第25話 流星の呪い
二人がなにも言わなかったので、影井はそのまま話を続けた。
「少し前提となる話をしましょう。七年前、赤と青に光る流星群が日本を始めとするアジア圏で観測されました。ニュースなどにもなりましたが、覚えていますか?」
冷治も菅原涼も首を横に振る。
「もしかすると学校で習ったことがあるかもしれませんが、流星というのは主として彗星から飛び出したチリや小石が空気との摩擦で発光したものだそうです」
彼女自身もただ、人から聞いた話をそのまま伝えているだけだと前置きをしてから、影井はさらに言葉をつづけた。
「その流星群はこれまで観測されたことのない二つの天体から飛び出したものなのだそうです。太陽系外から来た星である可能性もあるということです」
二つの小天体は、地球近傍で最接近した。接触したのかもしれない。
結果、大量のチリが流れ星となって地球に降り注いだ。
「問題は二つの天体が、それぞれ地球には存在しない物質を含んでいたことです。しかもその二つが反応しあうことで、人類や人に近い身体構造を持つ生物に異変を引き起こすことがわかりました」
「異変?」
「それがつまり、私やあなた方の力をもたらすものです。変化の進行度合いは個人差が多く、今は少数ですがいずれは人類の多くがなんらかの超常的な力を得るものと予想されています」
現在のところは五万人から十万人に一人程度しか存在していない。ただ、その数は今後加速度的に増えていくという。
また、今のところ若年者ほど発現しやすいのではないかと言われている。国内で確認されている能力者のほとんどが二十代以下で三十代以上の者は少数らしい。
「いずれ数が増えた際に起こるであろう混乱を最小限にするため、そして危険な能力によって引き起こされる危機を未然に防ぐため、政府が秘密裏に発足した組織が私たちの所属する『ハルモニア』です」
言葉を切って、彼女はまたコーヒーを一口飲んだ。
「私たちは力のことを『流星の呪い』と呼んでいます。『流星の祝福』と呼ぶ方々もいますが……」
大きな息とともに、影井は言葉を吐き出した。
「ええと……正直言って、かなり現実感がない話なんですけど、本気で言ってますか?」
「私が一日であなた方の個人情報を調べて、さらに生徒でもないのにあなた方の学校の制服を調達することができた事実から、冗談の範囲を超えていると察していただきたいです」
冷治の問いに影井は答えた。
「あ、やっぱり、うちの生徒じゃないんですよね、影井さんって。ちょっと気になってたんですけど……姿を消せるのに、なんで制服着てるんですか?」
菅原涼はたぶん何の気なしに聞いたのだろう。
しかし、影井は頬を染めて横を向いた。
「……監視カメラ対策です。生物から視認できなくすることはできますが、機械はごまかせないんですよ。二十歳になって制服はどうかと思ったんですが……」
「えっ、二十歳なんですか!?」
冷治は思わず驚きの声を上げていた。制服を着ているので、特に疑問も抱かず高校生なのだろうと思っていたからだ。
「あまり……大きな声で言わないでください。……恥ずかしいです」
「確かに、二十歳で制服はちょっと恥ずかしいですね……」
菅原涼に追い打ちをかけられて、影井はテーブルに突っ伏してしまった。
「とに……かく……。荒唐無稽ではありますが、私の話は残念ながら事実です。それを……できればまず、受け入れてください。あなた方についてはそれで充分です」
テーブルに手をついて体を起こしながら、彼女は言った。
「それと、もし可能なら情報提供をお願いしたいです。私たちの本来の目的はこの近辺にいるもう一人……いえ、最低二人の能力者なので」
うち一人は紫村なのだろうか。
菅原涼のほうを横目で見た。彼女も同じようにするのを見て、おそらく考えていることは同じだと冷治は思った。
さらに言葉を続けようとした時、影井の懐で音が鳴った。
「……失礼、長谷部からです。どうかしましたか? ……わかりました。すぐに行きます」
スマホを取り出して、影井は短い会話を交わした。
「大変申し訳ありませんが、用事ができました。できれば連絡を取れるようにしていただきたいので……」
お客様からのご意見をお聞かせくださいと書かれたメモ帳を一枚取って、彼女は素早くボールペンを走らせた。書いているのはおそらく携帯電話の番号とメールアドレスだろう。
「時間があるときで構いませんので、メールか電話かしてください」
「……なにかあったんですか?」
冷治は聞いた。
「探していた能力者の一人が、また事件を起こしました。火災が起きていますので、近づかないように……」
「俺も行きます」
言葉をさえぎって冷治は告げる。
「……私も、付き合います」
菅原涼が冷治の手を握った。
手早く会計を済ませて領収書を受け取り、影井と共に二人は走り出した。
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