第15章 現象

〜田山の事務所にて〜


田山はコーヒーを入れて我々に差し出した。


「日本の女の子がさぁ、みんなハーフの子どもを産みたいってなって。まぁ、俺らみたいのからしたら、何がイイのって思うけど、顔?なんか憧れとかあんのかな?そしたらさ、そのうち、あのカリスマみたいに精子バンクを利用したいって人がクリニックに来て色々注文つける訳。

病歴、顔、髪の色、目の色、身長、体格、学歴。でもさぁ、本来はどうしても子どもが出来ない夫婦の為に、精子提供ってあったらしいじゃん。なんか話によると、医学部の学生さんとかが協力してたらしいよ?若いし、頭も良いしね。」


田山がコチラをチラリと見たので、自分が


「知りませんでした。ねぇ?」


と言うと、先輩も


「私もです、続けてください。」


と話を促した。


「なんかアスリートにしたいからアフリカ系の人の遺伝子が欲しい。とか言ってくる人も居たって。

で、初めは俺がスカウトして話付けて、その後クリニックで血液検査とかして病歴調べてさぁ、まぁ、犯罪歴なんかも聞くけど、当てになんないよね。もし、顔写真撮らせてくれたらお礼上乗せするとか言って、でも全然引っかからなくて。で、方法変えたの。頭がいい大学でお小遣いが欲しい留学生をスカウトすんの。【人のお役にたちませんかー?】って【謝礼もでますよー】って【顔写真撮らせてくれたら謝礼がアップしますよー】って。そんでも中々つかまんない。で、【じゃ、採取するのに、女の子がお手伝いします】ってなった訳。」


「はぁ。」


先輩はため息をつくと


「精子提供を利用するのは何故です?その、お見合いパーティーとか、結婚とかじゃダメなんですか」


と聞いた。


田山は


「刑事さん、キャリアウーマンとか呼ばれるような子達は、パーティー行って、気に入られる努力して、ちょっと恋愛の真似事みたいな事して相手を見つけるなんて、そんなまどろっこしい事してる時間は無いんだと。

結婚なんてしたら、他人と暮らすストレスに加えて相手の家族とも付き合わなきゃなんない。そんなの無駄だって。

でもこれからの人生、自分の子どもは欲しい。だから精子提供を利用して、手っ取り早く優良な遺伝子を手に入れて、最短で妊娠と出産をしたいって事。」


と言った。


「はぁ。」


我々はため息をついた。


田山は尚も続ける。


「女ひとりでも、子どもを育てる経済力もあるし、子どもには超一流ブランドの服を着せて、利用料金の高い育児園に入れるでしょ、そうするとスゲー英才教育してくれてさぁ。

もう一種のステータスよ。【私にはこ〜んな余裕がありますよ〜】って感じ。

ごちゃごちゃ恋愛して結婚しても、せっかくの長期休みはどっちかの実家に帰省すんでしょ?

旦那の家に行ったら義父母に気ぃ使って、自分の家に行ったら旦那に気ぃ使って。

そんな事するより子ども連れてバカンスに行く方がよっぽど有意義なんだって。

そのうち旦那ともその家族とも揉めて、別れる。で、傷ついた〜。みたいなのを横目にさぁ、涼しい顔で、自分にも子どもにも金掛けて、キラキラした思い出だけ保存して、時々彼氏変えながら優雅に歩くんだよ。ね?」


「なるほど。需要ですね」


田山はすでに ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干してから、


「ここ、秋穂ちゃんから聞いたんでしょ?」


と言った。


「はい、そうです。」


「秋穂ちゃんが電話くれたからね。まぁ、面倒臭いから院長には言わなかったけど。」


「あぁ、あの爽やかな。」


「はっ、整形ですよ。この国じゃ努力して医者になっても、顔で患者を取んなきゃなんないんだと。そんなに顔が大事かね?」


田山は吐き捨てるように言った。


「あーどうなんでしょうね。」


先輩はうつむいている。


「ところで、賀原さんをコチラに紹介したのは、浦部法子さんなんですよね?」


先輩はたずねた。


「そう。去年の初め、1月だったと思う。【なんかスゴイの連れて来たね】って感じだったよ。

まぁ、こんな事務所だからさぁ。春花ちゃん、一人で来たけどね。一応さぁ、採用面接すんの。ウチは外国人相手だから語学レベルを見るために簡単なテストもするし。

あと、こういった仕事の知識の確認もするんだけどね。春花ちゃんは男と女の事、ホント何にもしらなかったんだよ。小学生の女の子を相手してるみたいでさぁ、参ったよ。

教科書みたいな事しか知らねぇの。まぁ、処女も売り文句になるかって思ってね、とりあえずやり方レクチャーしようしたら 【どうして下着姿になるのですか?】だって。もうさ、面倒臭くなって、AV見せてやったよ。

そしたら 【教科書では分からない事もあるのですね。】だとよ。もうバカにされた気分だったね。」


「あの、興味本位みたいで何ですが、どのように採取するのですか?」

先輩が聞く。


「それって興味本位ですって言ってる感じだね。まぁいいけど。

客はまずクリニックで血液検査と性病検査をして、クリアしたら精子を採取する予約を取ってもらう。

専用のサイトがあってさ、時間と女の子を選ぶ訳。だいたい駅の近くで待ち合わせして、一緒にホテルに行く。基本的に女の子は下着姿のまま。採取するモノに余分な物が入らないようにしてるから、採取は手で。口とか他の部位はアウト。口なんか雑菌だらけだから、異物混入だよ。

で、その時になったらアレを容器のくちに当てて、中に出してもらう。モノが入った容器を俺が女の子から受け取って、クリニックに届ける。」


「なるほど。では、去年の12月15日の賀原さんの客は?」


田山はタブレットを見て答えた。


「単身赴任中のビジネスマンだよ。」


「どんな客です?」


「この人、4回目なの。よっぽど気に入ったみたいでさぁ、春花ちゃんを指名すんの。あ、春花ちゃんの初めての客も彼だわ。」


「名前とか分かりますか?」


「ニックネームならね。」


「顔写真はありますか?」


「いや、彼は既婚者だしね。顔の写真は無いよ。」


「はぁ〜。」


我々は深いため息をついた。


田山は


「さっきも言ったけど、この日春花ちゃんは俺との待ち合わせ場所に来なかったから、もう仕事が嫌になって逃げちゃったのかと思って。」


「その後、どうしました?」


「まぁ何回も連絡はしたよ。客からクレームも無かったから仕事終わってそのまま逃げちゃったのかな?って思って。」


「捜索願いとか、出さないのですか?」


「いやいや。だって、こんな仕事だよ。急に行方をくらましたくなる理由だってあるでしょ。親に見つかって連れ戻されたり、色々あるんだよ。」


「その、精子が届いてないと言う事は客に謝礼が払われて無いと言う事になりますが、客から問い合わせは無かったのですか?」


「それね、顧客管理をしてるコーディネーターがいるんだけど、彼に確認したら、どうやら採取自体は問題なく行われたみたいなんだよ。で、今回コッチの問題でモノが届いて無い訳だから、客には謝礼を払ったんだよね。」


「なるほど、コーディネーターがいるんですね?」


「コーディネーターは、客のスカウトから金のやりとりまでしてくれるの。なんか院長の知り合いみたいで、ライって呼んでたけど。」


先輩は身を乗り出し

「ライさんとは会えますか?」

と聞いた。


「それがさ、3ヶ月前に新しい人に変わったよ。【ハイル】って人。」


「では、ライさんとは連絡は取れないのですね?」


「そうだね。ライが使ってたアドレスとか残ってるけど、メール送ってみる?」


「お願いします。」


「えっと。」


田山は送信ボタンを押した。

しばらくして


「あ、ダメだ。メール返って来ちゃうよ。」


と言ってコチラを見た。


先輩はガッカリして


「賀原さんが、コーディネーターと直接やり取りをする事はあるのですか?」


と聞いた。


「いや、コーディネーターと会った事は無いと思うよ。女の子は院長ともあんまり会わないよ。病院としてはこういう採取の仕方してるのは公にしてないから、なるべく接触を避けてるんだよ。

コーディネーターは客のスカウトと、色々な写真撮ったりしてデータを院長に送信するのも仕事かな。

後はもし何かトラブルがあった時に対処もしてもらってる。女の子から客との事で相談があったら、コーディネーターが客と話しを付けたり。余りに素行が悪いと、謝礼を値下げしたりもするよ。

急なトラブルでどうしても女の子を守らないといけない時もあるから、コーディネーターは近くで待機してて、直ぐに乗り込めるようにしてるんだよ。

女の子から連絡をもらったら、俺が彼に連絡して乗り込んで貰えるようにしてる。事前に部屋番号を女の子から送らせてるから、それを彼とも共有してるんだよ。まぁ、今までそんな事は無かったけどね。」


先輩は顔をしかめながら


「コーディネーターと女性スタッフが会う事は無いのですね。」


「乗り込むようなトラブルは無いね。小さいのはしょっちゅうだけど。」


「どんなトラブルですか?」


「女の子に下着も脱いでくれってしつこく言ったり、個人的に連絡先を聞き出そうと迫ったり、そういうのは本当によくあるよ。あと、直前のキャンセルだね。」


「客が急にキャンセルするのですか?」


田山は


「あるある。自分の知らない所で自分の遺伝子を持った子供が産まれてくるんだからね。怖くなるんじゃないかな?」


と答えた。


先輩は小さくうなづいて


「賀原さんが客とトラブルになった事はありませんでしたか?特にその最後の客。」


と聞いた。


「あ〜それね。秋穂ちゃんも【お客さんに殺されちゃったのかな】とか言ってたけど、そのビジネスマンの客、つい2週間前にも春花ちゃんを指名して来てさぁ、『辞めました』って言ったらスゲーショック受けて、結局キャンセルしたってハイルから報告があったよ。」


「賀原さんが亡くなった事を知らないようだったのですね?」


先輩は頭を抱えてしまった。


自分は記録の手を止めて、事務所を見回した。


田山は、


「ここには顧客のデータはありませんよ。全部院長が持ってるからね。あるのは採取に使う容器くらいかな?コレ。」


と言って段ボール箱の中から例のシリコン容器を取り出した。


「あぁ!」


自分が反応すると、


田山は


「春花ちゃんの部屋にあった?」


と聞いてきた。


自分が返事に窮していると先輩が、


「レンタルロッカーにありました。」


と答えた。


「はーん。部屋には置きたくなかったのかな?」


と田山は言った


「賀原さんは、他のスタッフとはどういった関係でしたか?」


先輩がたずねると、


「付き合い無かったんじゃ無い?ここを紹介した秋穂ちゃんだって、ここの住所教えたくらいで、あとはコッチにお任せだし。大学でも絶対にしゃべんないって言ってたよ…。

あ、その最初来た日に、冬子って女の子が来る用事があったから、道具揃えてやってくれって、金渡して一緒に買いに行かせたな。普通は本人ひとりに任せるんだけど、何しろ不安で。」


「道具って何ですか?」


「服と、靴、下着、あと精子を運ぶ時用の保冷バッグ。春花ちゃんの服は黄色。待ち合わせの目印に黄色の服を用意させたね。」


「ワンピースですか?」


「そうそう。ずっとその一着しか無いからさ、【そろそろ新しいの買おうか?】って聞くと、【必要無いです。】って。

冬子も【あの子ホントに大丈夫?】って心配してたんだよ。親切心でいろいろ教えてやったらしいけど、メモ取って真剣に聞いてたって、あんな真面目な子にこの仕事は無理に決まってるってさ。」


「その後も冬子さんとは仲が良かったんですか?」


「いや、最初のそれっきりだよ。それがなぁ、春花ちゃんは1番人気になったからね。驚いたよ。客の話しだと、綺麗な黒髪と奥ゆかしい雰囲気。日本人らしい顔つきがいいんだとよ。」


「その、1番人気を妬まれた、なんて事は無いですかね?」


「いや、ウチは店じゃ無いからさ、競争とかさせないし、誰が人気とか教えて無いよ。」


その後我々は、もう一度院長に会ってライという人物について聞いてみた。


ライという人物は院長の行きつけのクラブのホステスから紹介されたという。【頭がいいから院長の手伝いにいいですよ。】などと言われたらしい。


ところが、3ヶ月前に突然メールが来て、【家族が病気になったので国に帰らなくてはならない。ハイルという者を紹介するから仕事をさせてやって欲しい。】と書いてあったという。


すでに仕事内容の引き継ぎも終わっており、何も困らなかった とのことだ。


もう一つ、賀原絹代の最後の客であるビジネスマンのカルテも見せてもらったが、名前の欄にはニックネームが記入され、目や髪の色、体重、身長の他に最終学歴が書かれている程度で、個人を特定するには不十分だった。


先輩は院長に


「儲かるのですか?」


と聞いた。


「受精の費用とは別料金で払って頂いてます。体格、目・髪・肌の色だけの指定で学歴にこだわらなければ30万から40万くらいです。ここに学歴や職業がプラスされると50万前後になります。ですが学歴によっては70万くらいになる事もあります。医者や弁護士、高給取りの企業にお勤めの方もその位の金額になります。顔写真がある場合はさらに金額が上がりますので。皆様、大変真剣に検討されています。」


「結構高いですね。」


「最近の技術の発展は目覚ましいですからね。男女の産み分けもオプションで付けてます。施術の前には母体の方に問題がないか検査しますし、費用が高くなり過ぎないように配慮もしています。」


「それは凄いですね。取り分はどうなっているのです?」


「田山は女の子達の事を頼んでいるので、月給で渡しています。

女の子達はお手伝い一回で3万くらい渡しています。

コーディネーターには一人スカウトする毎に3万で、学歴が良い人とか、顔写真付きだと1万プラスです。まぁ、キャンセルも多いのでコレは成功報酬です。お客様管理とセキュリティの仕事も有りますから、月給でも渡して居ますよ。

精子を提供して頂ける男性にはだいたい2万です。顔写真オッケーだと1万プラスします。学歴によってさらにプラスしたりします。

私達のしている事はいわゆる風俗とは全く異なります。精子の採取と販売が目的ですから、性サービスでは無いのです。ただ単に採取の際に、女の子が手伝ってくれる、というだけなのです。一度ご利用されると大体の方がリピーターになってくださいますからね。」


我々はなんだか、納得したのか、どうなのかよく分からなくなってしまった。


とりあえず、我々はハイルという人物に会わせてもらうように手配して病院を後にした。


「やっぱり、事件の後に姿を消したライって人が怪しいんですかね?」


自分は先輩に聞いてみた。


「そうだよなぁ。今のところ、事件の後に居なくなってるのは彼だけだしな。賀原絹代との接点が見つかれば良いけどな。」


「ライって人の居場所も分かると良いんですが。本当に国に帰ってしまったんでしょうか?」


「早いとこハイルって奴に会って話を聞いてみないとな。」


先輩は背伸びをしてから歩き出した。


ここに来て、ようやく賀原絹代と繋がりのある人間が出てきた。


バイトを紹介した浦部法子。

クリニック院長の早瀬。

マネージャーの田山。

バイト先の冬子。

前コーディネーターのライ。

客のビジネスマン。


今まで誰の印象にも残らないような賀原絹代が、ここでは1番人気の女の子として存在していた。


それはまるであの黄色のワンピースのように、色彩を放ち、自己主張をしている。賀原絹代はこの中の誰かに殺されたのか。姿を消した【ライ】なのか?


だとしたら、賀原絹代とライにどんな関係があり、なぜ殺されてしまったのか?


ハイルは【ライ】の何を知っているのだろう。

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