第19章

マイクからの指示はスパイにする子供を新たに連れて来る事だった。


貧しい地域や国で、身寄りの無い4歳から6歳くらいの子どもを探す。本当に困窮していると自分の子供を売る親もいるらしい。


今回はマルクが目をつけている子供を人目を盗んで連れてくる事だった。

その少年は親が無く、親戚に育てられているのだが孤立していて、夜も家の外にいることが多いのだと言う。


それを僕に、マルクのいるトラックまで連れて来い。というのが司令だった。


丸1日かけて、やっと少年の住む集落に着いた。

僕はトラックを降りて、マルクと一旦別れた。マルクは集落から離れて、そのままトラックで待機する。周りに家は数件。夜になり、少年が一人で外に出るのを待った。


気温がぐんぐん下がって行く。僕は死ぬ事を望んで目を閉じたあの夜を思い出していた。少年もまた、絶望の中この夜空の下に出て来るのだろうか。


しばらくすると少年が家の外に出て来た。家の周りをウロウロしている。僕は少年からギリギリ見える距離で、誰かと携帯で話す芝居を始めた。少年に届く絶妙な声の大きさを気を配りつつ。少年が携帯の光に気がつく様に。


僕は携帯を切り、ワザとらしくうなだれて見せた。


「どうしたの?」


案の定、少年は声をかけて来た。


「車のガソリンが無くなっちゃって。ここまで何とか歩いて来たんだ。ガソリン売ってる所まで連れて行ってくれよ。」


ここから1番近い商店まで2キロはある。


少年は迷っている。


僕は畳み掛ける。


「お駄賃もあげるよ?やっぱりダメかい?それなら君からお家の人に頼んでくれよ。」


「僕が行く。」


少年は言った。


面倒事を持ち込んで、家の者に折檻されるのを怖れたのだ。


「ありがとう。」


少年と僕は歩き出した。


5分歩いた所で僕は


「飴、食べるかい?」


と飴を少年に与えた。


数分後、少年は


「疲れた、眠い。このまま真っ直ぐだから、お兄さんひとりで行ってよ。」


と言って座り込んでしまった。


僕は


「よしよし、少し休もう。大丈夫だよ。」


と声をかけて、道の端に座らせた。


少年が深い眠りに就いたのを見計らい、僕は少年を背負って歩き出した。

飴に睡眠導入剤を仕込んであったのだ。


直ぐにマルクの待つトラックまでたどり着いた。僕は少年を背負ったまま、トラックの荷台の隙間に入り込んだ。


トラックは直ぐに走り出す。激しい揺れで目を覚まさないように、僕は少年の頭を自分の膝の上に乗せた。


数時間が過ぎ、荷台の帆の隙間から朝日が差し込む。

少年が起きた。


「どこ?何?」


少年はうろたえている。


僕は少年に言った。


「大丈夫。僕も君と同じ経験をした。でも今こうして生きてる。指示に従えば飯が食える、それだけだ。どうだ?あの家に戻りたいか?」


少年は首を振った。


話し声を察知したマルクがトラックを停めて、荷台を開けた。


「起きたか。水をやれ。」


僕は水の入ったボトルを受け取った。


少年の様子を見ると、マルクは運転席に戻り、またトラックを走らせた。


少年は僕を見上げて


「これからどこに行くの?」


と聞いて来た。


僕は


「どこに行くのかを知った所で君にはどうすることもできない。だったら聞かないことだ。そうする事で僕は生き延びてこられたんだから。」


と教えてやった。


少年はうなづいて僕が与えた水を大事そうに抱えたまま、うずくまっていた。


何時間経ったのかもわからなくなった頃、トラックが停まりマルクが荷台を開けて、僕に出て来るよう促した。


「コレがお前の荷物だ。ココから西に5キロ行くと駅がある。その駅に着いたらメモを見ろ。指示に従え。お前は本当に優秀だったから、大丈夫だ。」


マルクは僕の肩をポンと叩いた。


僕は荷台の隙間にいる少年を覗き込むと、


「うまくやれよ。」


そう言い残して西に歩き出した。


駅に着くと、僕はメモを開いた。


【この街で2年間過ごせ。】と書いてある。下には何処かの住所。


僕はメモを捨てると住所の場所へ向かって歩き出した。


そこは集合住宅の一室だった。荷物のを探るとカギがあった。

中に入る。

生活必需品は揃っている。


机に一枚のメモが置いてある。


【明日の朝、この場所へ行け。】


僕はメモを燃やした。


次の日の朝、指定された場所に行くと、そこは葬儀屋だった。

恰幅の良い男が出てきて、


「葬儀屋兼、始末屋だ。分かるな?」


と言った。


僕は表向きこの会社の従業員になった。最初のうちは恰幅の良い男と二人で行動を共にして、あらゆる死体の処置を学んだ。

病院や警察、個人からの依頼もくれば、野に打ち捨てられた死体の処理もした。そして、その死体は政府の要人だったりもした。


なるほど、始末屋と言った方が正しいかもしれない。葬儀屋が死体を運んでいても怪しまれる事は無い。


そんな生活をしながらもアパートのポストには指示が届く。


大体は荷物の受け渡しの様な事が多かった。

多少大きな物からポケットに入る小さな物まで。何日も掛けて運んだりもした。


その他は尾行、張り込み、指定物の入手。

そのうち、いつでも死体処理の現場に居合わせても良いように、処理道具を持ち歩く習慣がついた。ビニール手袋、マスク、消毒液、脱脂綿、ロープ、雨合羽、大きめのビニール袋が数枚。


1年を過ぎると【恋人を作れ。バレずにミッションを遂行せよ。もしもバレた時は始末して良い。】と書いてあった。

適当に作った恋人は昼夜問わず外出する僕を嫌ったが、【葬儀屋は誰かが死ねば直ぐに駆け付けるもんさ。】と言えば納得したので便利だった。


一般社会に溶け込みながら、任務をこなす。

2年はあっと言う間に過ぎた。


ある日部屋に帰ると、机の上に紙とパスポートが置いてあった。

紙には、中国に行って、ある専門学校に入学し、一年後に現地の携帯電話会社に就職する事が記されている。

コレが次のミッションのようだ。


僕は独立した。この国を離れる、もう二度とデニスには会えないのだろうか。

僕の誕生会が最後の別れだったのかもしれない。


僕は部屋の鍵を机の上に置き、最低限の荷物をまとめて部屋を出た。仮初めの恋人ともこれで終わりだ。


中国での日々は順調だった。

ただ専門学校というだけあって、クラスメイトとの関係性が大変だった。あまり親しくならず、孤立せず過ごした。


一年後、例の携帯電話会社に就職すると、デニスから手紙が届いた。


内容は、会社のあらゆる情報をデニスに流す事だった。


僕は求められた全ての情報を提供した。


11年勤めた所で、次の指示が出た。

僕は会社での地位も上がって居たから、辞めるのに苦労した。


次の行き先が日本だった。


あるクラブに行って、ホステスの女から病院の院長を紹介される。その院長の仕事を手伝う。


といった内容だった。


しかし、仕事を始めてみると、情報を盗むでも無く、精子提供者を斡旋する仕事だった。

今までに比べて、随分と簡単で張り合いの無い仕事だった。僕はどこかで大きなミスでも犯したのだろうか?


不安になりながらも指示に従い続けた。


次第に不安は大きくなり、僕の心を疲弊させた。この無意味に思える仕事は、僕の不甲斐なさにガッカリしたデニスが僕を罰しているのでは無いのか。


疑心暗鬼になった心は、僕を狂わせた。


そして僕は、ルール違反をしてしまう。

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