第16話 幼馴染の少女の記憶

 青山冷治と紫村赤音が出会ったのは、幼稚園のときだったらしい。家が同じ町内にあったからだ。

 2人の誕生日は一週間ほどしか違わない。産婦人科で知り合った二人の母親たちが、幼稚園への入園を機に再会して、仲良くなった、らしい。

 親に連れられて、2人は頻繁にお互いの家を行き来していた……らしい。

 らしい、という言葉を連発しているのは、つまり冷治はその時期のことをあまりよく覚えていないからだ。

 母親も姉も言っていることなので、間違いはないだろう。

 小学校に入ってから、紫村がおままごとや人形遊びをして楽しかったと、思い出をよく語っていたのは覚えている。

 冷治はその頃からずっとゲームが好きだったはずだけれど、一緒にゲームをした記憶はなかったし、紫村がそれを語った記憶もない。

 彼女の好みに合わせて遊んであげていたということなのだろう。

 別にそのことをどうこう思ってはいない。

 なにしろ覚えていないのだから。

 つまらなかったり苦痛だったなら、それはそれで記憶に残っていそうな気はするので、一緒に遊んでいる瞬間はまあ楽しかったのだろう。

 ちなみに菅原涼はゲームが好きなわけではないようだが、よく一緒にやろうと言ってくる。また、彼女の趣味は海外のドラマを見たり小説を読むことらしい。雑談ではよく話題にあがるし、時折勧められることもある。

 いくらか成長して小学生になってからも、二人で遊ぶときは彼女がやりたいことをしていて……まあ、それなりに楽しかったような気がする。

 ただ、男友達と外で走り回ったり、ゲームをしたりするのはそれ以上に楽しかった。

 姉と冷治の二人とも小学生になっていれば、子供だけでも留守番くらいはできる。いちいち親が近所の友達に会いに行くのについて行くこともない。

 だから……年々、紫村と遊ぶことは、少なくなっていった。

 高校生になった今では、どんな風に遊んでいたのか、もうはっきりとは覚えていない。

 よく覚えているのは、三年生の終わり頃。

 学校で着ていたのとは違う、なんだか妙に可愛らしい服を着て冷治が友達と遊んでいた公園に現れた日のことだ。

 その日はどうやら、母親と、姉と、それから紫村が毎年何故かチョコレートをくれる(そして一月後に父親と一緒にクッキーを買いに行かされる)日だったらしい。

「レイちゃん、バレンタインのチョコレート。あのね、今年は手作りなんだよ」

「へえ、そうなんだ。ありがとう、あーちゃん」

 他の連中の中にはやし立てる者がいて……よくわかっていなかった奴らもそれに乗っかってきて、なんだかすごく恥ずかしかった。

 その場でいびつなチョコレートを食べさせられて、とりあえずおいしいと答えたはずだ。

 もっとも、貰い物を悪く言うのは礼儀知らずだと教えられていたためであり、正直あまりほめられた出来ではなかった。

 手作りして返したほうがいいと母に言われ、冷治も料理の本を読んでクッキーを作った。

 ただ、やろうと決めた理由は、普段は危ないから絶対触るなと厳命されていたオーブンレンジを使っていいと言われたからだ。

 触るなと言われていた機械の類は、小学生の男子にとってはまるで魔法のアイテムのように見えていたのだ。

 下ごしらえなどは面倒だったが、初めて使う機械にわくわくしたことを覚えている。

 渡したときのことはよく覚えていないけれど、おそらく紫村は手作りのクッキーをとても喜んだのだろう。

 次の年、その次の年と、紫村のチョコは上達していった。六年生の時にもらったものは本当に美味しかった。

 冷治が作るクッキーが上達していたかどうかは、わからない。

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