第10話 大男からの質問

 冷治の前で、紫村赤音の瞳が赤く染まっていた。

 けれども、そのことを気にしている暇はない。

 大男を相手に無謀なケンカをふっかけようとしている幼馴染みを止めなくては。

「おいおい、ケンカするなよ。姉ちゃん、俺が悪かった。次からは気をつけるから許してくれ。……これでいいか?」

 けれど、冷治がさらに言葉を発しようとするよりも早く、男のほうが先に動いていた。

 大柄なその男は、意外なことに……と考えるのは失礼なのだろうが……穏やかに紫村に頭を下げて見せた。

 紫村が目を丸くした。

 その瞳が、元の黒い色を取り戻していく。

「……わかればいいのよ!」

 足音高く紫村が階段を降りていくのを、冷治も、そして菅原涼や大男も、ながめていることしかできなかった。

 そして、周囲でながめていた野次馬たちも再び歩き出す。

 元通りで、いつものざわめきが駅に戻ってきた。

「悪かったな、兄ちゃん」

「いえ……こっちこそ、友達がすみません」

 男が冷治に近づいてくる。並ぶと彼の大きさがよくわかった。

「兄ちゃんが謝る筋の話じゃないさ。……ところで、せっかくだからちょっと聞いてもいいか?」

「なんですか?」

「昨日、この辺で火事があっただろ。そこで、空を飛ぶ人間を見たってやつがいるらしいんだけど、知らないか?」

 まるで心臓をつかまれたかのように、冷治の体が凍り付いた。

「……いえ、知らないです。警察の方なんですか?」

「そういうんじゃねえよ。ジャーナリストってやつだ」

 言われて冷治は、真剣な表情で男の頭から足元までを見つめてしまった。

 レザーのジャケットに体を押し込めた男は、とうてい堅気の人間には見えない。

「そう露骨に怪しまないでくれ。記者に見えないのはわかってるけどよ」

「すみません……」

「どっかで噂でも聞いたら、次に会ったときに教えてくれよ。頼むぜ」

 別に菅原涼のことを知っていて聞いてきたわけではないらしい。

 胸を撫でおろしながら冷治は『わかりました』と答えた。

 もちろん、話す気などさらさらなかったけれど。

 町で出くわさないように気をつけようと考えながら、冷治は改めて菅原涼の手を握る。

 彼女は青い顔をしていた。

「ごめん、俺が変なことを頼んだから」

「ううん……気にしないで、冷治くん」

「考えが足りなかった。もっと気をつけるよ」

 男に聞こえないよう小さな声で言葉を交わしながら、冷治と菅原涼はホームがある階に向かって階段を下りていった。

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