第4話 その見分けのつかないほど精巧な、機械の身体
コーヒーを片手に動作の確認を行なっていると、エミュレータの黒背景に赤いワーニングが浮き上がっていた。
読むと、この機体と紐づくストレージが用意されていないらしい。とりあえずブラウザを開いて検索窓にエラーの英文を打ち込んでみる。記事が見つかる。やはり、外部ストレージとの連携がうまくいっていないらしい。
コーヒーを一口飲んで、そういえば契約書の写しをもらっていたなと思いだす。ファイルに挟んだ紙束をあさって羽田のものを取り出し眺める。契約されたストレージはもちろんある。
「まあ一応試しとくか......」
ストレージの管理会社がエミュレータ経由で一定のアクセスを許していた。接続を試みてみるが、やはり指定したストレージは存在しないと言われてしまった。
わたしは唸る。ストレージがないんじゃこちらではどうしようもない。
しかし、正規の契約書に書かれたストレージである以上、モップちゃんを契約した当初はこのストレージを使っていたはずだ。契約が切れているのかもしれない。それなら公認の開発者向けに行政の提供しているデータベースにアクセスすることで登録状況を確認できる。
「公認資格取っといてよかったなほんと......」
みると、これまでに羽田がオーナーとして公式に登録されたロボットは二機あり、どちらも契約状況は失効中となっていた。
ロボットの型番も掲載されていたため、検索エンジンで調べてみると、ひとつはカウンセリング用の人型のロボットだった。アドのページだったらしくプロモーション動画が流れ出す。別窓を開いてもうひとつの型番を検索する。そちらは思った通り、モップちゃんと同じ犬のロボットだった。
コーヒーをすする。
契約が切れているのは本当だった。羽田のお金がなさそうな様子から察するに、まあ、単純に資金がショートしているのかもしれない。そうなるとこの修理費用すら回収できるのか心配だが、だからといって作業をやめるわけにもいかない。今は幸い懐事情も悪くないし、羽田にとってもっとも負担の少ない手段を提示してあげるのが健全だろう。
「学習データ圧縮して安いストレージで食いつなぐか、最悪学習止めて内部のストレージだけでやってってもらうか......」
しかし、モップちゃんの分のストレージを借りるのはできるにしても、もう一体の人型の方が厳しそうだなと思った。人型を検索したブラウザではまだ動画広告が流れている。
わたしはその画面をぼうっと眺めた。
白い部屋の中央でソファに座った男女が映されている。ひとりが話をし、それにもう一方のカウンセリング用の人型ロボットが相槌を打つという内容だった。人型ロボットは本当に人間と見紛うほど自然な表情を作って話を聞いている。こんなレベルの機体が出回っているのかと感心するばかりだ。
そして、その顔は羽田と瓜二つだった。
気がつけば額を押さえていた。
これまで一緒に過ごした中での色んな所作が思い浮かぶ。無感動な表情や、細身のわりにやけに力強かったこと。どちらも羽田が機械であるからこその所作だった。
羽田は自分のストレージが切れている中でモップちゃんのことを心配してここまできたのか。それともこれが精一杯の救難信号だったのか。
「あーくそ」
後悔する。整備士のくせに何故気が付かなかったんだろう。スクラップ場で壊れたロボットを掘り起こして、たいそうなことを言っておきながら。
そもそも何故ストレージが切れてしまってるのか。羽田の家でのトラブルと、これは関係あるんだろうか。
思い至って、わたしは契約書を再度めくる。
羽田凌二。登山家だと言っていた。なにか分かるかもしれないと思い、検索窓に打ち込む。そしてその狙いは当たっていた。
検索結果一覧にネットの記事が並ぶ。タイトルですぐ、わたしは羽田の抱えたほんとうの問題がなんであるか理解した。
「登山家、羽田凌二氏、消息つかめず……」
去年の記事だった。羽田のオーナー、羽田凌二は遭難していた。
羽田はオーナーを亡くしたロボットだった。
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