第18章
トラックが止まった。
「ここだ。」
デニスは僕の手を取り、トラックから降ろすと、僕を抱き抱えてある建物の中に入った。
デニスはどんどん上に登って行く。
デニスはたくさんあるドアのうちの一つをガチャガチャと開けた。すごく広い空間に思えた。見た事が無いものばかりだ。
そして部屋には電気が付いている。僕は感動した。夜なのにこんなにも明るいなんて、信じられなかった。
デニスはさっきよりも小さな部屋の毛布の上に僕を降ろした。
僕が今まで使っていた毛布の何倍も素晴らしい毛布だった。
僕が黙っているとデニスは、
「今日から俺とここで生活する。お前はまず体力をつけて、自分で歩けるようになれ。」
と言った。
僕は
「分かった」
と答えた。
デニスは部屋を出て行くと
しばらくして暖かいスープを持って来た。
「食え。」
僕は暖かい食べ物を初めて食べた。夢中になって食べていると、デニスは少し笑って
「ホント、どんな生活してたんだよ。」
と言った。
僕はスープを飲み干してから。
「お婆ちゃんと2人で住んでた。母さんはすぐ死んだ。」
と答えた。
デニスは
「あぁ、そうだな。お前、自分がこれからどうなると思う?」
と聞いて来た。僕はそう聞かれて
「売られる。」
と答えた。
デニスは
「まぁ、当たりと言えば当たりかもな。これからお前はここで勉強をする。そしたら飯が食える。いいか?」
僕は心の中で【それだけ?】と思ったが、
「分かった。」
とだけ答えておいた。
その日は生まれて初めて、絶望感に苛まれる事なく眠りについた。
それから3日、食事をする事で僕の身体は少し動くようになっていた。
僕は少しづつ身体を動かし、体力をつけていった。
体力がつくとデニスに言われるでもなく、部屋の掃除や食事の片付け、洗濯などをするようになった。
その度にデニスは褒めてくれたので、僕は嬉しくて仕方がなかった。
本当に僕は売られる時がくるのだろうか?体力が無ければ、働く事も出来ないから、僕の体力が回復してから売るのかな?などと考えていたが、とにかく今の夢のような生活が幸せだった。
デニスは何日も出かける事もあったが、僕が外に出る事は決してなかった。外に出るドアは内側から開かないように鍵が付いていて、僕は外に出られなかった。僕はそれでも全く問題は無かった。
デニスは本当に僕に勉強を教えてくれた。僕は、文字を書くのも読むのも出来なかったから、先ずはそこから勉強した。
そして言葉もたくさん勉強した。英語、中国語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、ルーマニア語、アラビア語、日本語。
デニスはいつもいろんな言語で話しかけて来た。僕は真剣に答えた。
コンピュータの勉強はマルクも一緒に教えてくれた。内部の構造からプログラミング、ハッキングまで。あらゆる事をマスターした。
僕は我慢の練習もした。
2日間ご飯を食べない。
何時間も箱の中に入って気配を消す。
またはそのまま箱に入って外出する事もあった。
キツイ筋力トレーニングは毎日の日課だった。貧弱だった僕の身体は見違える程鍛えられていった。
僕が成長すると、外に出してもらえるようになった。
電車やバスの乗り方、買い物の仕方も学んだ。
それに慣れると、とても遠い街から自分たちの住処まで帰ってくるミッションもした。
格闘技はもちろん、銃・ナイフの使い方も習った。
ある日、デニスとマルクが、僕が大人になった誕生日をしてくれると言った。
僕は自分の誕生日を知らない。年齢も知らない。
生まれて初めての誕生日だった。
デニスは僕の前にケーキを置くとこう言った。
「俺がお前を連れて来てから、今日で10年だ。死にかけのお前をここまで育ててきた理由は何だと思う?」
僕が黙っていると、デニスは笑顔で続けた。
「ニコライ、お前が今まで学んできたのはスパイの訓練だよ。本で読んだ事があるだろう?お前はこれからスパイとして働いてもらう。」
僕は呆然とした。僕がスパイ?僕にそんな事、出来るだろうか?
デニスは僕を見つめながら
「お前はモルドバの田舎の外れにいた。モルドバの事は教えたな?
お前は貧困の底辺にいた。家族は年老いた婆さんだけ。あれだけ弱ってたから人売りには連れて行かれなかったんだろう。俺たちが行かなかったら死んでたよな。」
僕はうなづく。
「でもニコライ、お前は騒がず、俺たちに余分な事を聞かずに黙って指示に従ったのは良かった。よっぽど絶望の中で生きて来たんだろう。ここに来てからお前はたくさんの知識を身につけた。お前は頭が良いんだな。」
僕は思わず、
「すみません、質問をさせてください。スパイとは何をするのですか?」
と聞いた。
「今まで通り、言われた事を黙って遂行するのさ。そして、何があっても、誰からの指示なのかを明かしてはならない。そして、同士を売ってはならない。分かるね?」
「さぁ、誕生日ケーキを食べなさい。食べ終わったら初仕事に行ってもらうよ。」
僕は産まれて初めてのケーキの味を堪能する事は出来なかった。
ここに来てからの生活は安定していた。それまで僕が育って来た環境はあまりにも貧しく、希望も夢も無かった。僕はいつもお腹が空いていたし、その日食べるのに精一杯で、将来の事など考える余裕も無かった。
そうか、僕はこの生活の恩をこれから仕事で返していくのか。それだけの事だ。
僕の誕生会が終わると僕はマイクと二人でトラックに乗った。
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