第3話 飛行少女の大活躍
今年、高校1年生になった青山冷治の住んでいる街は北のほうで、冬になれば雪が積もって地面が見えなくなる地域にある。
とはいえ、十月頃ならまだ雪は稀に降るくらいでしかない。気温はかなり下がっていて、防寒具を必要とする日が増えてきているが。
暦の上ではいちおうまだ秋の晩……冷たく乾燥した空気の中、街の一角にあるビルで上がった火の手がさらに空気中の水分を吹き飛ばしていた。
暗い空が、炎によって明るく照らされている。
黒い煙が炎とともに建物を覆い、空へと昇っているのが見えた。
七階建てのビルの一階から火が出たらしい。
気候のせいなのか……火はものすごい勢いで燃え広がり、一気に建物の半分近くを火で包んだらしい。
野次馬たちの中には冷治の姿もあった。
ここは、彼の自宅から五分もしない場所にあるためだ。
高校の制服であるブレザーを着て、薄っぺらい通学カバンを肩に担いでいた。
今年買ったばかりの新しいスマホをカバンにしまう。
119番に通報を入れたのは冷治だけではなかったらしいが、無駄なことをしたとは思わなかった。
まだ到着はしていないが、消防車はすでにこちらに向かっているはずだ。
到着までに果たしてどのくらい燃え広がるかはわからないが……。
中にどのくらい人がいたか、全員が避難できたのかどうかはもちろん冷治にはわからなかった。5時に終わるような会社であれば、無人になっていてもおかしくないが……。
「……これ以上ここにいても、意味ないかな」
当たり前のことだけれど――災害から人を救うのはプロの仕事で、偶然居合わせた素人が役に立つ機会などそうあることではない。
「今が江戸時代だったら、役に立てたかもしれないけどね……」
人にはなるべく優しくしよう。そう考えている冷治だったが、すでに消火器でどうにかなりそうな事態ではなくなっている。手伝いようもない。
いつまでも周りで騒いでいる連中の同類でいるのも気分がよくない。
冷治が現場に背を向けようとした、その時のことだった。
「助けて! 誰か、助けてー!」
最上階から人の声が聞こえてきた。女性の声だ。
けれども、助けられる『誰か』はここにはいないはずだ。助けを求めて叫ぶ彼女のために他人ができることは、早く消防車がつくように祈ることだけしかない。
(……七階。普通に入って、上まであがるのは無理だな)
ただ、冷治には一つ出来ることがあった。たぶん、消防車が到着するよりも早いはずだ。
ポケットに手を入れて、先ほどしまったスマホを取り出す。
誰か見ていた者がいれば、彼がディスプレイにはSNSの画面が表示し、誰かに素早くメッセージを送ったのが見えただろう。
もっとも、そうならないように、周りから見えぬように注意して、彼は画面に指を走らせていたけれど。
消防車のサイレンの音が聞こえてくる。
まだ姿は見えない。
もし間に合えば止めるつもりだったけれど、結局冷治のメッセージを受けた人物が先に姿を見せた。
黒い影が一瞬空を横切って、建物に飛び込んだことを冷治は認識した。
果たして空を見ていた者たちの中で、何人がその姿に気づいただろうか……。
(けど、出てくるときにはみんな気づくよな……)
なにか周りの人々の気を引けるものがないかと考えたが、残念ながらいい考えは浮かばなかった。
「飛び降りたぞ――!」
誰かが叫んだ。
パニックになった女性が窓から飛び出したと、最初人々は思ったことだろう。
だが、黒いコートを着た誰かが彼女を抱えているのだということが、すぐにわかる。
フードをかぶっており、赤い布かなにかを巻き付けて口元を隠している。
彼女は――それが、『彼女』だということを、冷治は知っていた――空中でゆっくりと減速し、弧を描きながら近くにあったもっと低い別のビルの屋上に着地した。
女性を下ろした後で、さらに彼女はビルに向かって高速で飛び込む。
(一人だけじゃないのか……)
目でその姿を追いながら、冷治は野次馬たちの間をすり抜けてその場を離れ始める。
『彼女』はさらに二度、逃げ遅れた人をビルから運び出していた。
人々が『彼女』のことを噂し始める。
消防車のサイレンが角を曲がって近づいてくる。
『彼女』が飛び去ったのを確認し、冷治はスマホを取り出しながらその場を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます