第21章
私は住所を頼りに、田山調査事務所を訪ねた。
ノックをすると、中から
「どうぞ、入って。」
と声がする。
私は緊張しながら
「失礼します。」
と言って、部屋の中に入った。
男の人が立っていた。
「あれ?君?紹介して欲しいって子?ホントに?」
「はい、賀原絹代といいます。よろしくお願いします。」
「いやいや、ちょっと大丈夫?いくつ?どんなバイトか知ってる?」
「ハタチです。どんな仕事でも大丈夫です。」
「え?16くらいに見えるよ?何にも聞いて無いの?秋穂の奴…。」
「お願いします。」
「はぁ…、まぁ、説明するね。あのね、ウチはお客様である男性の精子を採取するお手伝いをする仕事をしてるの。分かる?分かんないよね?」
男の人は、仕事の説明を始めた。
私は呆然と【へぇ、こんな事が仕事になるんだ。】と感心しながら聞いていた。
男の人は、
「なんか全然ピンと来てないみたいだね。実習やってみる?俺を相手に一通り仕事内容をやってもらうの。はい、この部屋入って…。」
そう言って、私を奥の部屋に案内した。白い壁の部屋にはベッドがあった。
「じゃあさ、実際と同じ様に、下着姿になってもらうよ。大丈夫?」
と言われて、
「あの、どうして下着姿になるのですか?」
と聞いてしまった。
精子を採取するだけなら、下着姿にならなくてもいいのに。と思ったからだった。
男の人は口をポカンと開けて、
「は?あのね、いい?男っちゅーのは、女の子の下着姿とかに興奮すんの、そうすっと……。あー、もう面倒くせ。こんなんじゃ俺も無理だわ。
じゃあ一回見てみ?どんな世界か知らないでしょ?それで、やるか辞めるか、決めよ。」
男の人はゴソゴソと何かを探している。
「はい。コレ見て。」
私をベッドに座らせると、VRとヘッドホンを装着させて部屋を出て行ってしまった。
私はVR体験が初めてだったから凄く驚いた。本当に目の前に人間がいるみたいだったし、ヘッドホンから聞こえる音はクリアで自分が実際にその場にいるような臨場感だった。
でも20分もすると飽きて来てしまって、私はVRとヘッドホンを外して部屋から出た。
男の人に、
「わかった?それでもやる?」
と言われて、
「はい、教科書では分からない事もあるのですね。」
と答えた。
「はあ?ほんとに大丈夫かよ。知らないからな。ハイ、コレで英語のテスト受けてよ。」
と、私の目の前にタブレットを突き出してきた。
私は黙ってテストを受けた。
点数は87点だった。
そして、契約書が交わされた。
男の人の名前は、田山さんと言った。私達のマネージャーで、困ったことやトラブルの対応、何でもしてくれるらしい。
田山さんとのやりとりに使うアプリやお客様とのやりとりに使う翻訳アプリを携帯にインストールした。
そして私の名前が、【春花】になった。
仕事の流れを詳しく説明したファイルがアプリを通して送られてきた。
「それにしても、いっつもそんな地味な感じの服着てんの?本当はさぁ、本人に買いに行かせるんだけど。どーすっかなぁ…。」
田山さんはウロウロしている。
「ちょっと、あと30分待っててよ。時間大丈夫?」
と聞いてきたので、私はうなづいた。
30分後、扉がノックされて女の子が入って来た。
「あれ?誰?まさか新しい子?マジで?何でいんの?」
「悪い。ホントは鉢合わせしないように時間組んでたんだけど、すっごくオーバーしちゃって。もうさ、冬子に助けてもらいたくて。
頼む!アイテム揃えてやって!金は出す!」
「はあ?雇うの?この子?いや、無理っしょ。」
「ダメだったら直ぐに辞めてもらうからさ。この金で買って来て。頼むよー」
「もう、しょうがないなぁ。行ってあげるよ。全部買うの?」
「そう、全部。黄色でお願い!助かるよー。ありがとー。あ、あと容器。これから早めに言ってね。あと、コレは俺のポケットマネーから。今日のお使いのお礼に、取っといて。」
「えー!やったー!いつもありがとう!」
冬子と呼ばれた女の子は、私の方を見ると、
「名前は?」
と聞いてきた。
「賀原絹代です。」
「違うだろ、春花、春花だよ。」
「あ、春花です。」
冬子さんはニコっと笑って
「行こ!」
と私を呼んだ。
田山さんから、
「春花ちゃん、買物終わったらココに戻って来て!写真撮るから。いいね?」
と言われた。
「分かりました。ありがとうございます。」
そう答えて私達は事務所を出た。
「冬子って呼んでね。ねぇ、春花ちゃんさぁ、こういう仕事、した事無いでしょ?大丈夫なの?キツイよー。」
冬子さんはニコニコと話しかけてくる。【誰かに、こんな風に話しかけられるなんて、久しぶりだな。なんか組織の人が人懐っこく近づいて来る時と似てるかも。】などと思いながら、
「キツイのは大丈夫です。」
と答えると
「なんか無理そう。いかにも真面目キャラだし。たまにヤバイ人とかいるよー、この前はねぇ…。」
冬子さんは仕事上のトラブル例とその対処法を教えてくれた。
あと、滞りなく採取を遂行する方法も。
基本は丁寧に、心を込めてお手伝いする事が大事だとも教えてくれた。
どうしたら相手が喜んでくれるのかを考えるのだそうだ。
相手を理解し、寄添い、尊重し、尽くす事で喜びを感じて貰うのだそうだ。
相手を褒めるワードもたくさん教えてくれた。
私は時々メモしながら一生懸命聞いた。
冬子さんは、私を派手な洋服屋に連れて行き、黄色いワンピースを選んで試着させた。
ワンピースを着た私を見ると、
「似合うじゃん」
と言ってくれたのが物凄く嬉しかった。
友達と出かけるってこういう感覚なのかもしれない。私は心の中がすごくあったかくなった。
そうか、黄色は【発散】の色だから、私の【女の子】の部分が発散されたのかもしれない。
冬子さんは、他にも真っ白いハーフコートと白いパンプスを選んで、会計を済ませた。
私に荷物を持たせると、次は下着屋に入った。店の人に採寸を頼んで、私をフィッティングルームに押し込んだ。
いくら女の人相手でも人前で脱ぐのは恥ずかしく思えた。でも、これからはコレをお客様である男性の前でするのだ。覚悟を決めた。
冬子さんは、サイズを聴くとポンポンと下着をカゴに入れて行く。
私は、綺麗だなー。と思ってカゴの中を見つめていた。
店を出ると冬子さんから
「サイズ覚えてネットで買うと良いよ。商売道具だから、いつも綺麗なのを心掛けてね。」
と言われた。
最後に雑貨屋に寄り、保冷バッグを購入した。
冬子さんは、
「まぁ、無理しないでよ。春花ちゃん、ウブっぽいから、お客さんから【キレイだね】とか【かわいいね】とか色々褒められても信じちゃダメだよ!それはねぇ、私達をもっと脱がせて、色んな事しようと企んでるだけだから!騙されちゃダメだよ!」
と言って、帰って行った。
田山さんの事務所に着いた頃にはもう夜になったいた。
私は黄色いワンピースに着替えると、あのベッドの部屋で写真を撮った。
田山さんは
「うん。服が変わると、印象も変わるね。こうなりゃ処女も立派な売り文句だよ。仕事が入ったら連絡するね、出来なさそうだったら直ぐ俺に連絡してよ。直ぐだよ。今日は荷物スゴイから容器は取りにおいで。着払いで送ってもいいけど。」
と言った。
私は容器を取りに行く事を約束して、お礼を言って事務所を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます