第29章 事件から30年後
〜月島刑事の部屋〜
賀原絹代が殺されてからおよそ30年が過ぎてしまった。
非番の日にゴロゴロと情報番組を見ていた時に聞こえてきた言葉に、刑事である自分の記憶が反応した。
「もう純粋な日本人は絶滅寸前ですよ。」
そう言えば、何年か前に人身売買グループが摘発された事件があった。
同じ部署の公安にいる同期が関わっていたので少し話しを聞いたのを思い出した。
調書をとった中の一人が供述した言葉だ。
【日本人の純潔がいなくなったら、日本の力弱くなる。】
日本人女性が結婚を嫌い、自立して子育てをするようになった為に、結婚出来ない日本人男性達が大勢いた。
その為に貧しい国々から若い女性を連れてきて、日本人男性と結婚させる。といったものだった。
表向きは国際結婚を推進するような団体だったが、内情は女性達を金銭でやり取りしていた為に問題になったのだった。年齢を偽り、14歳の少女が売買されている事実もあった。
同じように、日本人女性達に日本人との間に子供を産ませない事で、ルーツが曖昧な子供を増やし、確たる愛国心を削いでゆき、日本の国力を下げる。
これが目的だったらどうだろう。
30年前、賀原絹代の周りにも外国人がいた。
確か人身売買グループで摘発された人物の国籍が、賀原絹代の周りにいた人物達と近くでは無かったか。
モルドバ、
アルメニア、
ジョージア、
アルバニア、
多くの女性達がその辺りから連れて来られていた。
自分は次の日、署のデータベースにアスセスした。
賀原絹代の周りにいた外国人、ニコライ。
そして賀原絹代が殺害されてからの後任のミハイル。
ニコライの名前でデータベース検索をかける。賀原絹代の事件の他にはヒットしない。
ミハイルの名前でも検索をかける。
出た。
やはり人身売買をしていた斡旋組織の中に、名前が入っている。国際指名手配中だ。
30年の時を経て、これはわずかな糸口と言えるべきか。
自分は捜査再開の手続き書類を用意して上層部に提出した。
上層部は
「待てよ、賀原絹代を殺した証拠は無いんだろう、再捜査とは行かないよ。」
「じゃ、何か証拠が出たらいいんですね?」
「勝手にしろ、通常業務は怠るなよ。」
自分は先輩の異動先を調べた。あの時の捜査チームはもう皆んなバラバラだ。
偶然にも先輩は、未解決事件の捜査専従班に所属していた。もう立派な上役だった。
面会の約束をして、久しぶりの再会を果たした。
先輩もあの事件の事はよく覚えていた。自分がミハイルの事を話すと、うなづいて誰かに電話した。
「月島、もう俺は自由に動けん。手伝いを一人、付けてやるよ。ここの班はそれ専門だから、何か出てくるさ。」
部屋のドアがノックされ、若い男が入って来た。
「彼は赤井、若いが優秀だ。」
赤井と部屋を出て歩き出す。
「月島さん、昔ウチの班長と組んでたんですね。」
「うん、今回の話はその頃ので、賀原絹代が殺害された事件だけど、赤井 分かる?」
「はい。30年前の12月16日未明、人気のない場所にある崩れかけた御堂から、都内の大学生、賀原絹代 21歳が遺体で発見された事件ですよね。」
「うん、賀原絹代の当時のバイト先に出入りしていた外国人が今、国際指名手配されている。
日本で、人身売買のブローカーをしていたらしい。まぁ、そいつはミハイルって奴なんだが、正確に言うと、奴は賀原絹代が亡くなった後からバイト先に出入りを始めてる…。
で、ミハイルの前任のニコライってのがいるんだが、もしニコライがミハイルと同じような、ヤバイ奴だったら、どうだろうって思ってな。」
「ヤバイ奴?」
「そのミハイルが指名手配されるきっかけになった人身売買の時に、逮捕された奴の一人が【日本人の純潔がいなくなったら、日本の力が弱くなる。】って言ったんだよ。
日本の国力を減退させるのが狙いだったらさぁ、外国人の精子を摂って、日本人の女性にハーフ産ませるのも、その一環なんじゃ無いかと思ってね。」
「国力ってそんな大事ですかね?」
「赤井は若いから感覚ないかも知れないけど、自分の小さい頃なんて、やたらサムライとか付けてスポーツとかでも鼓舞してたんだよ。身体が小さな日本人選手が頑張る姿を見て感動してたんだよ。
日本は島国で、文化もすごく特有だから、何て言うか日本人のプライドみたいなのが強かったんだよ。よく婆ちゃんが言ってたよ【私は日本人だから】って。日本の精神論、みたいなのがあって、礼儀と礼節を重んじる。
大和魂とか、今でも良い時だけ使うよね?
それがどうよ、今じゃ日本はあらゆる血が雑多に混じった多民族国家だ。政界、経済界はもちろん、スポーツの代表選手の中にいる純粋な日本人なんて僅かだ。自分みたいな年配者はオリンピックを見ても、どれが日本選手なのか分かんなくてなぁ。」
「国力下げるといい事あるんですかね?」
「分からん。ただ色んな血が混ざることで、ルーツが複雑になるから、民族愛みたいなのは薄れるんじゃないかな?
経済でも特殊技術の流出とかそういうのが起こりやすくなるんじゃないかな?」
「う〜ん、で、賀原絹代が殺された。」
「何かを知ったか、見たか…。」
「もう一度あの時のデータ、洗い出しましょう。」
「何が残ってるか調べといて。」
「了解です。」
後日、賀原絹代の検死解剖の時に出てきた植物片は、人身売買に関わっていた人物の所持品にあった違法薬物の中に含まれていた植物と同じものである事が判明した。
また、レンタルロッカーに設置された防犯カメラの映像と、駅の防犯カメラの映像が、データベースに残っていた。
当時我々は、賀原絹代が殺された前日の12月15日の足取りを調べていた。今回はそれよりも前の日付の映像についても確認してみた。
調査の結果が出た。
レンタルロッカーの映像に賀原絹代が確認された。賀原絹代が殺される4日前、12月11日の物だった。
その日の駅の映像から賀原絹代を探してみる。
黄色いワンピースを着た賀原絹代がいた。
レンタルロッカーから紙袋を持ち出すとそのままトイレに入り、賀原絹代は着替えて出てきた。
部屋にあった様な地味な服装だ。
そして、駅の南口で男と会っている。外国人の男だった。
ミハイルでは無い。客の男か?
自分と赤井は男の写真を出力し、あのクリニックの院長の行方を探した。
クリニックは閉院され、田山の事務所もなかった。
全国の戸籍から探し出す。
後日、院長が沖縄にいる事が分かった。自分は管轄の仕事の為に行けないので、赤井に行って貰う事にした。
赤井から連絡があった。
写真の男は【ニコライ】だった。
賀原絹代はニコライと繋がっていたのだ。
しかし、殺した証拠は無い。
それでも、極めて大きな一歩だった。
【犯人が捕まったら連絡してくれ】と言っていた両親へ、ようやく新たな事柄を報告出来る。
自分は赤井と二人で、賀原絹代の両親を訪ねる事にした。
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