第23話 影井の自己紹介

 影井と名乗った彼女に誘導されるまま、2人は街を歩いた。

 先導する影井らついてきているかどうか頻繁に確認している。ずいぶんと用心深い性格……なのだろうか。

 地下鉄に乗り、3人は今日の朝使った駅の近くにいちするファミレスまで移動した。

「……お金はこちらで出すので好きなものを頼んでください」

「内密の話をこんな場所でしていいんですか?」

「別に問題ありません。映画やゲームの話でもしているんだろうと思うだけですよ。もしくは中二病だと思われるか。こそこそするほうが怪しまれます」

 淡々とした調子で彼女は答えた。

 店に入った三人は、とりあえずドリンクバーとケーキを頼んだ。

「改めて名乗っておきますが、私は影井沙耶香と言います。……ハルモニアという組織のメンバーです」

「聞いたことのない組織ですね。アニメとかでよくありそうな名前ですけど」

「知られていたら困ります。昨日お二人とお会いした長谷部丈司も私たちの仲間です」

 長谷部。ヘッドホンからその名を呼びかける声が一度だけ聞こえたのを思い出す。

 あの女性の声が影井のものだったのだろう。

「……こっちから聞いてもいいですか。なんで俺たちの名前や学校が分かったんですか」

「駅で待ち伏せていたからです。警戒して隣接する駅を利用する可能性があると考えましたので、昨日遭遇した駅と前後の三駅に人を配置していました」

 言われて、冷治は思わず下を見た。

 小細工はいずれ見抜かれるとは思ったが……『いずれ』どころの話ではなかった。

「後は、一日あればいろいろ調べはつきます」

 影井は先ほどテーブルへ店員が持ってきた水を一口飲んだ。

「まずは、長谷部が失礼しました。高校生なんて脅しつければすぐに言うことを聞く……と言っていましたが、見事に大ケガをして帰ってきて、反省していたようです」

 昨日の男は、反省などという殊勝なことをするタイプには見えなかったが、とりあえず冷治は黙っていた。

「いろいろと話すべきことはありますが……そうですね、自己紹介からがいいでしょうか。お二人は、好みの飲み物は?」

「え? ……オレンジジュースかな」

「私は紅茶」

 答えを聞いたかと思うと……影井が姿を消した。

 周囲を見回すが、どこにもいない。菅原涼のほうを見てみるが、彼女も見失ってしまったようで首を横に振った。

 注文していたケーキを店員が持ってきた。

 いない影井の席には大きなチョコレートパフェが置かれた。

 冷治の前には――おごりだと言われたので普段食べないものをとりあえず頼んだのだが――聞いたことのない外国のスイーツ、菅原涼の前にはイチゴのショートケーキが並ぶ。

 店員が去った後、カツン、と音がした。

 気が付くと、テーブルの上ではそれぞれのケーキの横に、オレンジジュースの入ったグラスと紅茶の入ったカップが置かれていた。

 スイーツを店員が並べるとき、間違いなく影井の席は空席だった。

 しかし、影井は移動した気配もないまま座っていて、その前にはアイスコーヒーの入ったグラスがある。

「どうぞ。ドリンクバーで取ってきたものですから、毒などは入っていませんよ」

 勧められて、一口飲んでみる。

 ファミレスのなんだか水っぽいオレンジジュースの味がした。

「なにを、したんですか?」

「厳密にお答えするなら、なにもしていない、というべきでしょうね。普段は意識して抑えている『力』を制御するのをやめただけなので」

 彼女はストローを開けて、コーヒーを一口飲んだ。

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