第22章

私は、年が明ける前に事務所に容器を取りに行った。


田山さんはお客様が見るサイトの私の紹介ページを見せてくれた。


「なんか、私じゃないみたいです。」


と言うと、


「少しだけ加工したからね。コレでアップするよ。良く利用するホテルの資料、送っておくね。場所とチェックインとチェックアウトの方法とか予習しといて。」


私は事務所を出て、そのまま大きな駅に寄るとその駅の中にあるレンタルロッカーの契約をした。念のためスペアキーも作った。


私はシリコン容器と日付けを書いて容器に貼るシールの束を中に入れた。


もしも、急に両親が部屋に来ても良いように目立つものは部屋には置きたくなかったのだ。


冬休みは、両親を安心させる為に一度家に帰った。正月休みの間も母は休まず仕事に行っていたのであまり顔を合わせる事が無くて都合が良かった。組織の話をたくさんして、病気の父を気づかい、母を安心させた。


休みが終わり、アパートに戻ると直ぐに初めての仕事が入った。


私はアルバイト先の工場に欠席の連絡を入れると、黄色いワンピースに着替えた。

ファスナーを上げる手が震えている。


私は部屋を出て、レンタルロッカーのある駅に向かった。電車の中で携帯に送られてきた指示に目を通す。降りる駅、待ち合わせの場所、利用するホテル、チェックインの方法、相手の年齢。

ホテルの宿泊コードの画像も添付されている。


怖いのか、緊張なのか、私の身体は抜け殻のようだった。

身体中の血が引いて、全ての器官の感覚が失われてゆく。


それでも機械のように身体は動いていく。


電車を降り、レンタルロッカーから空の容器と、それに貼るシールを一枚取り出し、保冷バッグに入れる。


感覚の無いまま歩き出し、また電車に乗って指定の駅に着いた。少し歩いて待ち合わせ場所に立つ、スカートの裾から入る風が冷たい、私の身体がカタカタと震えた。


その時、声を掛けられた。


グリーンの目を持つ、落ち着いた雰囲気の男性だった。


「はじめまして。寒いね、春花ちゃん。」


そう言われて、


「はい、よろしくお願いします。」


と頭を下げた。


身体の感覚は戻らない。


ホテルに着いて、宿泊コードの画像を機械にかざす。カードキーが2枚出てきた。


隣から男性が顔を近づけて、


「3階ですね。」


と言った。


私の身体は機械のように動き、エレベーターのボタンを押す。脳にインプットされた行動パターンが無感情にアウトプットされてゆく。


私の精神が幽体離脱をして、私の行動を眺めている感覚だった。


部屋に入ると男性は静かに私を抱きしめてキスをした。


「聞いてるよ、新人さんなんだよね。大丈夫、私がエスコートします。」


と言って優しく微笑んだ。



私は生まれて初めて見知らぬ男性の前で下着姿になった。私の肌は血の気が引いて、青白く見えるほどだった。


暖かい部屋の中でも私の体温は上がらず、足の先は感覚が無い。


男性が何を言っても上の空だった。


私の身体は私の物では無くて、精神はずっと浮遊していた。


私では無い誰かが私を動かしているような不思議な感覚。

解離性同一障害だったら、こんな気持ちなんだろうか?


全てを終え、シャワーを浴びた後も男性は、私の髪をずっと触っていた。


約束の2時間が経ち、私は帰り支度をはじめた。


ホテルを出ると、私は男性と別れて田山さんと落ち合う場所に向かった。


私を見た田山さんは、


「放心状態だね。最初はそんなもんさ。ハイ、コレ。辞めたくなったらいつでも言ってね。」


といって、雑誌を渡して来た。私はそれを受け取ると、田山さんに保冷バッグを渡して、その場を離れた。


その日、どうやってアパートまで帰ったのかよく分からない。


それからも何度か仕事が入った。

私の心は、揺れるワンピースの裾のようにふわふわと落ち着きが無く、実感がないまま仕事をこなしていった。


不規則に仕事が入るので、工場のアルバイトは辞めてしまった。

確かに沢山のお金を受け取ることが出来た。コレで何とか授業料は賄えそうだ。


母には医療系のアルバイトを始めたから安心して欲しいと話しておいた。


有難いことに父の会社から傷病手当も出たので、しばらく何とかなりそうだ。


講義を早めに詰め込み、午後から仕事を入れる事もあった。


私は淡々と、無意識に仕事をこなしていった。


そんな中でも、私の心が休まる時があった。仕事道具である下着を洗う時だ。生地の劣化を防ぐためにぬるま湯を使い、手で洗う。


白い洗面器の中で水に揺れる派手な下着はまるでクラゲのようだった。ユラユラとカタチを変えるレースやリボン、美しい光沢を放つ薄い生地は、私の心をとても癒してくれた。


下着を洗う時間だけ、心は私の身体の中に戻り、下着と共にプカリプカリと水の中に揺れている感覚だった。


私は今まで使っていた、母が用意してくれた下着をほとんど捨ててしまった。

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