第6章
賀原絹代の通っていた大学は都内の外れにあった。
一時期乱立していた大学も少子化の煽りを受けて大部分が淘汰され、随分と少なくなっていた。この大学はかろうじて残ったような所だった。
賀原絹代は、情報学部の学生だった。
教員に彼女の印象を聞いても、レポートの感想とテストの出来についての話ばかりだった。
去年の12月中旬から大学に来ておらず、期末のテストを全て受けて無い事で、進級に支障をきたす事から、本人への連絡を試みたが、どうしても連絡が取れず、家庭に連絡した事で母親が捜索を始めたらしい。
ここでも親しい友人はおらず、サークルにも所属して居ない。
賀原絹代は一体どこまで孤独なのだ。
賀原絹代と繋がっている人間なんて居るのだろうか?
毎日何を思って生きて来たのだろう。
生き甲斐はあったのだろうか?
大学は春休み中で学生の姿はまばらだった。学生への聞き込みは新年度が始まってからになりそうだ。
我々はそのまま、賀原絹代が出入りしていたイディブレインの関東支部を訪れた。
古い雑居ビルの一角にその思想組織はあった。
広報担当の女性は凛とした美人だった。
長い黒髪を後ろで束ね、化粧気は無く、黒いパンツスーツを身に纏っていた。
「賀原絹代さんについてお聞きしたいのですが、どのような方でしたか?」
「彼女は大学生になってからこちらの支部で活動していました。最初の頃はよくセミナーに参加して、レポートを提出していました。お母様のお話しですと、将来的に幹部になりたいとか、そんな感じでしたが、私共から見ますと、余り本人からやる気は感じませんでした。最後の方は集会にも出てませんでしたし。」
「親しくしていた会員の方はいましたか?」
「そう言った付き合いは無かったようです。こちらが聞いた事に答えるだけで、自分から何かを発言する事は殆どありません。アレでは幹部になどなれませんね。」
「そうですか…。ところで、こちらでは主にどう言った活動をしているのですか?」
「私達イディブレインは、思想組織として誕生しました。
私達の世代が受けてきたのは褒める教育でした。自己肯定感を高め、個性が尊重される、教育現場でも家庭内でも体罰は禁止されて、キツく叱られた記憶は殆どありません。しかし、社会に出ると褒められる事など殆どありませんから、自信喪失してしまうんです。そしてミスを重ねれば諭される事もなく見放されるだけです。そんな時にどうしたらいいのか、誰も教えてはくれません。
そんな生き辛さを感じる方達に対してあらゆる助言をしているんです。どんな服装をすれば真面目な人として認識されるのか、それだけで相手に与える印象は変わります。
会員の中には毎日の食事のメニューまで求める方もいらっしゃいます。自分で何かを選択する事に恐怖心を抱いてしまっているんです。そういった方々に助言をする事で自信を取り戻して貰うんです。
特にお子さんをお持ちの方は大変慎重になってらっしゃいます。自分に自信が無いと、子供の躾も出来ませんからね。
勿論、闇雲に適当な事を言っているわけではありません。ビッグデータによる統計学などに基づいての助言です。お分かりいただけましたでしょうか?」
「はぁ。まぁ、そうですよね。」
「興味がお有りでしたら、今度講習会にいらしてください。警察も縦社会ですから色々と大変なんでしょう?会員には警察の方もたくさんいらっしゃいますよ。」
「はぁ、そりゃどうも。」
先輩は吐き捨てるように言った。
我々はビルから出て、駐車場へと歩いていた。
その時、署から連絡が入った。
あのコインロッカーの鍵の場所が判明したのである。
これで少し進展するかもしれない。
わずかな期待を胸に署へ戻った。
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