第20章 絹代について
〜絹代について〜
私の名前は賀原絹代。
私には殺される理由があった。
見てはいけないものを見てしまったから。
私は本当に地味に生きてきた。
幼稚園に通っていた頃、母に
「ピンク色のスカートが欲しい。」
と言ったら、
「それは良くないわ。ピンクは誘惑の色だから、危険な目に合うの。」
と言われた。
赤は衝動、黄色は発散、紫は妖艶、青は冷酷。
【大切なあなたの為よ】
そう言って白、紺、グレー、ベージュ。落ち着いた色合いの服ばかりを着せられた。
おもちゃも全て両親が選び、テレビもあまり見せてもらえなかった。友達を連れて来ると、家に上げてもらえず、
「もう、あの子とは遊んではいけません。」
と言われた。
いくら理由を聞いても
「決められた事だから。」
とか
「お導きで、そう出たから。」
などと、到底理解できる返答はもらえずにいた。
小学校に入ると、私は反抗する事にも諦め、只々置物の様に生活していた。
中学生の頃には、父と母が何かに熱心に入れ込んでいる事に気付いていた。
父と母は私を講演会や勉強会に連れて行ったし、【先導者】と呼ばれる人に私を紹介して、喜んでいた。
そんな時、私はいつも思考を停止して、無声映画を見ている様に周りを観察していた。
高校生になった時に母が言った言葉が衝撃的だった。
「もう少しであなたも安泰だわ。高校を卒業してしばらくしたら、あの方達があなたにぴったりのお相手を導いてくださるからね、結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を築いてちょうだい。」
その言葉を聞いた私は、激しい嫌悪感に襲われた。
信じられない、高校を卒業したら結婚?嫌だ!絶対に嫌だ!
どうしたら回避出来るのか、私は一生懸命考えた。
とにかくここを離れたい。両親の側にいたらダメだ。何か、両親を納得させる理由を考えなくてはいけない。
私はこれまで停止していた思考力を叩き起こした。
考えなくては、私は一体何の為に生きてきたのか。父と母、そしてよく分からない組織の操り人形のまま、生涯を終えるのは絶対に嫌だ。
結局、私が考え出した方法は、大学への進学の為に一人暮らしをして、その間に少しずつ両親との距離をおく事だった。
両親にはこう告げた。
「この前行った講習会で、すごく感銘を受けたの。あんな風に、人々の心に訴えかける事が私にも出来たら良いのにって思って。この素晴らしい考え方を、もっと多くの人に上手に伝えられる人になりたいの。もっと人々のコミュニケーションについて勉強したくて。」
すると母は
「それなら組織の青年部で勉強したら良いじゃない。」
と言ってきた。
私は直ぐに、
「組織の人々はもうその真理に気づいている方々なの。私は、その真理に気づいていない人々の中で敢えて学ぶ事で、気づけない人達が、日々どんな事に悩み、苦しみ、救済を欲するのかを知りたいの。」
と言い返した。
【心配だわ。】と繰り返す母に対して父が、
「お伺いを立ててみよう。」
と言ってくれた。
こうして私は、一人暮らしをする事に成功した。住む場所は向こうの人が決めたようだった。私は入学当初、もしかして誰かが監視しているのかも知れないと思い、警戒していたけど、特にそんな事も無いようだった。
一人暮らしを始めると私は一日置きに母に電話をして、【外に出て見て、組織の考え方が素晴らしいのを実感した】とか、【周りの若い人々が全く真理に気づいていない】とか喜びそうな事を饒舌に話して聞かせた。
そして、だんだんと電話の頻度を減らしていった。
私は自分専用の携帯を購入し、ネットバンクを開設した。そして、夜間工場のバイトを始めた。顔がバレ無いように、クリーンルーム内の仕事を選んだ。私は段々と自分の自由になるお金を手にしていった。
でもこれは決して使わない。
両親と決別する時の資金にするのだ。
仕送りは切り詰め、今まで通り派手な事は一切しない。人との関わりもなるべく断ち切って、虎視眈々とその時を待った。
時々、組織の講習会に自ら参加して、両親を安心させる事も忘れなかった。
大学2年の秋、母から連絡があった。
バイトがバレたのかと思ってドキドキした。
父が鬱病になって、仕事が出来ない。
母が代わりに働きに行く。という内容だった。
仕送りが滞ってしまったら私の計画がダメになってしまう。
なんとしてももう少し、期間を伸ばさなくてはいけない。
私は、
「大丈夫、アルバイトを探すから」
と言っておいた。
母は余程父の病気にショックだったのか、あまり私の発言に気を止めなかったので助かった。
それでも何度か
「働くならココにして。」
と連絡が来たが、全て断った。
夜間のバイトの量を増やしてみたりしたが、学業に支障をきたしてはいけない。退学や留年になるトラブルも避けたい。
時間の拘束が短くて、賃金の高い仕事は無いのか。もうすぐ冬休みが始まってしまう。と考えながら、校内を歩いている時、女の子の話し声が聞こえた。
「今のバイト。凄く効率が良いの!今日もシフト入ってるんだー!えー、ヤバく無いよぉ。」
私はその彼女の顔を覚えた。
講義が終わり、彼女が一人になるのを待って、後をついて行った。
彼女は駅のトイレでピンク色のスカートに着替えた。
そしてまた移動する。
彼女はとある駅で降りると、少し歩いて駅を離れ、しばらくそこに立っていた。
するとそこへ外国人の男性が来て声をかけた。
二人は一緒に歩き出す。
【ただのデートかな?】
そう思っていると二人はホテルに入って行った。私はホテルの入り口が見えるコーヒーチェーン店に入った。何だかドキドキする。
朝まで出て来ないのかな?でも今日バイトがあるって言ってたし。出て来るかも。
どうしよう、もう少し待とうかな?
頭の中がパンクしそうだ。
約2時間後二人が出てきた。二人は別々の方向に歩き出す。
私は慌ててカップを片付けると彼女の後について行った。
彼女は本屋に入った。
15分くらいでまた別の男の人が来た。
彼女は男の人と一緒に本屋を出ると、しばらく話をしながら一緒に歩いた。
【またデートかな?バイトはいつ行くんだろう?】と思いながらついて行った。
すると二人は立ち止まって、彼女がお弁当を入れるような小さなバッグを男の人に渡した。男の人は彼女に雑誌を渡すと一人で歩いて行った。
彼女は、その場で渡された雑誌を開いて、ページの間に挟まれた封筒を取り出した。彼女は封筒をカバンに入れてまた歩き出した。駅に着いた彼女は手に持っていた雑誌をゴミ箱に捨てて、券売機の前に立ち、電車の乗車カードの入金ボタンを押した。そして、あの封筒から一万円札を取り出したのが見えた。
【お金だったんだ!もうバイトは終わったんだ!】
そう思った私は彼女の元に駆け寄っていた。
「突然すみません。私、賀原絹代って言います。△△大学の2年です。お願いです。そのバイト私にもやらせてください。」
「え?ヤダ?誰?ちょっと離して!気持ち悪い!」
騒がれると嫌だった私はあのコソコソした金銭のやり取りを思い出して、カマをかけた。
「△△大学に通ってますよね?お友達にバイトの事、話しますよ?でもバイトを紹介してくださったら、誰にも言いません。約束します。」
「はぁ?何?あんた、どういう事?何で?名前何?」
「同じ大学の、賀原です。賀原絹代。誰にも言いませんから。」
「気持ち悪。」
彼女はしばらく文句を言っていたが、私があんまりしつこいから、渋々どこかに電話をかけた。
「ちょっと、急にすいません。いえ、トラブルじゃないです。なんかバイトしたいって子が。いえ、友達じゃないです。え?知りません、そんな事。はい、はい、……ねぇ、ちょっとあんた、あさっての2時、空いてる?」
「はい。」
私は慌てて答えた。
「良いって。はい、はい、はーい。失礼しまーす。」
彼女は電話を切ると、財布からレシートを出して裏に何かを書いた。
「あさっての2時にココ行って。ホント、誰にも言わないでよ。」
「約束します。ありがとうございます。」
彼女から受け取ったレシートの裏には【田山調査事務所】と書いてあった。
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