第24話 誰にも見えない女
自らの力を披露してから、さらに影井は言葉を続ける。
「あなたがたに空飛ぶ力や怪力があるように、私にも特殊な力があります。長谷部にも」
告げたかと思うと、彼女の姿が消えた。
椅子の後ろから、肩を叩かれる。影井が移動していた。
そして、すぐにまた消えて、元いた席まで戻る。
「テレポートしてるってこと……ですか?」
「そんなすごい能力じゃありません。単に、私の存在を視認できなくしているだけです」
答えると同時に、また影井の姿が消えていた。
「手を伸ばしてください」
虚空から聞こえた声に従って、冷治と菅原涼はテーブルの上に手を伸ばす。
柔らかい、人肌の感触が手に触れた。
「私はここにいます。でも、あなた方には見えないはずです。……言うのがまだ少し恥ずかしいのですが、便宜上『シャドウストーカー』と呼称されています」
「十分にすごい能力だと思いますけどね。……名前は、確かに恥ずかしいですけど」
影井の姿が見えてきた。
透けるように白い頬を少し赤く染めていたことに、冷治は気づいた。
「不便な能力ですよ。すでに認識されているかもしれませんが、私やあなた方が持つ力は、意識的に抑えることはできるものの、完全にオフにしてしまうことはできません」
形の良い眉を寄せて言う。
もっとも、なんらかの条件下でしか能力が発動しない者もいて、そういう類の人物が意図的に条件を満たさないようにすることは可能だと彼女は続けた。
「常に気を張っていないと私の姿は誰にも認識できなくなります。うっかり街中でぼうっとしたりすると、途端に人に体当たりされる生活です。便利とはいえないでしょう」
なるほどと、冷治は相槌を打った。
「そうですよね……本当に、不便だと思います」
しみじみとした菅原涼の声も聞こえてきた。
冷治はあまり気にする必要がないので実感がないのだが、二人はかなりの苦労をしているようだ。ストレスが溜まっているのだろう。
「菅原さんも常に能力を発動しているんですね。青山君は?」
「俺は、大声を出してる時だけです。力が強くなるのは」
正確には違うと考えているが、とりあえず冷治はわかりやすそうな説明をした。
実際はおそらく『精神の高揚度合いに応じて』力が強くなっているのだと思っている。大声を出すと気分が高揚する。原因と結果が逆なのだ。
影井は特に疑問を持たなかった。
「それじゃ、意図的に使う使わないを選べるんですね。いいなあ……」
彼女はどうやら、本当に苦労しているらしい。
さっき言っていた、『ぼうっとすると体当たりされる』というのはきっと実体験なのだろう。しかも一回や二回ではなさそうだ。
「正直に私の力について話している理由は二つあります。そのうち一つは、私のことを信用していただきたいからです。あなたがたに対しては危害を加える気はありません」
「もう一つは?」
「……ある意味で被る理由ではありますが、私の能力を知っている人は、私の能力が効きにくくなります。だから味方には伝えるようにしています」
「俺たちが味方になるかどうか、まだわかりませんよ」
「敵にならないでいただけるならかまいません。……そもそも、敵とか味方とか、そんな話をする領域に来ない選択もありますし」
冷治や菅原涼は飲み物にも食べ物にもほとんど手を付けていなかったが、影井は気にせずコーヒーを飲みながらしゃべっていた。
「選べるんですか?」
「あなた方はたぶん大丈夫です。ある程度の監視はつくことになるでしょうが、社会的に問題とされる類の行動を起こさなければ特に介入はしません」
溶けかけているチョコレートのアイスを一口食べる。
「正直に言えばお二人へ手出しするのは私たちの目的ではありません。私や長谷部がこの町に来た理由は別にあります」
言葉を切って、彼女は二人の顔を見た。
「私たちに必要な情報を持っているのではないかと考えたことと、そして、当事者の一人として状況を認識して欲しいからです」
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