第13話 夕方の逃亡劇

 表通りを逃げ続けるのを避けて、住宅地のほうへと駆け込む。

 あれが何者なのかわからないけれど、捕まるのはまずい。そんな想いにかられたまま、冷治はとにかく走り続ける。

 空はまだ赤く染まっていた。つまりは、まだ日が沈みきっていないということだ。

 いざとなれば短時間なら菅原涼は冷治を抱えて飛べるはずだが、下手に飛んだせいで逆に見つかってしまうのが怖い。

「冷治くん、痛いよ。手の骨が砕けそう」

 握ったままだった手に余計な力を入れていたことに気づき、冷治は手を離した。

「ごめん。……けっこう焦ってるみたいだ」

 振り向くと、菅原涼の足が膝くらいの高さまで浮いているのが見える。

 得体の知れない男に追われながら、落ち着くのは無理だ。

 どこかに飛んでいってしまわないよう、手を差し出す。彼女は素直に握ってきた。

(……いや、むしろ菅原涼に、1人で逃げてもらった方がいいのか? でも、俺が見てない場所であいつに見つかったら……)

 それに、精神的に不安定な状態で放り出して、能力を制御できなかったと考えると、それもまた恐ろしい。

 試したことはないし、試したいとも思わないが……いったい、どこまで飛んで行ってしまえるのかわからないのだ。

 後ろを振り返る。とりあえずのところ、男の姿はない。見失ってくれたのだろうか。

「まけたのかな……でも、顔を見られてるから、今日は逃げられてもいつかは見つかる……どうしたらいいんだろう」

「二人でどこかに逃げる? 誰も知らないところまで」

「もうちょっと大人だったらできたかもしれないけど……高校生じゃ無理があるよ」

 冷治は菅原涼の顔を見た。

 微笑している。先ほど言ったことが、本気かどうかはよくわからなかった。本気でも別に驚きはないけれど。

 問題はそこではない。

 彼女の顔が赤い色で染まっていることを冷治は改めて認識した。

「体はなんともない? ただのペイントボールだったのかな」

 目印をつけて、追いやすくしているのだろうか。

「たぶん、大丈夫だと思う。今のところは……おかしい感じはしないけど」

「でも、できたらそれ、早く洗い流した方がいいね。公園の水道ってまだ使えるんだっけ」

 雪国であるこの地域では、冬が近づくと公園にある水飲み場の蛇口は封鎖され、使用できないようになってしまう。しかし、それが具体的にいつからかとなるとさすがに覚えていない。

 生まれ育った町なので、このあたりに存在する公園の所在はわかっているのだが……。

 足音が聞こえてきた。

 振り向くと……早足でこちらに近づいてくるあの男がいた。

 走る様子もなく、ただポケットに手を突っ込んで二人のほうへ歩いてくる。

「そう警戒しないでくれよ、お二人さん」

 彼は、薄笑いを浮かべて近づいてくる。

 冷治たちが無駄なことをしていると、考えているかのようだ。

 また走り出して、二度、三度と角を回る。

「とりあえず、図書館の隣にある公園に行こう。一番近い公園はあいつが探しに来るかもしれないし」

 ここから2番目に近い公園の場所を告げる。

「わかった」

 頷いた菅原涼と共に、冷治は再び走り出す。

 公園まで移動するのには10分ほどかかった。夕方の大きな太陽は、すでに遠くに見える山に隠れてしまおうとしている。

 公園の端にある水飲み場に向かう。

 とりあえず、蛇口はまだ封鎖されていないように見えた。

 ただ、それが実際に使えるかどうか、確かめることはできなかった。

 ポンと、音がして……なにかが爆発し、水飲み場が煙に包まれたからだ。

 冷治と菅原涼は慌てて周囲を見回す……けれど、男は見える場所にはいない。

「どこにいる!」

 叫んでも答えはなかった。

(朝から夕方まで時間があったから、ここになにかしかけてあるのはおかしくない……けど、ここにいないなら、なんでこんなちょうどいいタイミングで爆発したんだ?)

 もしも、二人の居場所を知るなんらかの方法があるのだとすれば……このままでは家に帰ることもできない。

「ちょっと触るよ、菅原涼」

 彼女の長い髪の毛やコートを冷治は探り始めた。

 ペイントボールと一緒に、なにか発信機のようなものをしかけられたのかもしれないと考えたのだ。

 しかし、それらしいものは見つからない。

「塗料そのものがなにか信号を出してる……いや、映画じゃあるまいし」

 では、いったいなんなのか。

「あいつもなにか特殊能力を持ってるのかな……こっちの居場所がわかる、みたいな」

 菅原涼が口に出したことを冷治も同時に考えていた。

「だとしたら、どうすればいいんだろう。さすがに、殺そうとするのはまずいよね」

「まずいし、それ以前にちょっと難しいと思うよ、冷治くん」

 菅原涼が静かな声で言った。

「うん、やろうと思えばできないこともないけど……やっちゃいけないことくらい、もちろんわかってるよ」

 とりあえず逃げようと考えて、冷治は菅原涼の手をとった。

 その時、公園の砂を踏む音が、入り口の1つから聞こえてきた。

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