第14話 公園の乱闘と、秘密の力

 駅前にいたあの男が、なんらかの方法で冷治と菅原涼の動きを知り、公園まで追ってきたのだ。

 アスファルトを蹴って近づいてくる足音を聞いて、冷治はそう判断した。そして、視線を向けて考えが正しかったことを確かめる。

 とりあえず逃げようと菅原涼の手をつかもうとした。

 だが、それよりも早く、公園の入り口にある柵を飛び越えて男が公園内に入ってくる。

 ヤクザの類いだと言われれば信じてしまいそうな長身が、砂ぼこりをあげる。

「ふう、追いついた。なあ、そっちの姉ちゃんが昨日空を飛んでた奴なんだよな?」

 どうやら今度は走って来たらしく、少しだけ息を切らせている。

「……あなたは、何者なんですか?」

 背中に菅原涼をかばいながら冷治は問いかける。

「先に聞いたのはこっちだぜ、兄ちゃん」

 笑みを顔にはりつかせたままで男が応えた。

「仮にそうだとして、答えると思うんですか?」

「警戒するなよ。素直に答えてくれれば、別にお前に危害を加えるつもりはないんだぜ」

 ポケットに突っ込んでいた手を出し、軽く拳を作ってこちらに近づいてくる。

 危害を加えるつもりはないと言いつつ、殴りかかる準備をしているのは明らかだ。

「もう日が沈んでる。いざとなったら1人で飛んで逃げろ。助けに行けるかわからないから、落ち着いて飛びなよ」

 声をひそめて菅原涼に告げる。

 会話しているのに気付いた男が歩幅を広げて近づいて来ようとする。

「いいな! 逃げろよ!」

 大きな声をあげながら、冷治は公園の土を蹴って、男へと飛びかかろうとした。

「危害を加えるつもりはないって言ったんだがなあ」

 だが、男は職業的戦闘技能を持つ者の動きで、あっさりと冷治をいなして見せる。

 ちょっと身をそらしただけにしか見えなかったのに、次の瞬間、彼は足を払われてつんのめってしまっていた。

「この……!」

 よろけながら、冷治は足を振り回して蹴り飛ばそうとする。

 一歩下がっただけで回避したその男は無造作に冷治の背中を踏みつける。

 空気が無理やり押し出される音が、口元から漏れた。

 動きが読まれている。

 ただ、本当にやろうとしていることは、たぶん……読まれていないはずだ。

「ま、しょうがねぇ。ちょっと痛い目を見てもらうか」

 襟首をつかみあげて、男は冷治を立たせようとした。

 だが、それが実行に移される前に、舌打ちする音が聞こえた。

「やめてよ、もう!」

 菅原涼が横合いから体当たりをしたようだ。

 冷治をつかもうとして、彼女から目を離したのだろう。

 足音をさせて近づいたならば男は気づいたのかもしれないが、常に浮いている彼女は音を立てずに加速することができる。

「助かる!」

 大きな声を出しながら、冷治は右手で男の脚、すねの辺りをつかんだ。

 左手を地面について体を起こす。

 そうしながら、右手を自分の頭の上に持ち上げて、強引に男の脚を持ち上げる。

「は……?」

 不思議そうな声。力任せに体勢を崩されて、男は背中から倒れ込んだ。

 背中の痛みに耐えながら――意外と強く踏まれたらしい――冷治は立ち上がった。

 それにつれて男の大柄な体が逆さ吊りになる。

「う……りゃあっ!」

「うおっ!」

 腕に力を込めて、持ち上げた腕を乱暴に振り下ろす。

 巨体が半円を描くように移動して、公園の土に顔から彼を叩きつけた。

「長谷部!?」

 女性の声が聞こえた。

 倒れた男がインカムをつけていることに冷治は初めて気づいた。

 加減はしていなかったが、生きているだろうか。

「てめぇ……なんだその力!」

 顔だけを無理やり冷治のほうに向けて男が叫んだので、少し安心した。

「俺、ちょっと力持ちなんですよね」

「ふざけんな! てめぇも……」

 言いたいことはわかったが、最後まで言わせる必要はないし、肯定してやる必要もない。

 とはいえ『冷治が異常なほど力を出せる』ということは、もう理解しているだろう。

 つかんでしまえば、軽々と大の男を振り回せる。そんな力が鍛えた様子のない高校1年生の少年に、普通に備わっているはずがないとわかっているはずだ。

 たぶん、菅原涼が空を飛べるようになったのと同じくらいの時期に、彼にはこの異常な怪力が備わっていた。常時発揮できるわけではないが……。

「……黙ってろ!」

 叫びながら、冷治は次に、ソフトボールのアンダースローのように、腕を下から上に動かした。いや、力任せのその動きに例えるのは選手に失礼な話かもしれない。

 もちろん、腕の先では手が男の脚をつかんだままだ。

 投げ飛ばして、公園の入り口にある柵にぶつけてやるつもりだったが、投げ方が悪かったらしくその中間あたりの地面で落下した。

 大柄な体が目に見えて跳ね、そしてまた地面に激突する。

 遠くの山を見上げると、もうすでに日は完全に沈んでいた。

 先ほどまでオレンジ色が薄く残っていた公園は、今や薄暮の藍色で染まっている。

 今ならもう、空を飛んで逃げてもそこまで目立たないはずだ。

「逃げるよ、す……!」

 名前を呼ぼうとして、なんとか思いとどまる。

「わかった!」

 浮き上がりながら近づいてきた菅原涼が、伸ばした手をつかんでくれた。

 二人の体が公園を離れて、立ち木や遊具の高さを超え、さらに公園の近くにある家の屋根を上から見下ろす高さになる。

 過去に試したときには、菅原涼が人を抱えたまま移動するのは数分が限度だった。

 歩くのより少し早いくらいの速度しか出せないが、数分間空を移動できるならばある程度の距離は稼げる。

 今や高度は公園の隣にある図書館を見下ろせるほどになっていた。

 視線を巡らせると、この辺りで一番高い十数階建てのマンションが目に入る。

 一軒家の住宅が多い地域なので、ひときわ背の高い建物はなかなか目立つ。

 ベランダに人はいない。目撃される心配は……ここでしても仕方のないことだと、冷治は考え直した。

 マンションの屋上が視界に入った。

 そこにも人はいない。今どき屋上に住民が簡単に入れるようにはなっていないだろう。

「……違うか」

「なにが?」

「いや、なんでもない」

 背の高い建物が離れていく。


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