第3話 笑ってサヨナラ


 中華料理屋は昼の客足も引いてひと段落という様子だった。店主が客のひとりと喋っていて、わたしたちが帰ってくると一瞬だけこちらを見て手を振り、またおしゃべりに戻っていく。


 こちらも軽く手を振り、それから階段を登って部屋に入った。部屋を出た時と同じように、応接間の奥には電子犬が顎を地面につけて目を閉じている。毛布をかけられて、まるで本当に眠っているかのようだが、実際は電源を落とされているだけだ。それでもわたしと羽田は、なんとなく足音を立てないようにして部屋に入った。


「ちょっと荷物を置いてくるね」


 羽田に声をかけて作業場に入る。回収した部品を取り出して並べ、軽くなったバックパックを作業机の脇に吊り下げる。服も軽いものに着替えて、待合い室に戻ると羽田は受付のロボットと会話をしていた。


「あなたの名前はなんていうんですか?」


「エルムです、あなたは?」


「僕は羽田」


「カネダ」


「は、ね、だ」


「ポメラ」


 羽田は苦笑している。


「盛り上がってるね。その子人との会話の学習中だから、おしゃべりしてくれてありがと」


「可愛い子ですね」


 わたしは電子犬を抱きかかえる。


「問題なければ作業始めてもいいかな? 1、2時間程度かかりそうだから、忙しければ一旦帰ったりしてても大丈夫だけど」


「ありがとうございます。むしろここで待っててもいいですか?」


「OK、じゃあ何か飲み物、水だすね」


 羽田に水を出して、わたしは作業部屋に引っ込む。腕を精密作業用の義手に取り替えて、作業を始める。


 終わる頃には隣の部屋は静かになっていた。顔を出すと、羽田は寝ていて、その隣で待ち受けのロボットがスリープモードになっている。自分も一息入れるかと1杯お茶を入れ、作業場の椅子に腰掛ける。階下の中華料理屋も人気はなく、ときどき表を通るスクーターの音だけがあたりに響く。


 モップちゃんの首と足は直って、残った修理箇所は記憶装置関連になった。他に仕事があるわけでもないから、勢いに乗って今日中にやってしまってもいい。


「けどお腹空いたな」


 小さくつぶやいたつもりだったが、隣の部屋で待ち受けロボットの起動音がした。軽快な音楽。羽田も起きたかもしれないと思って再度待合室に頭を出してみると、やはり起きていた。待ち受けロボットに手を振り、羽田に笑いかける。


 羽田はこちらを見て、きょとんとしたふうに、言う。


「寝てました?」


「寝てたねえ、お腹空かない? 空いてたら下でご飯食べようよ」


 ふたりで一緒に食堂へ降りる。店内はまだ人も少なかった。一緒にご飯を食べる。食べながら他愛もない話をいくつかした。


「いつもは家で食べるの?」


「ええそうですよ、自分で作って」


「自分のぶん」


「ええ、あとあの、同居人のぶんを」


「そっかモップちゃん贈ってくれた人だっけ」


「そうです、今いないんですけど。彼は登山家なんで」


「へーすごい、登ってるの今?」


「そうです。連続登頂で、今回は長く登りに出てて」


「連続登頂かー、すごいね、体力というか、めっちゃ過酷だもんね」


「バイタリティあって、冒険好きで......あと走るの、ものすごい速いんですよね......。声も大きくて、よく笑って、食べるのも好きで、エネルギッシュで」


「ははー、そういう人ってずっとそうなのかな、哺乳瓶吸ってる頃から歩くのかな」


「出会った頃はそうでもなかったですよ」


「へえ」わたしは目だけで羽田を見返す。「意外だね」


「出会った頃は、一緒に山に登ってた友達が事故に遭って、ちょっと色々と落ち込んでて、事故のことずっと夢に見るとか、自分もそうなるのかなとか、たくさん、話を聞きました。話聞いて、それで最終的には回復して、また山に入れるようになったんです」


「大変だったんだね」


「ええ、だからまたできるようになって良かったなって思いました。山は好きだけど怖くって、怖いままで終わらなくて良かったねって、ふたりで話しました」


「そういうの聞くと同じ人間なんだなーって思うね」


 羽田は笑う。


「そうですね。それにシマムラさんと同じところもありますよ、例えば髪の長さとか同じくらいですし、着込んであの大きなバックパック背負ったら遠目では結構似てます」


「じゃあわたしもワンチャン登山あるか?」


 ご飯を食べ終わったわたしは、一旦修理作業を止めて羽田を家まで送ることにした。今晩で作業を終えられそうだったので、羽田に許可をとってモップちゃんはこちらで預からせてもらうことにした。最寄りの駅からスクラップ場とは逆方向の地下鉄に乗った。


「今日はお疲れ様でした」


「羽田ちゃんもね、働いてもらった分はちゃんと修理費用からひいとくよ」


 地下鉄はふた駅だった。


 駅から歩いて羽田の家に着くと、アパートの入り口の近くにふたりの男女が向かい合って立っていた。様子を見るにもめているようだった。羽田は「親類です」と言う。となると、あの親類だ。


「まじか。大丈夫そう?」


「まあ、はい」


「そかそか」気になりつつも他人が首を突っ込む問題でもない。冗談を言う。「やばなったらうちに逃げておいでよ」


 そして、笑ってさよならをする。


 帰りがけ、ダウンタウンのお店のショーウインドウに映った自分の影をみて、羽田の同居人とはどんな人だろうと想像した。部屋に戻るころには中華料理屋は客の入りが戻って賑やかになっていた。

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