第2話 スクラップ・アンド・ビルド
ニム鉄道はわたしたちの地域を東西に貫く地下鉄だ。もちろんダウンタウンにも駅があり、そこから東に向けてずっと行くと、その果てにスクラップ場がある。わたしはバックパックを背負って、羽田は軍手1つの手ぶらで、––そして電子犬のモップちゃんにはお留守番をしてもらって––わたしたちは最寄りの駅までたどり着いた。
「それ、何が入ってるんですか?」
「色々!」
普段よりひとつ大きなバックパック。服装もつなぎだった。
「あ、ちょっと地下街のコンビニ入っていっていい? 今から結構体力使うから、ご飯食べときたくて」
買っている間、羽田は暇そうにコンビニの外で待っている。一人で食べるのも気まずいので少し分けてあげる。
「美味しい?」
「あ、美味しいです」
羽田はそういって真顔でもぐもぐしている。
あんまりにも表情と感想に相関がないから、わたしは笑ってしまう。
「表情動かねーなー」
それから私たちは地下鉄に乗った。
道中、羽田との会話の中で、彼について少しわかったことがあった。それは彼の表情の動かなさであったり、おっとりとした雰囲気であったり、若干の引っ込み思案であったりだ。趣味を聞くと暖炉の火を見たり、ホワイトノイズを聴いたりすることだという。普段は心理相談員(のような仕事)をして働いているらしい。また、ルームシェアしている友人がおり、モップちゃんは彼からの贈り物だと言う。
「ルームシェアは完全に相性だよね、わたし昔失敗したことがあってさあ」
「また挑戦したら案外うまくいくかもしれませんよ」
それから終末駅まで乗り続け、降りてからもさらに20分ほど歩く。幹線道路沿いに大きな区画があり、トラックが何台か出入りしている。スクラップ場はそこにあった。
わたしはバックパックからヘルメットを取り出してかぶる。羽田にも被らせる。島谷鉄鋼の文字。正面の車用の入り口を素通りし、少し離れたところまで歩くと人が入れる大きさの扉がある。鍵はかかっていない。
入ってすぐのエリアには大きなコンテナがたくさん置いてある。そこを越えるとただっぴろい空間に無数のごみがひろがっていた。進めば進むほど、ごみの匂いがきつくなる。奥に小さく事務所みたいな建物があり、空が広い。
白い鳥が羽虫みたいに空いっぱいに飛んでいる。
「広くて、臭いですね」
「そう、臭い。まだ歩くけど、大丈夫?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
しばらく歩くと、目的の場所が見えてくる。
廃棄物の山は全体的に黒く、ところどころ露出した金属が太陽の光を鈍く反射させている。ここだけが熱を帯びていて、赤錆みたいな匂いがした。
十分近づいたところで、わたしはバックパックを地面に下ろして、そこからいくつか作業道具を取り出す。ひとつは専用の探知機とスコップが一緒になったもの。電源を入れる。羽田のために説明をする。
「部品を探したいけど、廃棄物の山から探すのは大変だからこれで探すんだ。特定の物質に反応するように作られてる、って感じじゃなくて単に大きな塊を見つけたら教えてくれる、大きな塊はまだ使える部品を含んでることが多いから。で、あと大切なのは」
起動させている間にもうひとつバックパックに腕を突っ込む。取り出したのは義腕だ。アホみたいに太くって重い。また、腕だけを強くしても他の体の部位に負担がかかるだけなので、腰や肩にも補強のパッドをを入れる。さらに、急に身体のバランスが変わって転んだりしないように、準備体操をする。
最後に水分補給をして、作業の前準備は終わりだ。
「僕も何かしますか?」
「じゃあ羽田にもスコップ一本あげる。まあ気楽にやりましょう」
羽田にも水を分けてあげて、作業を始める。
ごりごり掘っていると、いろんなものが出てくる。掃除専用ロボットのブラシ、介護用パワードスーツの前腕部、ほとんど無傷の人型ロボットの頭部。20分も掘っていると穴はもう人間3人が入れるくらいの大きさで、掘り出した部品は穴の周りに並んでいる。
穴から頭を出すと、羽田も人力ながらいくつか大きめの廃棄物を掘り当てていた。中にはモップちゃんと同じような犬の胴体もあった。羽田はそれを大事そうに抱きかかえていて、わたしは申し訳ない気持ちになった。
穴をよじ登って、羽田に謝る。
「ごめん」
「え?」
「ここ、羽田には厳しいよね。一旦出る?」
「いや、大丈夫です」
「そっか、けどちょっと疲れたね、休憩しよっか」
穴の淵にわたしは座る。羽田も隣に座った。わたしは水を差し出した。わたしと羽田のそばには、それぞれ胴体のない人型ロボットと、頭のない電子犬が腰掛けている。
羽田が言った。
「毎回こういう感じで部品拾ってるんですか?」
「だいたいこんな感じだね」
「......お金ないんですか?」
直接的な言い方に笑いつつ、その質問への返し方に少しためらう。
「.......なんかさ、よく分かんなくって」
羽田がこちらを向くのがわかった。
「さっきも犬の胴体捨てられてたじゃん、それに人型ロボットの頭部とか、あれ記憶媒体入ってるでしょ、他にも基幹部品あったり。変じゃない? そういうの捨てられてるの」
「勿体無いってことですか?」
「いや、勿体無いっていうか、こう、なんだろ、そんな扱いされんのっておかしくない? ロボットだけど彼らこないだまで動いてて、直せばまだ意識も復活して、それでわたし直せるし、だったらこれ捨てとけないじゃん。言ってること意味わかる?」
「......分かります」
「なんかわたしには、ロボットと人間の違いとかよく分かんないんだよね。これ私が電子義手持ちだからかもしれないけどさ、実際体のほとんど機械化してる人とか、頭にチップ入れ込んだりしてる人もいるわけじゃん。あんまりみんな意識してないけどさ、わたしなんかモヤっとして、そんでこれが正しいのか分かんないけど、だからスクラップ場にきてまだ直せそうなこは回収して、直して、そんで、家で動いてもらってる、いやもうほんと正しいのか分かんないんだけどさぁ」
「そうなんですか」
「そうなんす。実際新型のロボットでた後とか廃棄やばいんだよね。なんなんだろうなって思う、ロボットだって生きてんのになって思う」
喋っていて、羽田がどう感じたのかは分からないが、まあそんな感じだなと思った。よく分かんないんだよな。
「なんか神妙になっちゃったね、まあ部品これで割と十分......」
言いながら、わたしは耳をそば立てる。羽田が水を飲もうとした手を止める。隣でロボットの頭部が揺れて、穴に落ちかける。
「やばい、管理人くる!」
「え?」
「穴に隠れて!」
わたしはロボットの頭部を抱くと滑るように穴に身を落とした。穴の底に無事着地すると、少し飛び上がって、今度は羽田と首なし犬をひっつかんで引きずり下ろす。最後に背中のバックパックから迷彩のシートを取り出してかぶった。
「せまっ......」
「ちょっとだけ静かに......!」
次第に走行音が大きくなり、近くで止まる。コンテナを担いだトラックだろう。大きな音がして廃棄物が落ちてくる。
しばらくしてトラックが去っていく音がした。
シートを外して外を確認する。
「おっしゃ! 切り抜けたぞ! たまんねえ〜〜!」
「......これ」
見ると穴の底で、羽田が目を大きくしていた。目の端にはわずかに涙が溜まっている。「これ無許可でやってるんですか?」
わたしは笑ってしまった。
「わはは、めっちゃ焦ってんじゃん、感情あんじゃん」
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