第6話 首のない犬

「もし知ってたら教えて欲しいんだけど、オーナーの親族は羽田を誰かに譲ると思う?」


 工業用水に口をつける羽田に声をかける。オーナーの死を意識したせいで強くなっていた無感情さも、少し挟んだたわいもない会話のおかげで弱まっていた。まだぎこちない口ぶりだが、以前のように目を合わせて会話してくれる。


「いや、多分彼らは僕を廃棄業者に出すと思います」


「そっかそっか。それなら助けやすい」


 わたしはお茶を飲みながら、努めて明るく返した。廃棄になることに対して羽田は不安に思っているだろう。それを少しでも取り除けると良いと思った。


「それは、そうなんですか?」


「うん。廃棄の方が都合がいい。わたしたちの目的は3つあってさ、1つは羽田の記憶のクリーンアップを阻止すること、ふたつ目がオーナー権限を外すこと、最後が羽田の身体を回収することなんだよ。廃棄ならクリーンアップして廃棄されたって思わせといて回収すればいいだけでしょ」


「......譲渡だと、クリーンアップの確認も継続的に入るし、次のオーナーからオーナー権限を外すのも、物理的に逃げるのも大変」


「そう。だから廃棄の方が回収の手立てがある。ちなみに聞きたいんだけど、廃棄業者に出すと思うって言ったのは、それは親戚が廃棄業者と連絡取ってたとか?」


「家に契約書があったんです。QC recycleっていう業者です」


「あー」わたしはすぐに思い至る。その名前は知っている。「知ってる知ってる」


 羽田の尊厳を傷つけかねないので言いはしないが、その廃棄業者はこの地域で事業をやっている格安業者だった。無料で手短にクリーンアップをやってくれる業者を探そうと思うとそこがまず第一に候補に上がるだろう。


 ここ事業が好調なのか、求人が出ているのもよく見かける。


「それならうまく行きそうだ」


 軽い言葉が虚勢に見えるのか、羽田が情けない顔をする。


「大丈夫大丈夫、いや本当に、絶対羽田のことは助けるから」


 けどそういうことじゃあなさそうだった。


「......ここまで助けてくれるのは何故なんですか?」


「羽田は友達だもん、そういうのが納得できないなら、アフターサービスみたいなもんだと思っておいてもらってもいいけどね」


「ぼくは何をしていればいいですか?」


「そうだな」少し考えて、わたしは返した。「水をたくさん飲んで欲しい」


   *


 次の依頼は、と考えてページをめくる指が止まった。


「ケイン、その角右」


「あいよ」


 ケインが大回りにトラックをカーブさせると、何度も見た通りが現れる。右手にはキム大学院生の住んでいるアパート、左手には羽田のアパート。


 その前でトラックは止まり、わたしは先に降りる。


 インターホンを押して出てきた男性はわたしの被った帽子を見て「QC recycleさんですか」と言う。彼は困った顔をしていた。


「それが......」


 案内されたのは家のバスルームだった。バスタブの中には着衣姿で水に沈んだ羽田の姿があった。


 あらま、とわたしが呟くと、男性は大きくため息をはいた。


「こんなことになるとは......」


 わたしはかがみこんで羽田の通電状況を見た。瞳に光がない。完全に電源が落ちている。


「自死みたいなもんですかね」


 そこにケインがやってくる。彼も羽田の姿を見るや驚いて、やがて状況を理解したのか頭を両手で押さえていた。


 男性がわたしにきく。


「こういうとき、どうすればいいんですっけ」


「うーん最後のお別れとかができなくて残念ですけど、とりあえずこの機体を引き取ることはできます。契約にも故障を問わないって書いてあると思うんで。通常通り引き渡しの書類と、廃棄の同意書にサインしてもらえればこっちで勝手に運び出して処理しますよ。玄関までタオル貸してもらえると嬉しいですね」


 男性は安堵した様子だった。書類を渡して、わたしはケインと一緒に羽田を運び出す。ケインは不満を漏らす。


「クッソ、水没したロボットの回収なんて聞いてねえぞ、クソ寒い」


「足元気をつけないと滑るよ、あ、午前あと何件だっけ?」


「クソ何件もだよ!」


 水没した羽田をトラックに積み込み、一旦契約者の元に戻って書類を回収する。廃棄の同意書に漏れがないことをよく確認して、家を後にする。トラックの中ではケインが歯を鳴らしながらタバコを吸っている。


「ロボットを捨てる次のアホはどいつだ?」


 午後一時半、午前のノルマを終えて事務所に戻る頃にはわたしもケインも疲れ果てていた。しかし疲れれば疲れるほどケインの舌はよく回って、変わらぬ文句を並びたてていた。


「労基署入って潰れちまえばいいんだよ、流行ってるから支払いがいいと思ったけどよ、こんな忙しいとは聞いてねえっつの」


「潰れろ〜〜」


「クソがよ〜〜」


 ケインは事務所の椅子に大きな尻をどっしり乗せる。「一度寝る」


 解体作業の準備をしていたわたしは驚いて振り返る。


「え? あまりに堂々としすぎではないか?」


「知らん、俺は一度寝る、そうでもないと仕事ができん」


「ふーん、まあそれならいいけど」


 もう返事がない。


 が、わたしが工具を出したところで首だけを起こしてこちらに声をかける。


「あの水没した個体、どうすりゃいいんだ?」


「うーんあれはもうどうしようもないし、このまま廃棄用のトラックに積もう」


「他のもそうできねえか?」


「なんで?」


「なんで俺らが会社のために売れる部品を選別しなければならないんだ? 適当に手を抜けるところは抜くべきだ。給料はその分しかもらってない。あと俺昼飯中華がいいからなんか頼んどいてくんないか?」


 言いたいことを言うと、ケインは再び眠る。わたしは机の対岸にある子機まで手を伸ばし、自宅下の中華料理屋に電話をかける。電話口でフライドライスを3人前と、おかずを何品か注文する。


 料理が届く頃には数体のロボットの解体を終えて、廃棄するものは廃棄のトラックに積んでしまった。届いた料理をテーブルに出すと出前箱が空く。そこに突っ込むのは解体した羽田だ。あとはこれを持ち帰ればおしまいかと思った。


 ケインを起こす。食事を取りながら、残りの機体をバラしていく。全て終わる頃にはもう外が暗くなりかけていたが、そこから二人で会社の集積場まで解体した機体を運んだ。ケインからは夕飯に誘われたが、わたしは断った。


「あーこのあと予定がある」


「は〜〜いいよな〜〜俺ラーメン食いにいこ」


「は〜〜それはいいな〜〜」


 ケインが鼻で笑う。そして身支度を終えたのか、バイクのヘルメットを被って背を向ける。と思ったら、また首だけこちらを向いて言う。


「あ、そういえば皿、元に戻しといたぞ」


「ありがと」


 わたしは出前の箱を両手に持って、職場を後にする。


 *


 小さなバイクに巨体を乗せて去っていくケインの後ろ姿を見送る。わたしは出前の箱を荷台に積んでスクーターのエンジンを蒸す。


 戻りながら、なかなか首尾よく行ったなと考えた。


 羽田には水を出したままのバスタブのなかで自分の電源を切るように伝えておいた。電源が完全に落ちた頃、羽田は水に沈む。電源が落ちているので彼の機体が現時点で死ぬことはないが、オーナーの親類のような一般人からすれば水没イコール故障と考えるだろう。さらに回収業者はここのところロボットベンダーの商戦のおかげで繁忙期であり、このようなトラブルがあればいろんな処理が適当になるだろうなと予測がついた。それでも心配なので、羽田の自宅があったエリアでQC recycleの求人に応募を出し自分で羽田を回収した。金のなさそうなケインを誘ったのは、良くも悪くも彼が周囲の注目を集めてくれそうだったからだ。実際、彼が寝ている間に羽田を解体でき、中華の出前箱に入れて今である。


 *


 そして、それがわたしの先走りだと気が付いたのは、自宅に戻ってからのことだった。


「まじか、頭がない......」


 足りなかったのは解体した羽田の体の一部、頭だった。


 全てを出前箱に入れたつもりだったが、1つの棚には機体の代わりに皿が入っていた。


「何故なんだケイン......」


 今となってはどこに羽田の頭が転がっているのか分からない。


 ケインの向かった方角にあるラーメン屋を探す。数件見つかったのを確認してバイクを引き返すと、三件目の表にケインのバイクが止まっている。ラーメン屋のガラス扉を開くと同時に呼びかける。「ケイン!」


「あの頭どこ?」


「あ? 頭?」


「水没した機体の頭」


「廃棄したに決まってんじゃねえか」


「廃棄かー」


「ラーメン食いに来たんなら注文取れよ」


「ありがと! またね!」


 踵を返してスクーターに乗る。ケインが怪訝そうな目でこちらを見てくる。手を振る。廃棄された機体は、おそらくスクラップ場だろう。


 一旦作業部屋に戻ったのち、数日前羽田と一緒にきたスクラップ場に着く。あの頃はまだ、羽田がロボットであるということにすら気が付いていなかった。

 歩を進めるにつれ、第二の誤りに気が付いてくる。


 ゴミが多い。


 廃棄品の回収の時点で気が付いても良かったが、今は年末商戦に向けていろんな機体が売り出される頃であった。当然古い機体は交換されて、捨てられる。頻繁にダンプが通っては、大量の廃棄物を捨てていく。


「これじゃ探せない......」


 探知機を使ったとしても、ロボットの頭部らしき残像はたくさん見つかる。それら1つ1つを確かめるために掘り起こしていると、その間に次のトラックが新しいゴミをばらまいていった。


 どうしよう。


 わたしは頭が真っ白になった。


 これではどう頑張ったところで羽田の頭部を探せない。


 ゴミの海を絶望の気持ちで眺めていたところ、そこに羽田の頭部が落ちていた。そばに犬がいる。


「モップちゃ〜〜ん!!!」


 犬の噛み付いた羽田の頭はまだ濡れている。


 *


 数日が経ち、自然乾燥した羽田の機体は全て元の姿を取り戻していた。そして、登記情報を覗くと、羽田のオーナーに紐付くロボットはどこにもいないと表示されている。


 つまり、羽田は登記上存在しないロボットということになった。


 乾いた羽田を再起動する。


 軽い電子音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄の右腕、首のない犬 subwaypkpk @subwaypkpk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ