で歪まされて、壊されているのだ。
「当たり、だな。ちょっと待て」
長谷部は懐から携帯電話を取り出した。
今どき珍しい、二つ折りの携帯電話だった。
影井や加我へとメールを送っている間に、菅原涼にもSNSでメッセージを送った。既読状態にはすぐなったが、返信は来なかった。
長谷部がまだ動かないので、冷治は先に扉を横に引いて開ける。
四年前は毎日見ていたはずの空間なのだが、闇のせいかまるで異世界のように感じられた。
「……紫村」
声を出してみた。
答えは、なかった。
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