第26話 奇妙な炎上事件

 遠くで消防車のサイレンが鳴っているのが聞こえてきた。

 影井が走っていく。

 それほど運動が得意なタイプには見えない彼女だったが、意外と足は速い。

 空中を滑るように移動する菅原涼は、悠々とそれに追随していた。

 置いて行かれないように、冷治は必死に走る。

「移動手段とか……なにかっ、ないんですか?」

 少し息苦しさを感じながらも、影井に問いかける。

「もちろんあります。今は合流のために向かっているところです」

 どこに向かっているかわからないまま、とにかく追いかけていたが……落ち着いて確認してみると、このあたりで一番大きな道路へと向かっているようだ。

 交差点に黒塗りの車が停まっていた。

 影井が走りながらスマホを操作すると、助手席の扉が開いた。

「後ろのドアも開けてください」

 飛び込みながら影井が告げた。

 開いた後部座席に、空中で一回転しながら菅原涼が入る。

 少し遅れて、冷治もどうにか車に乗った。

「閉めてください」

 運転席に座るグレーのスーツを着た男が言った。

 すぐに扉を閉めると、男は車を発進させる。

「菅原さんと青山さんですね。加我と申します。よろしくお願いします」

 手際よく車を走らせている彼は、手際悪くシートベルトを締める冷治に名乗った。

「あ、はい、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 冷治に続いて、落ち着いた様子で菅原涼も挨拶を返した。

「加我さんにも……あの、『呪い』ってやつがあるんですか?」

「いえ、私はただの公務員です」

 斜め後ろから見る加我の顔にはこれといった表情が感じられない。

 だから、彼がこの仕事のことをどう感じているのか、よくわからなかった。

「火事が起きているんですよね? ただの火事じゃないってことですか?」

 菅原涼が聞いた。

 加我がどんな人物かを気にしている場合ではない。冷治も影井の返答を待った。

「それを確認するのが私たちの仕事でした。最近一ヶ月ほどの間に七回……いえ八回の火事がこの近辺に集中しています」

 もっとも、市全体で見れば火事は平均して一日に一件以上は起きている。

 十月は統計上、火事が増え始める時期だ。だから、頻発していること自体は不自然ではないのだという。

「発生地域が偏りすぎていることが一つ。それ以上に重視されたのが、発火個所に可燃物がなかったにも関わらず、いずれも規模の大きな火災になっていることです」

「能力が使われた痕跡……とか、あったんですか?」

「そんな都合のいいものはありません。ただ、発火点として特殊な状況が続いていたのは事実だそうです。私もちゃんと理解できているわけではないので詳しい説明はできませんが……」

 説明されても理解できないと思ったので、それはありがたい話だった。

「こちらからも聞いておきたいことがあります。同行を申し出たのは、発火能力者に心当たりがあるからですか? もしそうなら、教えていただけるとありがたいです」

「いえ……ただ、放っておけないなって、思っただけです。ヒーロー願望ってやつですよ」

「優しい人なんですよ、冷治くんって。だから好きになったんですけどね」

 のろけにしか聞こえない言葉で、菅原涼がフォローしようとしてくれているのはわかった。

 その彼女の顔を加我がルームミラー越しに見ていることに冷治は気づいた。

 運転しながら、ずっと観察していたのだろうか。おそらく……いや、間違いなく自分も見られているのだろう。

 仮になにか見抜かれているのだとしても、加我の無表情からそれをうかがうことはできなかった。

「わかりました。でも、なにか思い出したら教えてください」

 加我ではなく影井が言った。

「……あなた方の学校付近でも同様の発火事件が2件発生していたことを本日確認しました。私たちはお二人と同じ地域に住む、同じ高校の生徒だろうと考えています」

 自分の体が一瞬、震えた気がした。

 だが、動揺を顔に出すわけにはいかない。

 幸いなことに、もう現場に到着するところだった。

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